対談=小谷野 敦・梶原 麻衣子
<怒りをもって言論活動をするということ>
トークイベント「2025年の論壇状況を、いち早く振り返る」載録
10月17日、イベントスペース・読書人隣り(東京・神保町)にて、小谷野敦著『文化大革命を起こしてはならない 小谷野敦時評集2012―2025』(読書人)刊行記念、小谷野敦・梶原麻衣子トークイベント「2025年の論壇状況を、いち早く振り返る〔参政党ブームから自民党総裁選まで〕」を実施した。
比較文学者の小谷野氏とフリーの編集者・ライターの梶原氏による白熱のトークの模様を載録。また、高市早苗首相就任(10月21日)を機に、梶原氏に高市政権の展望を寄稿いただいた。(編集部)
小谷野 去年の暮れ、新書大賞2025(主催:中央公論新社)の審査のために、梶原さんの『「〝右翼〟雑誌」の舞台裏』を読んだら非常に面白かった。右翼でこんなに冷静な人がいるのかと、ちょっと驚きました。それ以来、X(旧Twitter)をフォローして、梶原さんの発言はずっとチェックしていて、この人と話をしてみたいと思い、拙著刊行を機にイベントにお招きしました。
ところで、梶原さんはX上では右翼感をあまり出されていないですよね?
梶原 右左問わず、できるだけ多くの人に私の発信を届けたい思いがあります。自分の考えを丸ごと書いて押し付けたところで受け手の意見は変わりません。だけど、右側の意見は左の人にも通じる部分があるし、左側の主張は右の人にも当てはまるところがあるよ、と。そういうことを言っていきたいと、常々考えています。
小谷野 あと、炎上を避けているところがある。
梶原 あまりしたくはないですけど、際どいことは結構書いていて、下手したら炎上しかねない記事も紹介していますが、それでもあまり炎上しないです。逆に、なんで炎上しないのでしょうね。
小谷野 それは炎上しないように書いているからですよ。よく炎上する人は、直感的に炎上するように書いているのです。
梶原さんから右翼感が見えない一方で、この間、この方はやっぱり右翼なんだなと思った投稿があった。高市(早苗)が靖國神社へ参拝しないと声明を出したときに、だいぶ怒っていたでしょ。
梶原 靖國に関しては、行きたい人は行くべきだと思っているし、行くべきじゃないという意見の人が行かないことや、はじめから「その時々の状況で判断します」と言っている人が、今回は行かないと判断するのは別にいいんですよ。でも、再三「行って何が悪い」とまで言っていた人が、自民党総裁になった途端に行かないと言い出すのは筋が通らない。だから私は「行け」と書きましたが、それは怒っているというよりも、そう言わざるを得なかったのです。
小谷野 私は、政治家は別に噓をついてもよくて、人が騒がないならそれでいいじゃないかという考えです。第一、私は墓廃止論者で、基本的に、墓というのは自分の心の中にあればいいと思っていますから、高市が靖國参拝をしないことは何とも思わない。
そういう考えもあって、世間的に私は左翼とみなされていますが、そもそも天皇制反対の立場が左翼的なだけで、それ以外でいえば憲法九条改憲論者だから、左翼からしてみたら「お前は右翼だろ」と言われることもあるわけです。
改憲ということでいえば、第二次安倍政権というのは、改憲ができなかった政権だと評価を下せますけど、右翼の人たちはそのことをあまり批判せず、むしろ妙に礼賛しているので、ちょっと不思議に思っています。梶原さんはそのあたりをどのようにご覧になっていますか。
梶原 先程の高市さんの靖國参拝と一緒で、常々、改憲すべきだといっていたわけだから、せめて改憲に向けて何かしら動いているということを見せてくれないと、こちらが困る。第二次安倍政権は、改憲すると期待を持たせるだけ持たせて、結局うなぎの蒲焼の香りを嗅がせるだけでしたから、私はその姿勢を批判していました。
ところが、安倍さんを擁護したい人たちというのは、「安倍さんだってやりたいと思っているけど、政治状況がそれを許さないから我慢しているんだ」「改憲発議をしてできなかったら安倍さんのキャリアに傷がつくからやらなくていいんだ」みたいな擁護論を出していて、私はそのことにも怒りがあった。なんで、改憲に踏み切ろうとしない安倍さんのことを誰も批判しないのか。そのことに疑問を持ちつつ、『Hanada』の編集をやっていました。
小谷野 状況ということでいうと、公明党の存在が改憲に歯止めをかけていたという見方もあり、そういう意味では今回、公明党と連立を解消したことで、改憲の発議に取り組みやすくなったとも言えて、かえって良かったとも言えますが、そのあたりはどうお考えですか。
梶原 公明党と連立していたことを、改憲しないことの言い訳にしていた部分はあったと思います。ところが、2013年12月26日の安倍さんの靖國参拝にしてもそうだし、2014年の集団的自衛権の行使に関しても、公明党との間で内容をかなり詰めていて、閣議決定に至った。過去にそういう経緯はあったことはおさえておかなければなりません。そして今度は、改憲を許さない公明党の存在という言い訳はできなくなりましたから、「今度こそちゃんとやるんだろうね」と高市自民党のことを見ている状態です。
小谷野 月刊『Hanada』はもともと、月刊『WiLL』と袂を分かつ形で創刊したわけでしょ。それなのに、表紙がそっくりだということで創刊当初は話題になりましたが、そもそもどうして『WiLL』から離れたんですか?
