地球共同体
アシル・ンベンベ著
中山 智香子
息ができない。それは二〇二〇年当時、Covid-19を重く患った人の苦しみであり、またアメリカ・ミネアポリスの故ジョージ・フロイド氏が死の間際の喘ぎでブラック・ライヴズ・マター運動を世界に知らしめた言葉であった。その頃『ブルータリズム』(原著2020年、未邦訳)を刊行したアシル・ンベンベは、呼吸する権利を考えていた。誰しも息をして生命を全うすることを、何者にも奪われてはならない。それは前作『ネクロポリティクス』(原著2016/2019)結論部の「窒息からの解放」を引き継いでもいた。『地球共同体』はこの二作との三部作完結編として、「地球」に正面から取り組んだものである。
地球は各種の生き物、つまり空気や水、火、光や熱、風などの助けを得て呼吸するものたちの隠れ家であり、各種の元素や人工物とともにある織物と定義される。人間も生き物として一定期間そこにいて去り行くが、織物全体は身体として再生を繰り返し変容する。このとらえ方をンベンベは一般生態学と呼び、この視点から生物と非生物の境界、物質と非物質の境界を問い直す。その徹底的な省察が本書の白眉である。
人間の知覚や活動は、地球を素材にしてつくる道具や器具、象徴やイメージなど、さまざまな生の用具に支えられてきた。生の用具には物質も非物質もある。その中で西洋形而上学は、言語や記号のあらゆる両義性を排除する純化欲求から世界の数理化、アルゴリズム的論理を特権化し、普及させた。やがて人間は大気圏、地下を含む大地、海の全域の物質の独占を求め、人種概念で標的にした一部の人間をも含めて捕獲や破壊の対象とした。地球は汚れ、温度上昇してオーブンのようになった。資本とテクノロジーを駆動力とするテクノストラクチュアは肥大化し、生物体を細胞内の遺伝アルゴリズムとして把握し、認知や思考、脳の働きなど自身のすべてをデータとして転写するのが人間の仕事となった。人工物へと常時接続された人間は主体・客体間を行き来し、ダウンロードされ大量データとなった分身、第二の地球の声に頼るようになった。地球はぼろぼろの身体と分身を抱え、修復を希求している。
ンベンベは随所で論の運びにアフリカの神話や小説を援用するが、西洋的知の貯蔵庫も思考の糧である。特に、共同体の時間軸に関する「生の負債(債務)」概念の援用が興味深い。生物も非生物もそれぞれ多種多様な時間の幅やテンポをもつが、ンベンベはここで過去と未来、自己と他者を繫ぐ基礎づけとして相互負債に着目し、ブリュノ・テレを参照して「支払い不能な負債のサイクル」の意味を凝視するのである。「人は生を受け取り、与え、返す。…社会は、世代間の債務の移転と、社会の総『生―資本』の維持とを通じて永続化していく」(テレ『社会的事実としての貨幣』邦訳42―43頁)。つまり個人はある共同体内に「生まれ」を与えられ、その計算不可能な負い目や恩義を生きている限り返済し、また他の「生まれ」を与えるが、人間社会はそのサイクルを保つことで全体として存続できるという見方である。ンベンベは、経済や政治、歴史学、人類学、心理学等を参照したこの負債論・貨幣論を軸に、「大加速」をより加速した金融資本主義、新自由主義の核心を突く。金融自由化は貨幣や負債を単なる市場の付属物として大量かつ迅速な情報処理に回すことで、来たるべき世代に渡すはずの負債の返済を相当に前借りしていると警告するのである。
地球共同体はもはや緑と青のユートピアではない。その修復と再生には、誰もが呼吸を奪われず生を全うする共生の未来へと向き直すよう、情報化に回収されない言葉と理性の力が必要であるという。本書の邦訳によって、今や日本の読者もその誘いを直接受け取ることができるようになった。牙を剝くようにネクロポリティクスを語る筆致を潜め、静謐なトーン、控えめな分量で熟考された言葉を届ける本書は、ンベンベの到達点にして最良の入門書である。(中村隆之・平田周訳)(なかやま・ちかこ=東京外国語大学大学院教授・思想史・経済思想)
★アシル・ンベンベ=南アフリカの哲学者・歴史学・政治学。著書に『黒人理性批判』『ネクロポリティクス』など。カメルーン出身。一九五七年生。
書籍
| 書籍名 | 地球共同体 |
| ISBN13 | 9784409041345 |
| ISBN10 | 4409041347 |
