2026/09/11号 6面

イタリアの光と闇Ⅱ

イタリアの光と闇Ⅱ マリオ・プラーツ著 石黒 盛久  『イタリアの光と闇』と題された、プラーツの「碩学の旅」もこれで二冊目となる。一冊目でも語ったが、プラーツの旅随筆は単なる旅行案内ではない。それは旅が彼の胸中に映す印象の万華鏡であり、そこに浮かぶのは、プラーツという一人の知識人の個性そのものだ。第一〇章「シエナの二色紋」にはピエヴァシャータという僻村の老司祭の、奇怪極まる〈驚異の部屋〉が紹介される。「生きながら埋葬されたヴェスタの巫女、ヘブライ語の文章が認められた羊皮紙、洗面器の中に横たわったナイフ、拷問具、磔刑像に仕込まれた匕首、苦行用の毛織シャツ、防毒マスク、貞操帯……マッチ箱のラベルを集めたアルバム、コッホの細菌標本や脳の樹脂標本、瓶詰めの胎児」等々、収蔵品の目録は延々と続く。一見して、わが国の地方「秘宝館」にも見られる悪趣味なガラクタの堆積に過ぎない。だが美の使徒プラーツの、このガラクタ秘宝館に寄せるまなざしは暖かだ。それは「普遍的で宇宙的な」「一九世紀の百科全書的文化」世界のミニチュアである。エリオットを引用しつつプラーツは、こうした己が内の〈驚異の部屋〉の収蔵物によって我々は、「自分の廃墟を支えてきた」のだという。それを踏まえれば、本書自体がプラーツにとってのピエヴァシャータの秘宝館なのである。  この秘宝館の収蔵物は不条理な混沌を装いつつも、老司祭にしか解らないアリアドネの糸で結び付けられている。では本書を通貫するアリアドネの糸は何か。それこそが「一九世紀の百科全書的文化」、換言すればヴィッラという生活様式である。もっと言えばその視覚的要約としての、新古典主義という感性に他ならない。「長時間カフェに座り、「艶のある陶器に注がれた」黒い液体を一息で飲み干し、煙草の煙が立ちこめるなかで新聞にゆっくり目を通し、友達とチェッカーかチェスの対局をして、自分の悩みを忘れようとする」――第五章「カフェ・ペドロッキ」冒頭のこの一文は、〝ヴィッラという生活様式〟を巧みに視覚化している。それは有産不労所得者たちの閑暇(スコラ)の文化――たっぷりとした時間の目盛に沿い過ごされて行く、人間が物事にもっと真摯に付き合えた時代の文化である。「人々はこうした習慣を失ってしまった」と彼が嘆くように、第二次大戦直後すでに、閑暇の文化は繁忙(ビジネス)の文化に取って代わられつつあった。第五章自体、閑暇の文化の国民的記念碑ともいうべき文化財が、繁忙の論理により改変されることへの告発である。第八章「フィレンツェの復興」、第九章「ヴィッラという文化」、第一一章「静寂の都市ウルビーノ」もまた、文化の繁忙化や観光の大衆化による史蹟の通俗化への、彼の困惑と悲嘆の証言であろう。「シャイロックよ、お前の取り分の肉一ポンドを切り取るがよい、ただし一滴の血も垂らしてはならぬ」(第五章)、「新しいものは」古のもののうちに「つま先立ちでそっと入るようなものであるべきである」(第八章)といった言葉に、こうした功利主義的改変に対するプラーツのささくれ立った感情を見て取ることができよう。  ところでプラーツにとりヴィッラの文化は即ち、「新」古典主義の文化であった。その意味を明瞭に示すのが、第七章「ヴィンケルマン」である。ヴィンケルマンは確かにギリシアの、端正で静謐な男性的美の崇拝者であった。「静かな海を前にした瞑想、純粋な水の味わい、これら二つのイメージをもって、ヴィンケルマンは、彼がギリシア的と呼ぶ美の理想」を表現した。だがヴィンケルマンの美なる海は、ある「程度の距離を隔てて眺められたそれで……実のところ常に動いており、波を絶えず変化させて」もいる。そこにあるのは多様の中の統一、あるいは多様と統一の止揚に他ならない。その意味で彼は「数世紀の時を隔ててルネサンスの感性を再生した」。そしてルネサンスが思い描いた古代の美が、実はヘレニズム期の美……世界国家における多様な文化との接触を通じ確立した、ギリシア・ローマ文化による諸文化の統合であったと同様、ヴィンケルマンにはじまる新古典主義もまた、先立つロココの中国趣味やペルシア趣味という文化の地域的多様性の止揚としての古典への回帰であるとともに、それに続くロマン主義における文化の歴史的多様性の起点となる現象なのである。第四章「パッラーディオと新古典主義」は、このヴィッラ設計者を統一と多様の止揚、特に晩年の建築における多様の優位において解釈し、新古典主義的美意識の先駆者と捉え直す論考である。それはヴィッラという生活様式の核にある新古典主義こそ、本書を一貫するプラーツの思考のアリアドネの糸ではないかという、評者の発想に補助線を提供してくれた。  ヴィッラに置かれた〈驚異の部屋〉が一つの小世界であったのと同じく、古今東西の様々な意匠を古典古代の優位において止揚したヴィッラもまた一つの小世界であった。本書でプラーツは、こうしたヴィッラが曼荼羅の如く相即相入し合いながら、ひとつの不動の核=美を浮上させる運動として、イタリアという〈場〉を描き出しているように思う。観光の大衆化に直面した彼の危機意識は、〈美〉の出産の場としてのイタリアの喪失の予感ゆえのものではないか。彼にとっての幸福は、近過去形で語ることができるノスタルジーの対象をなおも見出し得たことであった。例えば「時計はすべて止まって」いるルッカ近郊のヴィッラ・メルツィ(第九章)。それはプラーツにとって「まるで沈んでしまった回復不可能なひとつの世界の、辛うじて水面上に残った山頂」であった。本書を手に取る読者はイタリア愛好者が多いだろう。観光の大衆化がプラーツの時代よりさらに進行した今日、私たち自身の近過去のノスタルジーの対象とし得る「水面に残った山頂」がイタリアに未だどれだけ残っているか、確かめてみようではないか。(金山弘昌・新保淳乃訳、石井朗企画構成)(いしぐろ・もりひさ=金沢大学教授・政治思想・政治文化 ・ルネサンス)  ★マリオ・プラーツ(一八九六―一九八二)=イタリアの文学批評家・エッセイスト・美術品蒐集家。一九二三年から三四年までイギリスに滞在しリヴァプール大学とマンチェスター大学でイタリア語文学の教授。三四年にイタリアに戻り、六六年までローマ大学の英語英文学教授をつとめた。著書に『官能の庭』など。

書籍

書籍名 イタリアの光と闇Ⅱ
ISBN13 9784756626981
ISBN10 475662698X