- ジャンル:特集
- 著者/編者: ジェイムズ・マスティック
- 評者: 柴田元幸
寄稿=柴田元幸
書物への愛が結実した労作
『死ぬまでに読みたい1000冊』(ジェイムズ・マスティック著、すばる舎)刊行を機に
長年全米の読書人を魅了した通販書籍カタログA Common Readerの発行人・書店経営者のジェイムズ・マスティック氏が一四年かけて選んだ「人生で読むべき本」一〇〇〇冊のブックガイドが、『死ぬまでに読みたい1000冊 人生を豊かにする世界の名著』として邦訳刊行される。刊行を機に監訳者の柴田元幸氏に、本書についてご寄稿いただいた。(編集部)
『死ぬまでに読みたい1000冊 人生を豊かにする世界の名著』。ほぼ原題どおりの邦題である。原題は、1,000 Books to Read Before You Die: A Life-Changing List。
前例が皆無ではない。二〇〇六年、1001 Books You Must Read Be―fore You Dieという本がイギリスで刊行されている。ただしこれは、対象を小説に限定していて、(1001 Booksというタイトルからしてほぼ必然的に)『千夜一夜物語』からはじまり、新刊の現代小説まで一〇〇一冊の小説について、百人を超える評者が分担して解説を書いている。だが今回すばる舎から出る『死ぬまでに読みたい1000冊』は、一人の編者が古今東西、あらゆるジャンルから一〇〇〇冊を選び、基本的には全部一人で一〇〇〇冊の解説を書き、取り上げた本の著者の他作品も挙げたり、これを読み終えたら次はこんなのを読むといい、という情報もあわせて提供し、一人で扱っている本は一〇〇〇冊をはるかに超える(実のところ、言及される書物は五〇〇〇冊を超える)。労作という言葉はまさにこういう本のためにある。
そしてこの場合、「労作」はそれに該当する英語を使うのが望ましい。Labor of love。この語、時にはloveよりもlaborに重きが置かれ、「努力賞」という感があるわけだが、この本の場合、強調はまさしくloveの方にある。とにかく書物に対する愛が、全ページを貫いているのだ。
ジェームズ・マスティック。長年書籍販売に携わり、一九八六年から二〇〇六年まで、通販ブックカタログ『ア・コモン・リーダー(一般読者)』を刊行したのをはじめ、「ここにいい本がある!」というメッセージをさまざまな形で読者に伝えつづけた(いまもしている)。そうした愛ある仕事が、九〇〇ページを超える一冊の本に結実したのが、二〇一八年刊『死ぬまでに読みたい1000冊』である。
試みに、一〇〇〇冊のうち、最初の十冊はどんなラインナップかを見てみよう。
エドワード・アビー『砂の楽園 荒野の季節』(ネイチャー、一九六八年)。
エドウィン・A・アボット『フラットランド 多次元の冒険』(小説・数学、一八八四年)。
チヌア・アチェベ『崩れゆく絆』(小説、一九五八年)。
J・R・アッカリー『愛犬チューリップと共に』(動物・メモワール、一九五六年)。
ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』(SF、一九七九年)。
ヘンリー・アダムズ『ヘンリー・アダムズの教育』(自伝・歴史、一九〇七年)。
リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』(小説、一九七二年)。
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』(小説、二〇〇六年)。
アイスキュロス『オレステイア 三部作』(劇・古代、紀元前四五八年)。
ジェイムズ・エイジー/ウォーカー・エヴァンズ『誉れ高き人々を讃えよう』(エッセイ・写真・社会学、一九四一年)。
――取り上げられている本の多様性が、これである程度伝わるだろうか。右十冊のうち邦訳がないのは最後の『誉れ高き……』だけだが、全体としては未邦訳のものがもう少し多い(一〇〇〇冊のうち約二〇〇冊)。またここではネイチャー、動物はあるものの科学がないが、ポピュラーサイエンスもかなり取り上げている。英語で刊行されている本ということで、西洋に偏るのはある程度避けられないが、アジアやアフリカもそれなりに視野に入れていて、日本からは『源氏物語』『枕草子』『おくのほそ道』『茶の本』(まあこれは英語だが)『掌の小説』『ねじまき鳥クロニクル』などが選ばれている。
まず誰もが気になるのは、この人はそんなにたくさん読む時間を、どうやって作っているんだろう?という点ではないか。幸い、ジェームズ・マスティック氏、あるいはジム、は翻訳進行中もつねに質問に快く答えてくれたし、日本版の刊行についても気にかけてくれていた。ならばいっそ本人に訊こう、といくつか質問を送った。
質問1 読む時間はどうやって作っているのですか?