梶原 上層部同士の軋轢です。もちろん、それぞれの言い分はあるけれども、何が本当なのかは中にいてもわからないままでした。
私は編集長の花田(紀凱)さんに採用されて、一緒に働いてきた仲間だったので、会社が花田さんに「出ていけ」と言うのであれば、それなら一緒に出てきますよ、と。幸運なことに、飛鳥新社が編集部ごと受け入れてくれたので、『WiLL』から『Hanada』に移ったという経緯です。
今思い返しても、あの時の社内の空気というのは異様なものがありました。まさにゲシュタポそのものでした。あいつが何か持ち出さないか見ておけとか、編集後記でろくでもないことを書いていないかチェックしろとか。そういう監視体制の元、2号ぐらい作ったのが最後でした。こういうこともあるんだなと、いい経験をさせてもらいました。
小谷野 私は『WiLL』も『Hanada』もあまりチェックしていなかったのだけど、小林麻衣子さんという西村賢太の元カノが手記を載せた時(2024年7月号)に、初めて『Hanada』を買いましたが、新鮮な感じでしたね。「俺は今、『Hanada』を買ったんだ」って(笑)。
ところで、花田紀凱という人は、根はどういう人物ですか?
梶原 根は面白がり精神の人です。『Hanada』の雑誌ジャーナリズムは、検証する対象が大メディアや朝日新聞なので、構図として右の人に見えるのだけれども、本人はまったく右翼ではないです。まあ、年齢を重ねるごとに、だんだん日の丸の美しさに気づいていったような面はあるかもしれませんが(笑)。
私は13年半ぐらい花田さんと一緒に仕事をしてきましたけれども、その間にこの人はすごく右翼的だなと思ったことは一度もありません。それは、私が右すぎたからかもしれないけど、イデオロギーで動くような気質の人ではありません。
小谷野 私が見るかぎり、花田氏は安倍に比べて高市のことを熱烈に支持している印象は受けません。
梶原 雑誌では、2024年の総裁選の時に増刊号を出しましたし、飛鳥新社からは高市さんの著書や評伝も出していますから、それなりに応援をしようという気持ちはあると思います。
でも、花田さんに限らず、高市さんのことをみんながここまで応援するようになったのはここ何年かの話であって、それこそ2021年の総裁選のときに安倍さんが高市さんをバックアップしたことで、次の保守のリーダーは高市さんなんだという認識が、初めて共有されたぐらいの感覚です。もともと、保守系の政治家として知られてはいましたが、今のような熱烈な高市さん推しの声というのは、2021年以前はそんなに強くありませんでした。
小谷野 参議院選であれだけ盛り上がった参政党も、高市が自民党総裁になった途端、影に隠れてしまったように思います。
梶原 それこそ高市さんが首班指名を受けたら(10月21日、衆参両院の本会議で第104代首相に指名)、保守の有権者の受け皿として躍進した参政党や日本保守党は影響を受けると思います。それは増える方ではなく、減る方にということで。ですから、既存の保守系国政政党の立場からすると、高市新総理の誕生は喜び半分、悲しみ半分みたいなところがあるかもしれないですね。
小谷野 『Hanada』絡みの話題で梶原さんに聞いてみたかったのは、伊藤詩織さんが性被害を告発して注目を集めている最中、『Hanada』誌上で当事者の山口敬之氏の手記を掲載したでしょ。あの判断についてはどう思いましたか?
