罪と罰の古代史
長谷山 彰著
木本 好信
本書は、法制史家としての著者が、具体的な事例を通して、古代の刑罰がどのようなものであり、現代とどこが違い、どこが同じなのか、そしてどのように変化したのかを主題に、高校生にもわかりやすく、かつ法曹関係者にも興味をもってもらえるということを目的に著述されている。
まず、本書の目次を紹介すると、①プロローグ「古代法の系譜」、②エピローグ「日本古代法の重層性」ほか、③「倭国の誕生と刑法」、④「古代国家の成立と律令法」、⑤「律令国家の犯罪と刑罰」、⑥「犯罪と刑罰の諸相」、⑦「平安時代の司法」、⑧「摂関政治と朝廷の裁判」、「あとがき」「参考文献」から構成されている。③~⑧までの各章は、だいたい平均二~四節に細分されているが、この節題は紙幅の都合から省略する。
それでは内容についてであるが、①では西洋には紀元前から身体刑と財産刑が併存し、東洋の律では財産刑が少なく身体刑が中心であったとする。そしてハンムラビ法典やウルナンム法典、そして秦・漢代以降の唐律などを対比して、その特質などを検討している。それらは中国法から日本法へと論及される。著者は、法学部卒業後に文学部でも学業を修めており、法制史家といっても、ふつうは法学・歴史学のいずれかの研究思考を基礎とするのであるが、著者にはその双方の研究手法を生かしての法制史研究に最大の特性があるようにも拝察する。つまり、その有益性によってわが国法制の歴史を考察したところの成果が、本書最大の特徴といえそうである。
このような著者の視点を示すのが、③の邪馬台国と東アジアとの対照にはじまり、民俗と習俗をも参考とした「神法と俗法」の叙述であり、そして④中国律と日本律の比較を前提に、それは⑤犯罪と刑罰の説明へと展開していく。そのなかで養老律の名例・衛禁・職制・戸婚律など十二の編目を紹介し、基本刑罰である笞杖徒流死五罪の種類と換替・減免である罪科を弁済する贖銅、官位で実刑に換える官当法、除名・没官の附加罪、そして重大な犯罪である謀反・謀大逆・謀叛・悪逆・不道・大不敬・不孝・不義の八虐にも言及する。また「名例律」の尊属殺人と「賊盗律」による死刑規定を特にとりあげて、明治の法制では律令制の儒教的道徳観に加えて、ボアソナードのフランス刑法の影響もうけたことあげ、さらに戦後の最高裁大法廷での尊属殺人重罰規定である刑法第二百条をめぐる合憲か否かの審理過程を詳細に解説している。この解説こそは、後述する「現行法制度に注視して過去の法の特徴を解明することを基本とする」著者の姿勢発揮の記述部分である。
⑥では縁坐と連坐、唐の違勅罪を、⑦では桓武天皇即位をうけて平安時代での格式の編纂と律令法の完成、明法家の活躍、律令制の刑事裁判の手続きと制度の特色、つづく⑧では摂関政治下での司法行政を述べるが、その中心は検非違使である。この設置と職制、その裁判が効率と迅速性を優先して、行刑が簡素化されたこと、また平安時代三百五十年間は死刑が停止されたという現実があるが、その理由など司法の実態を説明する。
著者は、本書を通して堅苦しい法制史に関する叙述のなかで、⑤では「安楽死は人殺しか」「電気泥棒は犯罪か」など身近な事例をあげつつ、⑥「犯罪をめぐる人間模様」でも橘奈良麻呂の変や、⑦で藤原薬子の変(いまは平城太上天皇の変とする)、⑧でも承和の変にも触れていて、実例として読者の興味をひくところであろう。ただ記述内容が概略にすぎて、事変の真相追究を本題とする古代史研究の目線からすると物足りない。たとえば薬子の変で、嵯峨天皇が薬子の兄仲成を即日に近衛をして射殺させていることは、律令法に照らしてどのように判断するのかということなどは著者の見解を知りたいところである。
しかし、このような欲求は、現行の法制度にも目配りしながらの過去の法の特徴を明らかにすることが基本姿勢の法制史家である著者の研究方途とは異なるところであり、冒頭に記したように、本書の主題を重視すると、必ずしも瑕瑾とはなっておらず、かえって高校生にもわかりやすく、かつ法曹関係者にも興味をもってもらえるという本書の目的を果たした内容にはなっている。
最後に評者の菲才さから著者の意図を十分に理解しない蕪辞もあろうかと危惧するが、ご海容を願う次第である。(きもと・よしのぶ=元龍谷大学教授・日本古代政治史)
★はせやま・あきら=慶應義塾大学名誉教授・日本法制史。著書に『律令外古代法の研究』『日本古代の法と裁判』など。一九五二年生。
書籍
| 書籍名 | 罪と罰の古代史 |
| ISBN13 | 9784642306249 |
| ISBN10 | 4642306242 |
