2026/05/01号 4面

中立という選択肢

中立という選択肢 小関 隆著 崎山 直樹  ウクライナ、パレスチナ、そしてイランと戦禍が拡大する時代において、小国はどのように振る舞うことが可能なのか。激動の国際情勢を考えるためにも歴史を紐解き、理解を深めるための補助線を探すことは有意義なことである。小関隆著『中立という選択肢』は、第二次大戦中に欧米列強からの圧力を受けながらも中立を保ったアイルランドの姿を、時の首相エーモン・デ・ヴァレラの言動に焦点を当てて描くとともに、混沌の現代社会を考えるための有益な視座を与えてくれる。  著者の小関はこれまで、第一次大戦下の英国における徴兵制の導入と運用の経緯をたどりながら、良心的兵役拒否者たちの葛藤を描きだした『徴兵制と良心的兵役拒否』(人文書院、2010年)や、第一次大戦前夜からイースター蜂起、独立戦争、内戦を経てアイルランド自由国が成立するまでのプロセスを、そこに関わった個性的な人物たちに焦点を当てて描いた『アイルランド革命1913―23』(岩波書店、2018年)などを著してきた、英国およびアイルランドの近現代史を専門とする歴史学研究者である。本書は史料分析に基づく歴史学研究である一方、非常に読みやすい文体で書かれており、一般の読者にも安心してお勧めできる一冊となっている。  アイルランドは1922年にアイルランド自由国として英国から離脱したが、それは全島をあげてのものではなく、北部6州は英国に留まる歪な離脱となった。また、形式上はイギリス帝国内の自治領という扱いであったものの、国際連盟に加入するなど国際社会からは実質的な主権国として遇された。この時期から1970年代までのアイルランドを指導したのが、アメリカ出身の政治家デ・ヴァレラである。彼は失敗に終わった1916年のイースター蜂起において指揮官の一人であったが、アメリカ市民であるが故に減刑され、生き残った。その後、独立戦争、内戦、自由国の成立に関わり、最高指導者の立場を固めていった。そのデ・ヴァレラの下、1937年に新憲法を制定したアイルランドにとって、第二次大戦は英国に追従せずに独自の外交政策をとれるかどうかが問われる試練であり、結果として同国は英国に同調せず中立を宣言した。  もちろん、当時も複数のヨーロッパ諸国が中立の立場を表明していた。しかし隣国との関係性や地理的な条件を考慮すると、アイルランドの中立は際立って特異なものであった。例えばドイツから見れば、アイルランドの地理的な条件には戦略的な価値があり、また内戦を経て非合法化されたIRAは、ナチ・ドイツとの連携に活路を見出そうとした。当初より参戦を求めていた英国は、フランス陥落直後には「南北統一を認める」というカードを切り、参戦への圧力を強めていった。第二次大戦に遅れて参戦することになるアメリカは、参戦以前より北アイルランドに基地を建設していた。フランス上陸作戦の準備が本格化する頃には、機密保持の観点からアイルランドの参戦を強く求めるようになっていく。しかしアイルランドは、英国やアメリカと協調しながらも、最後まで中立を維持した。このように本書は中立国アイルランドを基点に、これら列強の思惑や行動を検討していくことで、ヨーロッパにおける第二次世界大戦という経験を別の角度から見せてくれる。それこそ往年の冒険小説『鷲は舞い降りた』などをより深く楽しむための背景情報をも提供してくれるのだ。  本書は、欧州における第二次大戦を英独仏といった大国中心の視点からではなく、大国に翻弄されつつも自律的な意志をもってその激流に向き合った小国の視点から描き出すことに成功している。さらに、ヨーロッパの小国アイルランドに関する研究、特に現代史に関するものはまだまだ少なく、専門用語や人名などについても日本の読者には馴染みが薄いかもしれないが、本書はその点についてもかなり詳細な脚注をつけ、背景情報などをわかりやすく説明しており、アイルランド史の入門書としても最適な一冊と言えよう。(さきやま・なおき=千葉大学大学院准教授・アイルランド近現代史)  ★こせき・たかし=京都大学教授・イギリス・アイルランド近現代史。著書に『プリムローズ・リーグの時代』『イギリス1960年代』など。一九六〇年生。

書籍

書籍名 中立という選択肢
ISBN13 9784409511251
ISBN10 4409511254