梶原 あれについては、「山口氏からこういう手記が来たのだけれど、君はどう思うか」と、花田さんがまず編集部員全員の意見を募ったんですよ。だから、掲載前に全員一度は目を通しています。私は、この文章を載せたところで、結局、言った言わないの水掛け論になるだけだし、警察が調べてもわからないことを読者に提示しても判断はつかないので、載せるべきではないと言いました。
しかし、花田さんの見解は、伊藤さんの発言ばかり取り上げられているから、山口氏にも反論の機会を与えるべきだというもので、結局この手記を載せることになりました。
小谷野 この件について、今ひとつわからないのは、警察が山口氏を逮捕しないと判断し、検察審査会でもその判断にお墨付きを与えたことです。
梶原 なぜ山口氏が逮捕されなかったか。はじめは山口氏が大メディアの幹部だったから、という話で報じられましたが、政権批判的な人たちが伊藤さんを応援したことで、あれよあれよという間に安倍政権と山口氏の関係性ばかりがクローズアップされることになった。そのせいで話が余計にややこしくなったなと、当時思っていました。
結局のところ、この問題は双方の認識の食い違いが埋まらない以上、真相はわからないわけですよ。どちらの言い分が正しいのか我々が判断できるぐらいだったら、警察だってとっくに判断していると思います。
小谷野 刑法上は山口氏側に問題なしという判断だったけれども、民事では賠償請求が通った。そのことについて、私の先輩の三浦俊彦は、民事というのは理想主義的だからということを言っていて、さもありなんかなと思っています。ただ、実際のところはわかりませんけれども。
梶原 そもそも論として、山口氏が伊藤さんに仕事の話をするということで呼んでおいて、そういう関係になっていること自体、職業倫理を問われてしかるべきです。それがTBSに在籍していたときに起きたことなのであれば、TBSがきちんと処分しなければならなかったわけですが、発覚したときにはすでに退職していたので、それができずに話がもつれたという事案ではないでしょうか。
小谷野 それから、私が梶原さんの発言で興味深かったのは、森友学園問題の時に安倍を擁護することが非常に苦しかった、というようなことを書いていたことです。それを読んで、私はこんな正直な人がこの世にいるのかと思ってびっくりした。
梶原 森友学園問題については、なんであんなことになったのか、私は事実を知りたいだけです。
たしかに籠池夫妻にも問題はありましたが、気の毒な立場でもある。保守思想が強かったとはいえ、普通の学校法人のおじさんとおばさんがメディアで大々的に取り上げられ、政権の趨勢に影響のある事件と報じられたことで騒ぎになり、保守の人たちからはしごを外された。そんな彼らが疑心暗鬼になっているところに菅野(完)さんが絡んできて、途端に安倍シンパからアンチ安倍に回った。要するに翻弄されてしまったわけです。その様子を見ていて、非常に気の毒だなと思いつつも、あの時点では政府や財務省が何も発表しないから、そうなっていった経緯が何も見えてこなかった。
この問題でさらに気の毒なのは、当時、財務省近畿財務局職員だった赤木俊夫さんです。上から命じられたこととはいえ、決済文書を改ざんしたことに責任を感じ、自ら命を絶たれた。では、その責任が誰にあるのかというと、当然政府の側にもありますが、一方でメディアの側はどうなんですか、と。あまりに結論ありきの報道姿勢が行き過ぎていたし、それを受けてひたすら安倍さんを擁護しようとする人たちもそうなのですが、双方、事実の追求には関心がないように見えていたので、そのことに私は怒りを覚えていました。
小谷野 しかし、メディアもモリカケ問題を焚き付けて、安倍政権を倒閣させようと躍起になっていたけど、ロッキード事件とかに比べるとはるかに規模が小さい問題なので、さすがに無理があった。
梶原 当時の交渉の記録を見ると、籠池夫妻も近畿財務局側に二年以上にわたって再三、揺さぶりをかけていたので、対応した職員の方も話し合いをまとめるのは相当大変だっただろうなと、苦労がしのばれます。いずれにしても、関わった人たち全員が不幸になった問題でした。
小谷野 梶原さんのXのアカウント名に「ミモリモ」とありますが、あれは「右も左も」という意味でしょ?
