<編集長鼎談*新書は絶対役に立つ>
中山永基(岩波新書)×黒田剛史(中公新書)×岸山征寛(角川新書)
昨年に引き続き、岩波新書編集長の中山永基氏、中公新書編集長の黒田剛史氏、角川新書編集長の岸山征寛氏の三方に、二〇二五年刊行の新書について、そこから見える社会状況や、今後の課題や展望までをお話しいただいた。(編集部)
岸山 今年もお二人とお話できてうれしいです。早速ですが、この一冊から二〇二五年の振り返りを始めてみましょうか。
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』(飯田一史著、平凡社新書)。新書の低単価も取り上げられていますが、価格の話は後ほどとして、刊行後早々に読みました。業界にそこそこ長くいますが、たとえば書店組合の取り組みの詳細はじめ知らないことも多々あり、ありがたかった。七〇年代の日書連のマージン獲得運動が公取からカルテル行為だと注意され、目が厳しくなっていく過程など、歴史的経緯をきっちり書かれていて、産業史として面白い。
中山 話題になりましたよね。町の本屋の趨勢に、今も多くの人が注目していることがわかりました。丁寧に書かれた本で三五〇ページ超え。業界関係者以外の、本好きも手に取ったことで売れたんでしょう。
黒田 私もこの本を挙げようと思って持参しました。かなり踏み込んでいますよね。経産省の「書店活性化プラン」にも触れていますが、国から支援を受けなければならない状況にまで追い込まれたことも、近年の大きなトピックです。
中山 二〇二四年のヒット作、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)の著者・三宅香帆さんは、二〇二五年もぞくぞくと新刊を出しましたね。『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』(新潮新書)、『考察する若者たち』(PHP新書)、『文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?』(サンクチュアリ出版)。
新書全体の読者は総数として減っているかもしれませんが、三宅さんの影響か、若い読者が新書の棚に帰ってきていると書店さんから聞きました。町の本屋が閉店していく一方で、局地的にかもしれませんが、本好きの人たちの動きが活性化している気がします。その双方向の動きの中で、『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』という素朴な問いが改めて注目されたのかなと。
黒田 「町の本屋」というところがポイントでしょうね。一昔前は都市近郊ならどこの駅前にも新刊書店があった。それは庶民にとって、知や学びに開かれた貴重な扉でした。それを失う代償はあまりに大きいです。
中山 自社本ですが、『本ができるまで』(岩波書店編集部編、岩波ジュニア新書)は、Xで旧版が話題になったのをきっかけに二〇年ぶりに増補版が出ました。好評で増刷もかないました。
黒田 関連して、もともと中公新書だった『本と校正』(長谷川鑛平著)が中公文庫から刊行され、マニアックな内容ですが版を重ねています。
中山 「本離れ」が取りざたされる昨今に、一方では本が作られる工程がXで話題になるという、マニアックな関心も育っている。ともかく「本」が、様々な角度から話題になった年、という印象が残っています。
岸山 文学フリマの隆盛も影響しているのでしょうか。知識として知るだけでなく、自主出版の参考にしてくれているのかもしれませんね。
中山 谷川嘉浩さんの『スマホ時代の哲学 なぜ不安や退屈をスマホで埋めてしまうのか』(ディスカヴァー携書)が増補改訂版で出てベストセラーになっていますね。三宅さんの『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー携書)も二〇二四年のベストセラー。ディスカヴァー携書の勢いがすごい。そして谷川さんや三宅さんは新しい読者を摑んでいると思うんです。 黒田 ディスカヴァー・トゥエンティワンは、ビジネス書が十八番です。谷川さんの本は、「スマホ」と「哲学」という掛け算が秀逸ですが、加えて実用書的な作り方で、これまで新書を手に取らなかった読者層に届けることに成功したのではないでしょうか。
老舗の講談社現代新書の話題書『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(難波優輝著)も、若い層に向けた工夫をしています。
