ブラック・ウイメンズ・カルチャー
臼井 雅美著
佐久間 由梨
本書は、人種差別および性差別と闘い続けてきたブラック・ウイメンの人生と、彼女たちの文学・音楽をはじめとする芸術創造の系譜を奴隷制時代から現代に至るまで描き出す一冊である。著者の臼井雅美氏は、37年以上前にアメリカの大学院に留学し、帰国後はイギリス人女性作家ヴァージニア・ウルフ研究から、女性作家およびマイノリティ文学へと研究領域を広げてきた。
ブラック・カルチャーといえば、しばしばアメリカで生じた文化として語られがちである。しかし本書は、英米の双方を熟知する著者ならではの視点から、奴隷貿易の起点となったアフリカ、中継地となった西インド諸島、さらに西洋植民地主義、帝国主義、ポスト植民地主義を背景に、ブラックの女性たちが亡命者・難民・移民として渡った英米を含む「アフリカ系ディアスポラ」全体を射程に収めている。この理由から、「アフリカ系アメリカ人」や「ブラック・アンド・ブラウン」など米英における黒人・有色人種に限定される名称ではなく、奴隷制に始まる制度的人種差別の経験を共有するディアスポラの人々を包摂する「ブラック」という名称が使われている。
ジェンダーの観点から見ると、ブラック・カルチャーといえば、英米日のいずれにおいても男性の担い手たちを中心に語られることが多かった。『ブラック・ブリティッシュ・カルチャー 英国に挑んだ黒人表現者たちの声』(2022)を執筆中に、女性の物語にも光を当てる必要性に気づいた著者は、ブラックの女性たちを「点で繫げて、多様なブラックの女性たちの物語を見つけ出す」本プロジェクトに着手することになったのだという(10頁)。
広範な時代・地域を網羅するリサーチの成果により、いま読者は、英米だけではなくハイチやナイジェリアなどの旧植民地圏の作家、さらには黒人霊歌、ゴスペル、ブルース、ジャズ、R&B、ソウル、ロックンロール、ポップス、ヒップホップに加え、西インド諸島に生まれたスカ、カリプソ、レゲエ、さらにはクラシックで活躍した音楽家までを含む、ブラック・ウイメンのネットワークを見渡すことができるようになった。さらに、時代、地域、ジャンルを超えて彼女たちが人種差別と性差別の双方に抗議するなかで育まれてきたブラックフェミニズムの歴史的連続性と地理的拡がりをも概観できるようになった。
ブラック・ウイメンの作家・音楽家たちを主役とする本書ではあるが、同時に、なぜ黒人男性たちは人種正義のために闘いながらも自らの性差別には無自覚だったのか、なぜこの種の男性性が構築されざるをえなかったのかという問いも提示されている。奴隷制時代、ブラック・ウイメンたちは人種差別に加え、白人奴隷主人からの性暴力にさらされ、子孫(奴隷)を増やすための道具として性奴隷化された。本書が議論するように、こうした歴史を、白人男性による家父長制の遺産として単純化することはできない。なぜなら、奴隷とされた人々が暮らしていたアフリカ社会にも強固な父権制が存在していたことを踏まえれば、ブラック・ウイメンたちは、アフリカの父権制から西洋の父権制へと、奴隷貿易によって運ばれた存在でもあったからである。
アフリカおよび西洋の父権制を受け継いだ黒人男性を指導者とする黒人教会、公民権運動、芸術文化運動は、人種差別に抗議しながらも、黒人男性自らの性差別には十分に向き合わないという矛盾を抱えていた。性差別が文化表現を通じて黙認され、再生産されてきたことは、ジャマイカのラスタファリアニズムやアメリカのヒップホップにおける女性蔑視を想起すれば、理解しやすいだろう。
本書が丁寧に描き出す女性たちのキャリアと私生活には、人種を同一とする男性(父、夫、親族)からの暴力が刻み込まれている。女性関係が派手な牧師の父親を持ち、自らも12歳と15歳で異なる男性との子を産み、結婚したマネージャーの夫の支配や暴力を受けたアレサ・フランクリンをはじめ、多くの女性たちが男性関係や家庭内暴力によって傷ついてきた。本書を読むと、ブラック・ウイメンズ・カルチャーが、こうしたブラック・コミュニティ内部の家父長制とも闘い続けてきた文化であることに改めて気づかされる。(さくま・ゆり=早稲田大学教育学部教授・早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)副館長・アメリカ文学)
★うすい・まさみ=同志社大学文学部教授・英米文学・文化。著書に『記憶と共生するボーダレス文学 9・11プレリュードから3・11プロローグへ』『カズオ・イシグロに恋して』『記憶と対峙する世界文学』『ブラック・ブリティッシュ・カルチャー 英国に挑んだ黒人表現者たちの声』など。
書籍
| 書籍名 | ブラック・ウイメンズ・カルチャー |
| ISBN13 | 9784750359984 |
| ISBN10 | 475035998X |