梶原 そうです。
小谷野 私も以前から、右に対しては天皇制の議論で、左に対しては憲法九条の議論で批判してきたのだけれども、いくら言ってもダメで、それどころか、言えば言うほど右も左もどんどん頑なになっていく。
梶原 どちらも自分たちが大事にしているものを壊されたくないという思いがあるでしょうね。それこそ、護憲派の運動や集会に参加すると、私たちは平和憲法というあたたかい毛布にくるまれて幸せなのに、どうして改憲派はそれを剝がそうとするのかという雰囲気が感じられます。もうその布団は破れているんですが。
小谷野 私が、向こうから攻めてきたらどうするんだと言っても、それに対して必ず詭弁を弄する。
梶原 近年、「新しい戦前」という言葉がよく使われますが、左の人たちは過去に自分たちから攻めていった、昔の戦争としか重ねていない。逆に攻めてこられた時、あるいは近隣諸国の有事に巻きこまれても戦前になるわけですが、そういった話は全然されません。私はそのことにも危惧を抱いていて、それを理解してもらうために、日々、情報発信の工夫を心がけていますが、なかなかうまく伝わりません。
小谷野 他人からそういうことを言われて、素直に「わかりました」という人は多分いないでしょう。時間をかけて自分で気づく以外に道はないのですが、左翼の場合、特に北朝鮮問題をめぐって、ミサイルがボンボン飛ばされてもなお、それは自民党政権が撃たしているみたいな、どうしようもないことを言い出す始末です。
それに、左翼はXで偽善的なことを書く人がすごく多いでしょ。
梶原 それは左翼にかぎった話ではないと思いますが(笑)。
小谷野 右翼の場合、偽善とはちょっと違う気がする。
梶原 エコとかのリベラル的な話題が嫌いな人が、見かけ上、保守として認識されている側面はあると思います。一人ひとりがエコに取り組んだところで、人間が暮らしている以上環境に負荷がかかるのは当たり前なのだから、環境対策など、所詮は偽善だ、と。その思いが強くて温暖化否定論に行っちゃう右の人は結構います。
小谷野 それにしても、Xで偽善的なことを言う人って妙に偉そうじゃないですか。
梶原 それによって説得力を高めようとしているのかもしれません。ちなみに、私がSNSを見ていて嫌だなと感じるのは、自分の仲間向けに強い言葉を使うところで、この傾向は右左共通で見られます。自分たちの考えにそぐわない人を口汚く批判し、それをいち早く共有することで、仲間陣営の認証を得ようとするのです。
小谷野 敵を同じくすることで仲間意識を高めるんですね。
梶原 逆に、みんなが批判していることに黙っていると、仲間じゃない認定をされて攻撃を受ける。そういう言論空間は本当に嫌ですね。
小谷野 梶原さんは『世界』含め、紙の雑誌を購読しているそうですね。
梶原 買っています。
小谷野 紙の雑誌のプレゼンスはだんだん下がっているわけだけども、購読し続けているというのは、まだ紙の雑誌に意味があると考えているからですか?
梶原 もちろんです。なぜいまだに紙版を買っているかというと、記事が紙面にパッケージされていることに意味があると考えているからです。
例えば『週刊ダイヤモンド』。これは現在、書店売りをやめて、「ダイヤモンド・オンライン」での記事配信がメインになり、定期購読者向けには、『Diamond WEEKLY』という名前でオンラインに載った特集を再録した媒体を毎号送ってきます。
記事を読むだけならもちろんオンラインでも可能ですが、日に十数本も
配信される上に、ジャンルも字数の長短もまちまちな記事がトップページに横一線で混在しているし、翌日にはトップから消えてしまう。まとめて読もうと思うと、私にはそれが読みづらいんです。
それにオンラインの記事は、長いものは本当に長いんですよ。字数制限のある紙媒体だと書く内容が絞られますが、その分記事の情報が濃く圧縮されます。逆にオンラインではいくらでも書ける分、かえって情報濃度が薄まってしまうことがある。それならば、オンラインでいつでもという利便性よりも、毎号編集者が記事を厳選し、字数も圧縮して紙面構成している紙の雑誌の方を私は読みたい。
それに、プレゼンスはたしかに下がっているかもしれませんが、私は逆にまた紙の雑誌に読者が戻っていくと思っています。
小谷野 紙に戻ってくる!?