さらに『世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ』(齋藤ジン著、文春新書)もビジネスの現場から発せられたベストセラー。その主張を一言でまとめると、これからは日本の時代だ、という「楽観論」です。希望をもらえる内容に惹かれる読者も多かったのかもしれません。
中山 確かに、結論を先に出して、切り口を変えながら主張を繰り返すという、ビジネス書的な作りの新書が増えている感じがしますね。新しい読者を呼び込んでくれる可能性を感じると同時に、新書の特性がどう変化していくのか考えさせられます。私たちとしては、ブレずに新書らしい新書を作っていきたいというのが、早くも今日の結論でしょうか(笑)。
岸山 一時的な変化はあっても、「しっかりしたものを読ませてくれよ」という読者の気持ちは、根本的には変わらない気がしていますけどね。哲学の入門書としてはNHK出版新書『哲学史入門Ⅰ~Ⅳ』(斎藤哲也編)をお薦めしたい。
中山 日販もトーハンも、二〇二五年の年間ランキングでは、新書売上一位が二宮和也『独断と偏見』だそうです。二宮さんの本も、今までの新書とは作りが違いましたよね。これまでにも聞き書きはもちろん、インタビューをまとめた新書がなかったわけではないけれど、二宮さんの言葉はことのほか少ない。アイドル雑誌でインタビューしてきたものを、これまでならビジュアル重視で単行本として出していたところを、新書の形態にまとめたわけですね。集英社新書がこういうものを出すというのも、各社試行錯誤しながら、新しい読者との回路を探っているんだなと思いました。
また、養老孟司『人生の壁』、ジェーン・スー『介護未満の父に起きたこと』、俵万智『生きる言葉』など新潮新書もヒットを飛ばしています。
昔は、雑誌が書店に客を呼び込む役割を果たしていましたが、今は雑誌自体の売上げが厳しい状況なので、ライトな新書がほかの新書や単行本へと、橋渡しする役割を担っており、大切な存在だと思います。
黒田 雑誌から書籍への導線というお話と関連して、小林昌樹『立ち読みの歴史』(ハヤカワ新書)も面白かった。江戸時代には和本を売る店と、庶民向けに娯楽の本や錦絵を売る店は別だったそうです。ちなみに大河ドラマ『べらぼう』でも、立ち読みの源流=「錦絵の立ち見」のシーンが描かれていました。両者は明治になって、一緒の店頭に並ぶのですが、錦絵の系譜を継いだ雑誌と、専門書が一緒の店で売られたのです。すると、錦絵的なものを呼び水に集客された庶民が、知的な教養の世界に出会う機会が生まれた。逆も然りで、インテリが庶民的なものに触れる機会になったのかもしれません。
こうした購入者層の交差は、書店の重要な機能ではないでしょうか。また、これからの時代、錦絵や雑誌に当たるものは何なのか……書店の新書コーナーを活性化するためにも、そうした集客要素を開拓したいものです。
岸山 町の本屋が少なくなると、当然、本との接触機会が減りますよね。新書は定期刊行物なのに、ネットではピンポイントにしか出会えないから、新刊を知ってもらうことすら難しくなる。接触回数が減れば、買おうという動機も減ってしまうので、そもそも読者との接点をどう作るかが、変わらぬ切実な課題ですね。
岸山 楽屋話的かもしれませんが、各社ともついに値段を上げてきました。新書は、物価の優等生、出版界の「卵」だったけれど、逆に言うと今まで上げずに踏ん張りすぎた反省はある。
中山 価格を上げないことには、長く売り続けるのが不可能になってきています。重版のたびにどうしても価格を上げざるを得ない状況です。
黒田 NHK朝ドラの「ばけばけ」に合わせて、三〇年前に出た『ラフカディオ・ハーン 異文化体験の果てに』(牧野陽子著、中公新書)を復刊したのですが、五〇〇円近い値上げになりました。
岸山 今も昔も読書好き、特に学生や若手社会人ほど本代を工面するのに苦労しているのはわかるから、できるだけ安価にしたいものの、限界はあるんですよね。
黒田 学生時代、安価で栄養豊富な新書に育ててもらいました。今の学生にも、新書を手に取ってもらいたいから、価格を上げることへのジレンマは大きい。
中山 一方で、単行本も文庫も値が上がっていて、特にアカデミックな研究書の類はますます気軽に手が出しにくい価格になっていることを考えると、新書はその情報量からして未だにお買い得な存在だと自負してもいますが。
