2026/03/06号 5面

フランケンシュタイン

〈書評キャンパス〉シェリー『フランケンシュタイン』(川﨑文華)
書評キャンパス シェリー『フランケンシュタイン』 川﨑 文華  『フランケンシュタイン』は「なんとなく怖い話」、あるいは「代表的なイギリスのゴシック小説」と思われることが多いだろう。しかし、この物語を丁寧に読み解くと、科学者ヴィクター・フランケンシュタイン(以下フランケンシュタイン)と怪物の背後にいる、「語られなかった存在」に気づかされる。  物語は、北極探検に向かう青年ウォルトンが、姉マーガレット・サヴィル(以下マーガレット)に宛てた手紙によって展開する。氷原で漂流し、救助されたフランケンシュタインは、ウォルトンに自身の半生を語りはじめる。  若き日のフランケンシュタインは、自然科学や生理学に強い関心を抱き、「人間の創造」へと踏み出した。しかし、二年近くの歳月を費やして完成したのは、「息も止まるほどの恐怖と嫌悪感」に襲われるほどの醜悪な怪物であった。彼は創造した怪物に耐えきれず、その存在を拒絶する。一方、人間社会に放り出された怪物は、徐々に言葉や知識を身につけたり、美しいものに触れながら人間社会に適応していくものの、常に「孤独」である。やがて孤独に苛まれた怪物は、創造主フランケンシュタインへの復讐を決心し、彼の家族や友人への危害を加える。その後も、フランケンシュタインと怪物の対話と追走が繰り返され、物語は極地へ向かう。  このように本書は、創造者と怪物の悲劇を中心に展開される。しかし私が最も興味深く感じるのは、彼らの「悲劇」の背後に置かれた人々や自然の存在である。  たとえば、物語全体の枠組みを支えるのは、ウォルトンが姉・マーガレットに宛てて送る「手紙」である。だがマーガレット自身の返事は描かれていない。北極に向かう弟の安否を「待つしかない」立場に置かれながら、ときには弟からの本音に耳を傾ける存在であり続ける。それでも彼女の存在なしに、この物語は成立しない。そして私たち読者もまた、彼女と同様に、次のページをめくるまで無言のまま手紙を待つしかないのである。  さらにフランケンシュタインの周囲にも、多くは語られなかった存在――研究に没頭し手紙を送らない息子を待ち続ける父、心身が疲弊していたときに「限りない慰め」となった自然風景――がある。こういった存在は、物語を大きく動かすわけではない。しかし、帰りを待ち続ける父の姿があるからこそ彼の孤独や秘密は際立ち、慰めとなる自然があるからこそ彼の怪物に対する動揺や恐れがより鮮明に浮かび上がる。そうした対照によって、不安や創造の責任の重みが、私たち読者にも静かに迫ってくるのだ。  二百年以上読み続けられてきた本書の魅力は、まさにこの複合的な構造にある。怪物や科学者の物語としても、科学技術への警鐘としても読める。さらに視点を少しずらせば、語られなかった人々や自然の存在が浮かび上がり、読むたびに異なる表情を見せるのである。  『フランケンシュタイン』を「なんとなく怖い話」や「教科書的な物語」として敬遠しているあなたにこそ、本書の「静けさ」に触れてみてほしい。本を開いた先には、ゴシック小説の代表作、あるいは創造と責任の物語といった一つの解釈では語り尽くせない、あなただけの読みが待っているのだから。(小林章夫訳)  ★かわさき・あやか=聖心女子大学現代教養学部哲学科2年。哲学を専攻しながら社会・宗教科の教員免許を取得中。英米文学にも関心を抱いています。いつかエミリー・ディキンソンの故郷マサチューセッツ州を訪れるのが夢です。

書籍

書籍名 フランケンシュタイン
ISBN13 9784334752163
ISBN10 4334752160