2026/07/31号 6面

藍色時刻の君たちは

東京創元社の文庫
東京創元社の文庫 藍色時刻の君たちは 前川 ほまれ著 前川 ほまれ  文庫化に伴う改稿で久しぶりに本書を読み返すと、執筆中に抱いていた感覚が徐々に蘇った。当時は主要登場人物たちとの距離感を、著者として強く意識していた記憶がある。時には近くで寄り添い、時には遠くから見守り、彼らの内面が揺れ動く様を見逃さないよう四苦八苦した。そしてもう一つ、思い出す。執筆中は何度も、津波に呑み込まれる故郷が脳裏に浮かんでいたことを。  本書『藍色時刻の君たちは』の主題は、ヤングケアラーと東日本大震災。執筆の切っ掛けは、職場で或るヤングケアラーと関わったことが大きく影響している(私は現在も看護師として働きながら、作家を続けている)。ヤングケアラーと一括りに言っても、当事者たちが抱く感情は十人十色だ。彼らが家族に向けるどんな本心も、まずは否定せずに受け止める。そんな決意を胸に、筆を進めた。  もう一つの主題である東日本大震災を描いたのは、私の出身地が宮城県だからだ。私の故郷の風景は、二〇一一年三月十一日を境に一変した。当時の私は上京していて、テレビ画面越しに黒い波が地元を襲う光景を呆然と眺めることしかできなかった。あの時の無力感や、悲しみや、絶望は、生涯忘れることができないだろう。だからこそ作家として、もう一度東日本大震災に向き合ってみたい。執筆当初は希望を描きたいというより、何か自分の中で一つ線を引きたい気持ちが強かった。最終的には主要登場人たちの祈りや意志に導かれ、著者としても微かな光に触れることができていた。  本書は、二部構成になっている。第一部の舞台は宮城県。三人の主要登場人物たちは高校二年生で、それぞれ家族のサポートをしている姿を描いた。統合失調症を患う母親のサポートをしている子、双極性障害の祖母の介護をしている子、アルコール依存症の母親と生活しながら幼い弟の世話をしている子。家族に向ける想いは、三者三様である。そんな張り詰めた生活を送る三人の前に、青葉という女性が現れる。  第二部の舞台は東京。大人に成長した彼らと一緒に、読者には是非ともこの物語の結末を見届けて頂きたい。文庫版にはボーナストラックとして、作中の物語を補完するショートストーリーを、書き下ろしを含め二篇収録した。また本書は、幸運が舞い込み、第十四回山田風太郎賞を受賞させて頂いた。授賞式で憧れだった先生方から頂戴したお言葉は、今でも宝物として胸の中で輝いている。そういう意味でも、私にとって大切な一冊だ。  ヤングケアラーは、あなたの近くにも確実に存在している。『藍色時刻の君たちは』が少しでも、周囲にいる子どもたちを見つめ直す切っ掛けになってくれたら嬉しい。そして、子どもが子どもらしく生きられる社会を今も願う。  最後に、東日本大震災で亡くなられた方々に追悼の意を込めて。(まえかわ・ほまれ=作家) 新刊・近刊ピックアップ ゴシックタウン エミリー・カーペンター著  たった百ドルで豪邸を購入できる上、起業支援金も約束する。自然に囲まれながら都会も近く、住民は親切で犯罪とは無縁――アメリカ南部の町・ジュリアナへの移住オファーを受けたのは、ニューヨークの狭いアパートメントに一家三人で暮らすビリー・ホープ。彼女は経営する一流レストランをコロナ禍によって畳んで以降、自宅で鬱々とする毎日を送っていた。破格の好待遇に警戒しながらも、活発な九歳の娘の教育や、優雅な田舎の生活に惹かれ、夫と相談の上移住を決断する。壮麗なヴィクトリア様式の館で謳い文句通りの生活を満喫するが、やがてこの町がどこかおかしいことに気がつき……。  アメリカ南部の暴力性と閉鎖性を題材としたウィリアム・フォークナーやフラナリー・オコナー、家庭や共同体で垣間見える人間心理の異様さを描いたシャーリイ・ジャクスンの作品を想起させる、タイトルにふさわしいサザン・ゴシック・ホラー。いわゆる〈因習村〉ものにも通じる恐怖が横溢している。(茂木健訳)(既刊・1870円・東京創元社)

書籍

書籍名 藍色時刻の君たちは
ISBN13 9784488803216
ISBN10 4488803210