岸山 第一線の人たちの知恵を一般書のかたちに落とし込んでいるので、専門書に進む前のガイドラインとしてだけでなく、最新研究のエッセンスを新書で押さえることができますよね。各社が新書の形態で各分野の知見を選りすぐって出しているのは、手前みそですが、社会貢献にもなっていると思う。我々は一社の利益だけ考えているわけではない(笑)。
中山 先ほどビジネス書的な新書の話をしましたが、一方では昨年、岸山さんが言っていた「教養路線への回帰」は、いわゆる伝統的な「教養新書」的なレーベル以外にも広がっているように思います。
たとえば、祥伝社新書の舟津昌平『若者恐怖症――職場のあらたな病理』は、気鋭の経営学者によるしっかりした組織論であり、かつ人文書的な感性も備えた内容でした。河出新書の浜由樹子『ネオ・ユーラシア主義「混迷の大国」ロシアの思想』も、国際報道だけでは見えてこないロシアの姿を奥深くまで見据えています。
黒田 SB新書の千葉聡『「科学的に正しい」の罠』が面白かった。優生学の問題や、宗教、イデオロギーに左右されてきた科学の歩みを描いています。著者は進化生物学・生態学が専門で、陰謀論やフェイクニュースなど現代の課題を踏まえつつ、学説史的な要素もふんだんに盛り込んだ一冊でした。加藤喜之『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)とセットで読んでほしい(笑)。
岸山 私は、インターナショナル新書の遠藤正敬『戸籍の日本史』を挙げたいですね。「戸籍」はマイナンバーとか夫婦別姓とか、現代的な問題にも絡んできますが、実はその歴史はよく知られていない。古代に作られた国民管理制度が、明治維新で蘇り現代まで続いている。これまでに著者が戸籍について著してきた論考を、今回一挙総覧のように、新書としてまとめてくれています。入りやすいけど、重厚でもある。良書です。他には『男が「よよよよよよ」と泣いていた 日本語は感情オノマトペが面白い』(山口仲美著、光文社新書)も良かった。
中山 新興レーベルが、読みごたえのあるいい新書を出されていますよね。
岸山 フェイクニュースや陰謀論がはびこる、世の中のきな臭い状況を見るにつけても、特定の何かを煽るようなものではない、地に足ついた実直なものを作りたいし、お金を出してもらうのだから、動画やネット情報では済まない内容を提供したいと思います。
中山 蓮池薫『日本人拉致』を出せたことは、岩波新書にとって大きなことでした。『世界』の連載をまとめたものですが、岩波新書で、北朝鮮の拉致問題を真正面から扱ったことがなかったので、戦後八〇年の年に出せてよかったです。その後、笠原十九司『南京事件』と吉見義明『日本軍慰安婦』を出して、同じ土俵で『日本人拉致』を扱えたことが、ある意味で、岩波としての新しい切り口だったかなと。
岸山 笠原さんも吉見さんも、とてもいい仕事をされていますよね。
そうそう、ひとこと言いたい。お二人とも昨年のこの鼎談で、「戦後八〇年は意識していない」と言っていたのに、両レーベルともしっかり出してきたじゃないですか!やられました(笑)。
中公新書も、『続・日本軍兵士――帝国陸海軍の現実』(吉田裕)をはじめ、『帝国陸軍――デモクラシーとの相剋』(髙杉洋平著)が出るは、『日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで』(波多野澄雄著)が出るは。
うちは、『特攻基地 知覧』(高木俊朗著)はじめ復刊多めで、書下しは『天才作戦家マンシュタイン 「ドイツ国防軍最高の頭脳」――その限界』(大木毅著)。これは長くかかった作品なので、猪木正道賞特別賞をいただけたのはうれしかったですね。
黒田 挙げてくださった作品群は入念に準備を進めてきたものでしたが、せっかく刊行するなら、と著者の先生方とスタッフの尽力が大きく、新書の棚に力作がそろったこのタイミングに間に合って本当に良かったです。
岸山 『内務省 近代日本に君臨した巨大官庁』(内務省研究会編、講談社現代新書)も、すごい本でした。「省庁の中の省庁」を新書一冊でやるという。個別テーマでなく総覧でやろうとよく決めたと思います。
黒田 単行本的ですよね。「警察庁+総務省+国土交通省+厚生労働省+都道府県知事+消防庁」という戦前の巨大省庁は、一人では扱いきれない。そこで、名だたる研究者が分担している。こういう新書もありなんだな、と。五五〇ページで一六五〇円の〝鈍器本〟!
