- ジャンル:民俗学・人類学・考古学
- 著者/編者: 佐藤弘夫
- 評者: 山吉頌平
山に棲む霊
佐藤 弘夫著
山吉 頌平
日本思想史研究の第一人者が、日本の山とそれに結び付けられた観念の発展をたどった書き下ろしの一冊。広く一般の読者を対象としてはいるが、日本人の死への向き合い方や他界観の変遷を浮かび上がらせる、心性史、精神史ともいうべき重厚な内容を持つ。なおかつ、本書全体を通して、柳田国男以来の、古代から日本人は祖霊が山に宿ると信じてきた、という通説を否定・更新することをも意図している。題名にもある「山に棲む霊」とは、そうした柳田によって山に住まうとされた祖霊等を指すが、本書はそうした祖霊そのものを扱うというよりは、いかにして死者が「山に棲む霊」と見なされるに至ったか、その過程を明らかにすることに主眼を置くものである。
本書では、古くは弥生時代の遺物を参照しつつも、主として古墳時代以降の死者と山の関係を追う。考察の対象となるのは、もっぱら本州の山々であり、北海道や沖縄などといった、都の信仰動向とは異なる歴史を歩んだ地域は分析の対象外となっている。そうした山々で繰り広げられた修行や、寺院、納骨所の建立といった人々の営みを取り上げながら、日本で展開された世界観の変遷、異界や先祖に対する思想の変化を通時的に解説する。神仏判然令や修験宗廃止令による大変化、そして昭和のスーパー林道建設に際しての環境破壊などにも筆を割いており、日本人の山との向き合い方が多角的な観点から論じられる。日本の山が日本思想史において果たした役割を学ぶための、魅力的な概説書といえるだろう。
ただ、著者による一連の著作に親しんできた読者の中には物足りない思いを抱く人もいるかもしれない。柳田説の更新も、前著『死者のゆくえ』などですでに述べられてきたことであり、高野山奥の院や上行寺東遺跡などは、著者の本においては、いわば常連ともいえる分析対象である。そうした意味で、本書で述べられる個々の内容に特筆すべき新規性があるわけではない。
また、専門書ではなく、一般向けの概論であるため、駆け足となるのは仕方のないことではあるが、柳田説への向き合い方のように、日本で培われた死者と山との関係に対する一元的な理解が説得力をもって批判されている一方で、個々の山や霊場に関しては、それぞれの歴史的変遷等への考察が捨象されてはいないか。第三章、第四章、第五章と度々登場する立山を例に挙げよう。本書でも紹介される『法華験記』や『今昔物語集』に登場して生者と交流する死者は、やがて転生して立山地獄を完全に脱出する。しかし、その救済に立山の寺院が関与したとは記されない。こうした立山の地獄のみへの注目は、立山を生身の弥陀の現れた救済の地とする現地の縁起の主張とは異なるものであって、略言すれば、『法華験記』他に見られる立山地獄への恐怖(と立山内部での救済の不在)は、中央が「辺境」に付与していた負の表象、偏見であった。在地の主張と外部で形成された表象は対立しつつも、相互に影響を与え、併存していた。そうした意味で、中央で生まれた立山地獄の説話を、日本人が山に抱いていた思想の例として一般化し得るのかは、もう少し詳細な検討を要するとはいえまいか。この他、修験道の成立に関するまとまった記述が存在しない点も惜しまれるところではある。
右に気になった点をあげたが、日本人の祖先が山に棲むとされるに至った経緯を丹念にたどり、わかりやすく伝える本書の価値が減ずるものではない。本書で提示される動的な山の精神史は、山岳信仰や修験道、日本文学など、関連する分野の研究者にとっても、一種の「見取り図」とでもいうべき貴重な指針として活用されるだろう。思想や文化に興味のある読者のみならず、環境問題や過疎問題など、多様な関心を持つ人々にも、思索のための手引きとして本書を薦めたい。(やまよし・しょうへい=公立小松大学准教授・日本文学・日本文化・宗教)
★さとう・ひろお=東北大学名誉教授・日本宗教史。著書に『鎌倉仏教』など。一九五三年生。
書籍
| 書籍名 | 山に棲む霊 |
| ISBN13 | 9784909355416 |
| ISBN10 | 4909355413 |
