ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 445
ファスビンダーと大島渚
HK 一九七〇年代当時、『カイエ』派に高く評価されていたのは、ゴダール、ストローブ、ジーバーベルク、ファスビンダー、大島といった監督たちでした。それらと比較するとコスタ・ガヴラスは評価が低かったという感じでしょうか。
JD 私は、その時代の『カイエ』からは少し距離を取っていたので、その意見に対して完全に同意するわけではありませんが、何を考えていたかはわかります。彼らの映画と比較すると、コスタの映画は重要性が落ちる。なぜなら、ゴダールの映画には、政治だけではなく、映画に対する考えも表現されているからです。それはファスビンダーや大島に関しても同じです。ファスビンダーも大島も、自国の事件について真摯に向き合っていました。ファスビンダーは、ドイツ赤軍、ナチス、同性愛、人種差別などなど、戦後のドイツを取り巻くありとあらゆることに関して映画を作っていました。他のドイツ人は誰一人としてファスビンダーほど、批判的にドイツを糾弾できなかった。それは大島に関しても同じです。大島に関しては……私は完璧に理解しているわけではありません。言語と、そしてまた日本の歴史に関する問題も関わってくるからです。しかし、そうしたことを抜きにしても、大島が何を言いたいのかは、映画を通じて見えてきます。日本の封建社会、家父長制、社会制度、差別問題などあらゆる問題を取り上げています。戦後の日本にとって大事な映画です。
HK ファスビンダーの映画にも大島の映画にも、ゴダールのような映画に対する考えがあるとお考えですか。
JD 彼らの映画にも、ゴダールとは別の流儀において、考えがあります。ゴダールは、他の誰とも似ていません。映画というものの内部から、映画の仕組み、つまりカメラ、モンタージュ、上映、観客などについて考え続けているのです。誰一人として、彼ほど深く映画を考えていません。ファスビンダーや大島が持っている考えは、そうしたものではない。
大島に関して私がまず感じるのは、彼は本当に才能に溢れた映画作家であるということです。役者の演出、撮影、編集など、やるべきことをなしている。日本に偉大な映画が存在しており、優秀な撮影スタッフがいたことは百も承知です。しかし、そうした人々の力を借りたとしても、本当に面白い作品を作るためには才能と感性が必要です。何をするべきで何をしないべきなのか。真にいいショットとは何か。どんなふうにしてモンタージュをするべきか。さまざまなことを同時に理解していなければいけない。そんなふうにして映画をつくる過程は、それぞれの映画作家ごとに異なります。そして完成する映画作品も全く違うものになる。それは「映画に対する考え」の違いからくるものです。その考えは、完成した作品を通じて見える、つまり感じられるものです。大島の場合、――多くの偉大な映画作家の場合と同様にして――映画の隅々に、そうした考えが行き渡っていることが感じられます。
ファスビンダーの場合は、大島の場合とは異なります。ファスビンダーは、映画の教育を全く受けていない。大島は、日本のスタジオ制度の内部から出てきています。だから、ヌーヴェルヴァーグの影響を受けて、どれだけ映画を崩していたとしても、映画の文法がはっきりとしている。しかし一方で、ファスビンダーの映画には、野生的なところがあります。ファスビンダーは、映画学校に認められず、演劇学校で学んでいます。その時代に、後の彼の映画に出演する人々と出会い、劇団を結成し、自分の手で映画を作り始めます。最初期の彼の映画は、フランスのヌーヴェルヴァーグの影響を強く受けたものでした。それから徐々に、ドイツの演劇理論、フランスの文学、アメリカ映画、ダグラス・サーク、スタンバーグ、ムルナウなどの影響を受け、それらが映画の中に吸収されて、彼だけの映画になっていったのです。そんな過程の中で、同時代のドイツの置かれた状況に対する考察も組み込まれていきます。そうしたことが複雑に絡み合い、ファスビンダーの映画は生み出されています。ですから、各々の映画は全く異なるものになっている。
〈次号へつづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)