岸山 『〈国防〉の日本近現代史 幕末から「台湾有事」まで』(一ノ瀬俊也著)、『戦中派 死の淵に立たされた青春とその後』(前田啓介著、いずれも講談社現代新書)も大作だった。
黒田 講談社現代新書は、戦後八〇年、昭和一〇〇年に絡めて出されたものが多かったですよね。
中山 機を見るのがうまい。しかし、歴史ものはどうしても厚くなりがちですね。上の世代には、新書は薄いものだという意識があると思います。新書の形態も時代によって、変わっていくと思いますが、読者がどう感じているのかは、常に意識する必要がありますよね。
黒田 厚みも価格も必然性が必要、ということですね。高齢化社会には、活字を大きくゆったり組むことにも、取り組まねばなりませんから、ページ数は増えがちです。
岸山 十一月に出た、『太平洋戦争と銀行 なぜ日本は「無謀な戦争」ができたのか』(小野圭司著、講談社現代新書)は、「あっ、確かに!」と唸ったいいタイトルでした。戦争と経済は密接なテーマですが、経済ではなく「銀行」に的を絞ったところが上手い。銀行が戦争にどのように関わっていたのか。確かに重要な役割を担っていたはずで、敗戦時に膨らんでいた債務処理だけでなく、戦時の銀行の経営の問題も気になります。でもこのタイトルは思いつかなかった。
黒田 「戦後八〇年」の一冊として、辻田真佐憲さんの『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)もヒットしましたね。著者は在野の評論家。時系列の通史ではなく、現在から歴史を俯瞰して、「われわれの物語」を紡ぎ直そうと試みています。同じ戦争をテーマにしても、研究者として実証的に論証していく人もいれば、辻田さんのように戦跡を訪ねるなど、足で物事の本質を摑む人もいる。違うアプローチが並走しているのも、新書の面白さです。
岸山 実証主義に厳しい言い方をされている点はいかがですか? 辻田さんも実証主義の研究成果に立って書かれてますよね。物語の意義を強調しすぎると、真に受けた人が司馬史観の焼き直しどころか劣化版を氾濫させることにも繫がりかねないので。
黒田 あえて挑発的に書かれているのではないでしょうか。辻田さんの単行本『ルポ 国威発揚』(中央公論新社)を読むと、丹念な取材をもとに歴史と現在のあいだを往還しているように見えます。私は編集者として、研究者が自分の専門に閉じこもらずに、周辺分野を総動員しながら、一般読者に知を啓いてもらいたいとは思います。史観は史観でも、「文明の生態史観」が論争を巻き起こしたように、分野を超えて刺激を与える論考が現れてほしいものです。
中山 最近は出典の記載の仕方とか、オリジナリティがどこまであるのかという面で、アカデミズムの基準が厳しくなってきていますよね。典拠を示すことは当然必要ですが、新書は独力で明らかにしたことだけで書くのかというと、そうではない。それだと非常に狭いテーマしか書けない。読者が今知りたいことに答えるものを書くのが、新書の役割だということは、編集者も改めて再確認して、書き手とコミュニケーションをとっていかなければと感じています。
岸山 アカデミックの世界も蛸壺化で、研究テーマが小さくなっていますからね。ご専門から半歩踏み出して、読者側を向いてもらえたら、面白いものを生みやすくなると思うのですが。
黒田 「読者の方を向いて」というところが大切ですね。かつては注釈がないのが新書という位置づけでした。様々な研究成果を換骨奪胎して、分かりやすく一般読者に伝えるのが、新書の役割だということですね。
中山 僕らも、新書が信頼に足る媒体だということを、もっと形にして見せていかねばなりませんね。
岸山 その流れでいうと、『ユダヤ人の歴史 古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』 (中公新書)は素晴らしかった。そしてとどめに『シオニズム──イスラエルと現代世界』(岩波新書)。二〇二五年は鶴見太郎さんの年でしたね。
黒田 本書にいつ言及していただけるのかなと、心待ちにしていました(笑)。大きなテーマで通史を、というのは、中公新書が長年狙い続けているところです。高校の世界史教科書の中で、ユダヤ人についての記載は、古代の王国から、いきなりシオニズム、ホロコーストなど近現代に飛んでしまう感があります。シームレスな通史が今までなかった。教科書の太字項目を新書のテーマにしようと、常々検討しているのですが、今回は教科書の空白を埋めることができました。新しいチャレンジだったと思います。サントリー学芸賞も受賞し、勢いに乗って現在、十六刷十七万五〇〇〇部に達しました。
