冤罪・捏造「百番事件」
二本松 進著
伊藤 守
驚愕の一冊である。日本の警察、検察がこれほどまでに冤罪を生み出す「腐った」組織であるのか、我々読者を震撼させる内容が書かれているからである。著者・二本松進は、都内ですし店を営む店主。2007年10月11日に築地警察署交通課執行第二係の巡査による虚偽の無線通報で「公務執行妨害」として誤認逮捕され、10月29日まで不当拘留された経緯をつぶさに記述したのが本書である。二本松と妻を取り調べる刑事の発言、検事との検面、弁護士と検事とのやり取りなど、被疑者として実際に経験したからこそ記述できる、警察、検察の「犯罪」とも言える不当な対応が胸に突き刺さる内容である。
10月11日朝の8時、二本松の妻は仕入れのため築地市場の脇の法定禁止エリアに車を駐車していた。何台もの車が出入りする築地市場である。法定禁止エリアであっても、貨物車や仕入れ車の放置駐車を築地署は「大目に見ていた」。二本松が市場から妻が運転席で待つ車に戻り、巡査に「発車するのでどいてくれませんか」と願いでたとき、巡査は「ここは法定禁止エリア」で「貨物車なので許されるけど、あなたのは乗用車だからダメ」と根拠のない理屈を言って車の前に立ちふさがった。だが二本松に論破され、それに腹を立て「切符ケース払わせ公妨」(ケースを相手に近づけそれに触るだけで公務執行妨害とみなす)を仕掛けるものの失敗する。路上で多くの人がこれを目撃していたこともあり、「警察官として面目を保つ」ために車のドアの縁に左の手首を伸ばし「暴行を受けた」と通報した。「暴行」通知であったため、築地署は刑事部組織犯罪対策課も動員して二本松を現行犯逮捕した。これが事件の発端である。
この後の警察、検察の対応はすさまじい。当日の12時、事件の捜査主任官は現場にいた巡査と同勤の巡査部長から状況を聞き取り、確認小会議を開く。この時点で、主任官は二人の聞き取りから「虚偽通報」が行われ、「誤認逮捕」であったことを認識・確信した。しかし、午後1時半から開かれた初回捜査会議で、主任官は「被疑者による巡査への暴行も、ドアを押し当てたという傷害も事実ではなく、誤認逮捕の原因は巡査と巡査部長による駐車違反でもない車両の運転手や同乗者への職権乱用による不正な取り締まりと、ヒステリックな虚偽通報にあった」ことを認める発言を行うも、「百番事件」として扱うことを告げたのである。「百番事件」とは、警察が自ら引き起こした犯罪を、警察が内部で用いる言葉である
翌日の10月12日午後2時半、担当検事との検面で二本松は事実を話し、検事が目撃証言を精査し、その日のうちに釈放されると考えた。しかし検事は肝心な捜査もせず、不等監禁という職権乱用に加担する、良心も、人権を守る気概もない検事であった。
だが、弁護士が10月25日「拘留理由開示請求書」を提出、26日16時に「拘留理由開示公判」が決定すると、切羽詰まった状況に追い込まれた検事は自身の稚拙な判断を反省するでもなく「どんな小さな罪でもよいから認める自白調書に自署・指印させる必要がある」と判断し、姑息な手段で二本松に自白調書にサインさせた。
29日夕方、不起訴との理由で釈放。容疑のうち「公務執行妨害」は起訴猶予、「傷害」は「無実」という説明だった。だが、明白な冤罪にもかかわらず、「起訴猶予」という「前科」を科せられたのである。
なぜ、警察が自らの犯罪を隠蔽し、事実を捏造し、誤認逮捕を否認しつづけるのか。また検察はなぜそれを見逃すのか。二本松はその理由を述べている。誤認逮捕は「警察全体の威信」を大きく傷つけ、警察の誤謬性を前提すると絶対にあってはならないから、隠蔽するしかない。警察の不当逮捕や隠蔽工作を見抜けなかった検察や裁判官も自分たちの失点になるため、警察の調書を踏襲し、警察にとって最悪の判断はしないからである。問題は警察組織だけではない。警察、検察、そして裁判所の構造化された「慣れ合い」の関係、そして組織の劣化した思考こそが冤罪を生み出すのだ。
この間、村木厚子氏の郵政不正事件、袴田巌氏の冤罪事件、大川原化工機冤罪事件など、警察による証拠の隠蔽と自白の強要、それを見逃し放置した検察、裁判所の怠慢と不作為が明らかとなり、司法全体の信頼が失墜している。先日、検察庁の高官が一連の不祥事の原因を「行き過ぎた正義」と発言したが、現状を直視しない、無理解極まる発言である。
民主主義国家と自認しながら、冤罪を繰り返す警察・検察・裁判所の司法全体の構造的問題。この問題を直視するためにも、警察と検察を相手に闘った著者の義憤と執念が結実した本書をぜひ多くの方々に読んでほしい。
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付記:なお、二本松は、2009年10月国と東京都(裁判所、検察、警察)を相手に国家賠償請求訴訟を東京地裁に提起し、弁護士から「勝ち目はない」と言われた裁判で2016年3月18日に勝訴した。しかし、警察、検察官、裁判官など特別公務員の責任は不問に付す判決であった。(いとう・まもる=早稲田大学教育名誉教授・社会学)
★にほんまつ・すすむ=早稲田大学政治経済学部を卒業後、一三年余りサラリーマンとして勤務。その後、株式会社シーマトリックスと寿司茶屋吟遊を創業し現在に至る。
書籍
| 書籍名 | 冤罪・捏造「百番事件」 |
| ISBN13 | 9784868390152 |
| ISBN10 | 4868390155 |
