流れることへの哲学
山内 志朗著
森 一郎
2025年の猛暑真っ盛りに、山形の月山に登った。コロナ禍真っ盛りの2020年夏に羽黒山と湯殿山を訪れて五年後、ようやく出羽三山詣でをコンプリートできた。
羽黒山の五重塔は昔から観たいと思っていたが、信仰乏しき身で湯殿山も拝みたいと思い立ったのは、『湯殿山の哲学』(2017年、ぷねうま舎)を読んで関心をそそられたことが大きい。ご神体に接し、霊験あらたかとはこのことかと著者の山内氏に感謝した。
今回、月山をよじ登って印象的だったのは、夏山のあちこちに水が滾々と流れていたことだった。頂上近くにはまだ雪が残り、借りたアイゼンを靴につけて歩いた。
そんな年の秋、本書『流れることへの哲学』が出た。大著『中世哲学入門――存在の海をめぐる思想史』(ちくま新書)が出たのは、2023年。月山山麓、湯殿山の近くで生まれ育った著者の健筆ぶりには、滾々というより滔々たる水勢が感じられる。
本書は「流れ」を主題に据える。万物の始原を「水」だとしたタレスや万物流転説で有名なヘラクレイトス以来、「流れ」は哲学者お好みのテーマかと思いきや、その後の古代ギリシアの展開に圧倒的影響を受けてきた西洋哲学の伝統では、むしろ軽視されてきた。流れること、変化することよりも、不変のもの、留まるもののほうが、真に存在するもの、つまり「実体」として重んじられてきたのである。
「流れ」が哲学の主題になりにくいのは、実体・基体として考えにくいからである。まず主語を立て、それについて述べることを基本とするアリストテレス以来の論理学的、存在論的枠組みでは、「風(それ)が吹くIt blows」「雨(それ)が降るIt rains」といった非人称的事態は取り逃されてしまう。「水が流れる」「川が流れる」も同様である。「流れるというのは、単に流れるという事態がそこにあるということだ」(37頁)。「〈流れ〉が流れる」とでも言うほかない「主語なき再帰的事態」(149頁)がここにある。
本書後半では、この事態が、能動態でも受動態でもない「中動態という面白すぎる言語現象」(152頁)に即して解明される。中動態をめぐる近年のかまびすしい議論に一石を投じる考察が展開されており、本書の読みどころとなっている。他にも読みどころは多く、「流れ」の哲学の系譜にスピノザとドゥルーズを位置づける手際はとくに鮮やかである。
先の非人称構文に戻れば、「「雨が降る」というよりも「降っているから雨」なのであり、「風が吹く」というよりも「吹いているから風」なのである」(164頁)。かくて、特権的主語として「私」を立て、それを主観として実体視してきた近代哲学の発想もくつがえされる。原初的実体としての「私が考える、故に私はある」といった順序ではなく、「考える、それは誰が考えるのだ、私だ」(同頁)という順序となる。見事な転倒である。
「「川が流れる」と言っても、流れているものが川なのだから、主語と述語は同じことを言っている」(140頁)。西欧近代的主体性を尺度とすれば、流し―流され―流れるといった非人称的曖昧さは、廃棄されるべき前代の遺物だが、どちらが優れているかは、一概には決めがたい。なぜなら、そもそも「人生の構造」からして、「「私が生きる」というよりも、「生きているから私がここにある」ということなのだ」(164頁)から。
実体本位の存在論とは異なる考え方は、なにも東洋思想の専売特許などではない。著者は、まさに西洋思想の底流をなしてきた中世哲学の系譜にそれを見出すのである。イスラム哲学者のアヴィセンナは「存在の偶有性」ということを語った。それを摂取したスコラ哲学者のドゥンス・スコトゥスは、「個体化」について精妙な議論を繰り広げた。その難解な思想を、山内氏は分かりやすく「花」の例で、こう説明してみせる。「「花が存在する」と普通は語るが、正しくは「存在が花する」と言うべきだ」。「〈存在〉という途方もなく大きなものが、花としてここで現れている」のだ、と(22頁)。
「存在が花する」とは、「〈存在〉が〈流れ〉として顕現している姿なのである」(25頁)。この存在偶有性説を、山内氏は弘前公園の満開の桜を眺めてあらためて確信したという。本書は、この「ゴージャス」な桜見物のエピソードから始まり、満開の桜という「エピファニー」(顕現)に至り着いて終わる。決めゼリフはこうである――「〈このもの性〉とは、存在の大海に浮かぶ一輪の流れゆく〈花〉なのだ」(248頁)。
私は宮城に移り住んで一二年になるが、東北めぐりがまだまだ足りていないことを思い知らされた。弘前は一度訪れたことがあるが、桜の季節ではなかった。山内夫妻にあやかって再訪し、「存在が花する!」と叫んでみたいものである。(もり・いちろう=東北大学教授・哲学)
★やまうち・しろう=慶應義塾大学名誉教授・中世哲学・倫理学。著書に『天使の記号学』『普遍論争』『感じるスコラ哲学』『わからないまま考える』など。一九五七年生。
書籍
| 書籍名 | 流れることへの哲学 |
| ISBN13 | 9784766430684 |
| ISBN10 | 4766430689 |