岸山 出だしから上手いですよね。ニューヨークで、ユダヤ教徒の子どもに、深夜呼び止められるところからはじまる。安息日には働いてはいけないから、電気を消すことができず、鶴見さんが代わりに消してあげたという思い出から、読者を引き込んでいく。よくこのページ数でまとめたと思います。編集者の苦労もあったと思いますが、まえがきと序章を恐らく意図的に短くして、スッと内容に入るところも感心しました。
中山 『シオニズム』の担当者が、鶴見さんに『ユダヤ人の歴史』というテーマで依頼したのは、すごいと言っていました。鶴見さんは、ユダヤ人の歴史の全体を専門にしているわけではないですからね。近年、専門が細分化されている中で、この大きな構えの通史を、中堅でバリバリ活躍している人に書かせたのは、中公新書らしい大成功です。
黒田 鶴見さんご自身の研究成果だけでなく、ほかの多くの研究者の成果を取り込み、また査読で万全を期して充実の内容となりました。ホロコーストの前段階に「ポグロム」と呼ばれるユダヤ人への迫害がロシアや中東欧で起こった史実なども書かれています。現在の国際情勢を考える上でも、ぜひ手に取っていただきたいです。
岸山 情勢が揺れ動いている時期に、総覧できる新書があると助かりますよね。
ストレートなタイトルで、でも今まで出てなかった、そういうところをつけた時は嬉しいものですが、中公新書から『日本の後宮』(遠藤みどり)が出た際はドキッとしました。『後宮 殷から唐・五代十国まで/宋から清末まで』(加藤徹著、角川新書)を出すのに七年半かかっていたから。
中山 テーマも記述も圧巻でした。
岸山 七年半かかっている間に、『薬屋のひとりごと』など、後宮もののエンタメがヒットしたのは予想外でした。創作の資料として使いたいとか、後宮ドラマの元ネタを知りたいといった関心から手に取る人もいるようです。コツコツ重版がかかり続けています。今までになかったテーマを示せると、読者もついてきてくれると改めて実感しました。
中山 小川公代さんの『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)を担当したのですが、二〇二四年に新赤版2001点目として岡野八代さんの『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』が、二〇二五年四月には白石正明さんの『ケアと編集』が出ています。もともと福祉や介護、看護といったテーマについて早くから挑戦してきたのが岩波新書だと思っています。最近の流行りに乗ったわけではなく、蓄積と現場感覚をもって新たな横断的試みに挑んだ、どれもレーベルらしい本です。これらは、高齢男性中心と言われる新書の読者層とは違った人たちにも手に取ってもらえている感触があります。
岸山 信田さよ子さんの『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(ちくま新書)は、同タイトルで行った公開講座で、現地とオンラインを併せて参加者が三〇〇人を超えたとか。刊行前に重版。斎藤環さんの『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書)が出たのは二〇二二年末ですが、それ以降、「自傷」という語がより一般化した感覚があります。意識高い系についていけない際に反抗ではなく、自責、自罰の方へ向かってしまう人が多くなってきているのか。自己肯定感をどうこうしようなんて、自己責任論、人間機械論、新自由主義の負の極地としか言えません。信田さんは「これやったら大丈夫というハウツーや方法は偽物だと思う」と喝破されているのが素晴らしい。
中山 東畑開人『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社現代新書)もそうですが、心理的な問題への関心が高まっていますね。社会的な問題として心の傷を捉えようという視点です。ジャンルは違いますが、富永京子『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』(講談社現代新書)にも通い合う問題意識がある気がします。
岸山 『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』の新書版をだしますが、著者のインベカヲリ★さんと話した際に、もはや病んでる人の方がマジョリティで、病んでる方が正常かもしれませんと言われたのは印象に残っています。病まずにこの社会を生きていくのは無理ということですね。
黒田 今のお話に関連して、『トラウマ』(岩波新書)をはじめとした宮地尚子さんのお仕事を思い出しました。個々人の内面のみならず様々な弱者の問題は地続きになっていて、社会問題と繫がっているという捉え方をされています。ちなみに宮地さんは「NHK100分de名著」で、安克昌『心の傷を癒すということ』の回の講師をお勤めになるなど今年もご活躍でした。