回答1 本を売るのが仕事の人間であっても、十分な読書時間を確保するのは楽ではありません。その日にどれだけ用事があっても、一日最低十ページは読むようにしています。たったそれだけか、と思われるかもしれませんが、これを一か月続ければ、まあ普通の厚さの本を読了しているでしょうし、(志を大きく持てば!)十か月後には『失われた時を求めて』が読み終わっているはずです。もちろんたいていの日はもっとたくさん読みますが、まずはほぼ毎日、これなら絶対できるということを積み重ねていくのが鍵です。
この点、オーディオブックは神の恵みです。いままでは読書に閉ざされていた時間が、いっぺんに開きました。私もしじゅう聴いています。通勤時間、公園を散歩中、家の掃除中。読書時間が本当に広がります。
それともうひとつ、「積ん読」常習犯であるおかげで、自分のさまざまな関心事との会話を持続させておくことができています。ふっと惹かれた本を、とにかく手元に置いておくことで、自分という読み手が自分にとってより興味深くなるし、希望的観測としては、いずれ本を開いて中身の世界に入っていけるのです。
おお、積ん読。そういえば日本語版には、日本の読者に向けてジムに特別に序文を書いてもらったが、彼の知る唯一の日本語として挙がっていたのがtsundokuという言葉だった。
質問2 tsundokuという言葉と出会ったのは?
回答2 より短い、即物的な答えとしては、何年も前に『ア・コモン・リーダー』カタログでThey Have a Word for Itという、英語には対応する語がない有用な言葉を集めた本〔註 ひところ日本でも人気を集めた『翻訳できない世界のことば』と同系統の本のようである〕を扱ったから、です。たしか「tsundoku」にもこの本で出会ったはずです。
よりロマンチックな答えとしては、言葉というものは書物と同じで、必要なときに現われてくれるものだ、ということ。私が「tsundoku」を見出したのみならず、「tsundoku」も私を見出したのです。
さて、『死ぬまでに読みたい……』が本国アメリカで刊行されてから八年が過ぎた。その後に出版された本のなかで、もう少し早く出ていたらこれも入れたのに、と思う本があるにちがいない。これが質問3。
回答3 シニアド・グリースンConstella―tions(星座)。ニューズレターにこう書きました。「二〇一九年に読んだ最良の本。人生を素材に活きいきと書かれたこのエッセイ集で、体の障害、医療に関する恐怖、病、苦痛、入院生活等々、私たちは著者について多くを知る。子供時代、喪失、母であること、老い、芸術に対し彼女が向けるこまやかな目。さらに、これらのテーマが喚起する、人間として誰でも覚えのある経験についてはもっと多くを私たちは学ぶ。一人の女性が変容を遂げていく上で被る傷や苦しみにこの本は満ちているが、と同時に、生きることを明らかに喜ぶ作者の姿勢から活気を得ている。気が利いていて、笑いがあり怒りがあり優しさがあり、人生の現実に忠実で、生々しい意味において愛に忠実である」。
まさに『死ぬまでに読みたい……』を髣髴とさせる筆致。こういう感じの熱い文章が一〇〇〇並んでいると思っていただけばいい。
もう一冊、こちらは邦訳もすでにあるジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(上岡信雄訳、河出書房新社)。これについても等しく熱いコメントをもらったのだが、字数の都合上ここでは省略する(www.1000bookstoread.comで読むことができる。このサイトは誰でも書き込み自由で、『死ぬまでに読みたい……』に入らなかった本に関する情報を、ジムのみならず誰でも書き足すことができる)。
長年書籍をめぐる仕事に携わってきたマスティック氏だが、自著が翻訳されるということについては本当に新鮮に受けとめてくださって、我々翻訳者四一人の作業に対しても有難いくらい敬意を持ってくださった。
質問4 翻訳書を読むときはどれくらい意識が変わりますか。
回答4 いまダニエル・ハーンの新著If This Be Magic: The Unlikely Art of Shakespeare in Translation(これが魔法なら――シェイクスピア翻訳の意外な技巧)を読んでいて、これは、日、中、仏、伊、独、タイ語、ハンガリー語、西、ブラジルのポルトガル語、ブルガリア語、蘭、トルコ語、さらにはエスペラントのシェイクピア翻訳者に求められたさまざまな叡智を綴った本です。実に興味深く、かつ読んでいて本当に楽しい。そんなふうに翻訳というテーマ全体に興味がありますし、英語に訳された外国語の著作を読むときにもそのことをはっきり意識しています。
優れた翻訳に要求されるたぐいの創造性と勤勉さには畏怖の念を覚えます。そして、私の言葉を日本語にしてくださるにあたって訳者の皆さんが一貫して細心の注意を払ってくださったことに、感謝するとともに、背筋がのびる思いです。
背筋はこちらも伸びております! 最後に、しょうもない問いを――。
質問5 本はかならず読み終えるのですか?
回答5 いいえ。私は気が多い読者です。戯れが真剣な交際につながるとは限りません。
やはり最後まで、鍵は「愛」なのだった――。(おわり)
★ジェイムズ・マスティック=書店員・編集者・文筆家。一九六八年から二〇年、通販書籍カタログA Common Readerの社長兼発行人を務める。1,000 Books to Read Before You Dieは、ワシントンポスト紙で「年間ベスト・ノンフィクション」の一冊に選ばれ、「究極の生涯読書リスト」と絶賛。
★しばた・もとゆき=翻訳家・東京大学名誉教授・米文学。トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞、訳業により早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。著書に『生半可な學者』(講談社エッセイ賞)『アメリカン・ナルシス』(サントリー学芸賞)など。文芸誌「MONKEY」の責任編集を務める。
書籍
| 書籍名 | 死ぬまでに読みたい1000冊 |
| ISBN13 | 9784799113820 |
| ISBN10 | 4799113828 |