中山 これまで言語化しにくかったこともオープンに語りやすくなってきた気がします。小林美香『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』(朝日新書)のような本も、そうした変化があってこそ新書で出てきた本だと思います。
黒田 参政党の政策提言に絡み、排外主義の問題が、二〇二五年にはひときわ注目を集めました。この問題について、新書で深く学ぶことができます。国立社会保障・人口問題研究所の是川夕さんは『ニッポンの移民――増え続ける外国人とどう向き合うか』(ちくま新書)で、統計から日本は既に移民大国だと伝えてくれています。また、岸山さんは、単行本からの新書化で、『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(安田峰俊著、角川新書)を担当していますよね。これは取材対象の懐に飛び込んで、現場取材を徹底したジャーナリズムでした。学者もいればルポライターもいて、様々な角度から現実にある問題を検証していけるのが、新書のよさではないかと。現在、外国人問題は、インバウンドの観光公害から技能実習生まで、ごちゃまぜに議論してしまっているフシがあるので、新書を通して交通整理してほしいと思います。
岸山 数年前のものですが『ルポ 技能実習生』(澤田晃宏、ちくま新書)もよかったし、橋本直子さんの『なぜ難民を受け入れるのか──人道と国益の交差点』(岩波新書)も理解を助けてくれますよね。
新書から問題が拓かれていく可能性は、『過疎ビジネス』(横山勲著、集英社新書)、『近親性交語られざる家族の闇』(阿部恭子著、小学館新書)にも感じました。前者は地域ジャーナリズムの面目躍如。「企業版ふるさと納税」を悪用する業者の闇だけでなく、それと事なかれ主義の行政が悪魔合体すると、どんな地獄絵図となるかを可視化させた意義は大きい。後者は、犯罪加害者の家族の支援を続けてきた著者が、これまでに打ち明けられた実例を紹介している。目を背けて口をつぐみ、闇に葬られてしまっていたものが、こうして新書の形になることで、社会的な問題として立ち現れてくる。自傷や自責もそうですが、本が出て概念が与えられることで見えてくることがあるし、自分も声に出していいんだとか、自分のほかにもいたんだと、支えるものになる。
黒田 何か悩みがあるときに、町の本屋で手に取ってもらえるような、新書がそういう救いとして存在できるなら、うれしいですね。
中山 各社から充実した内容の新刊が定期的に出るというのはすごいことです。だから、まずは多くの人に、こんなに面白い本が出ていることを気づいてもらいたい(笑)。昔は学校の先生が、読むべき新書を勧めてくれたり、新聞広告で毎月の新刊情報を得ていたのが、今は接点が失われつつあると思います。
そのためにも、他社の新書も含めて横断的に紹介していくなど、新書の批評や紹介機能をいろいろな形で盛り上げていく必要がありますね。
黒田 我田引水ですが、二〇二五年は〈「これ、名著ですね!」岩波新書・中公新書合同フェア〉を書店で展開しました。お互いの新書の中からいい本を選んで、それぞれに短いコメントつけるという企画ですが、そうした垣根を越えた取り組みは、今後も続けていきたいです。
それから「新書マップ4D」を紹介したいのですが、このサイトはすごい。現在、二万三千冊ほどの新書が、テーマ別にウェブ上の仮想本棚に分類されていて、検索できる。キーワードを入れれば、関連する新書が瞬時に出てきます。
岸山 つけ焼き刃の知識は、瞬時に失われるものです。仕事でも家庭生活でも、病でも、AIの回答では立ち行かないときが来たら、とりあえず新書にアクセスすれば、探しているものは何かしら見つかると思います。新書は絶対役に立つ。雨宮処凛さんじゃないけど『死なないノウハウ』 (光文社新書)としても使ってもらいたいです。(おわり)
★なかやま・ひでき=岩波書店岩波新書編集長。手掛けた新書は小熊英二『生きて帰ってきた男 ある日本兵の戦争と戦後』、『シリーズ 中国の歴史』全5巻、國分功一郎『スピノザ 読む人の肖像』など。
★くろだ・つよし=中央公論新社中公新書編集長。手掛けた新書は「中央公論」編集部編『論争・中流崩壊』、村松秀『論文捏造』、中原淳『駆け出しマネジャーの成長論』、伊藤氏貴『読む技法』など。
★きしやま・ゆきひろ=KADOKAWA角川新書編集長。手掛けた新書は藻谷浩介『デフレの正体』、呉座勇一『陰謀の日本中世史』、大木毅『「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』など。