梶原 たしかに、ユーザーがオンラインで記事を読むとか、動画を視聴するといった方向に向かっているのは事実で、出版社の人たちの「うちも動画を始めないと駄目かな」という声もよく耳にします。でももうしばらくしたら、オンラインや動画から紙に回帰するのではないかという期待があります。
小谷野 それは紙の雑誌で仕事をしてきた人なりの希望的観測ですか?
梶原 希望的観測ですけど、よく考えてみると、今言ったように、紙の雑誌の方が情報の濃度が濃いし、その時に読みたいテーマの記事がまとまって収録されているから、むしろ早く読めます。
小谷野 新聞はどうですか。
梶原 私は、朝日新聞の紙面が閲覧できる電子版を取っていますけど、新聞はやっぱり紙面で読むのがいいですね。紙面だったら記事に割くスペースの違いで、その時々で何を重要視しているのか、媒体側の意図が透けて見えるので面白いんですよ。
デジタル版では、トップページに見出しが並列で並んでいるから、どうしてものっぺりとした印象を受けてしまいます。
繰り返しになりますが、紙媒体や紙面に収録されたものは、情報の濃度が全然違います。それこそ1時間の動画番組と比較してみても、それを本に置き換えたらせいぜい5頁くらいにおさまる情報量じゃないですか。5頁だったら10分もかからないで読めますから、タイパが大事だというならば、断然、活字を読んだほうがいい。
そういうことに、やがてみんなが気づくようになるだろうというのが私の希望的観測ですけど、少なくとも出版社の人や活字メディアに関わる人ならば、そのことはもっと強調した方がいいと思います。「タイパを考えたら活字が最強だぞ」と。
小谷野 とはいえ、朝日の場合、載っている記事はリベラル的な風潮に傾斜しすぎな上に、反対側の意見を載せないことでだいぶ叩かれてきましたよね。そして、その傾向の改善はまだ見えませんが、そういう偏った言論のあり方も、紙媒体への回帰で見直されていくと思いますか。
梶原 それはまた別問題で、単純に朝日はそういうものだと思って読めばいいんです。反対意見が知りたいなら産経を読めばいい。雑誌も一緒で『世界』と『正論』を合わせて読めば、それぞれの編集部が今どんなことに関心を持ちながら、言論活動をしているかが見えてくるし、そうすることで読者も自分の考えを定めることができるようになります。
それに、朝日もそうだけど、産経にだっておかしいと感じる記事は結構ありますし、逆に最近の朝日の国際面に目を通すと、中国関係の記事の書き方が以前よりもだいぶ変わってきた印象を受けます。
小谷野 たしかに、香港や台湾のことがあるので、中国に対する朝日の姿勢は、昔よりも毅然としたものを感じはします。それにしても、梶原さんは朝日に対して、割と好意的ですよね。私は以前、朝日にパージされたから、それに対する恨みから厳しい見方をしているのだけれど。
梶原 好意的ではないです(笑)。特に、2014年8月の慰安婦報道の取り消しまでは、保守に対して本当に厳しい論調でしたから、怒りを持って朝日を読んでいました。なんで保守のことをここまで悪し様に批判するのか、自分たちの歴史認識に何の疑いも持たず、正しいと信じこんだまま報道を続けているのか、と。
当時に比べると、現在は国際情勢の変化が目まぐるしいので、それに伴い報道のあり方がだいぶ変わってきたものの、話題によってはいつもの論調に戻ってしまうこともある。そういうときは「まあ朝日だからそうだろうな」と納得して読んでいます(笑)。
小谷野 そんな朝日も年々購読者数が減ってきていて、新聞で残るのは読売と日経だけ、と言われるほどです。
梶原 そう言われていますね。だから、産経にも朝日にも頑張ってもらいたいです。
私はもともと、保守の人たちが反朝日でしか自分たちの価値観を保つことができないのはいかがなものかと思っていましたし、朝日の影響力も大きかったけれど、今は部数が減り、対立構図そのものがなくなっていっている気がします。
2022年に安倍さんが亡くなって以来、右と左の対立軸がなくなって、今は両陣営が入り乱れて喧嘩をしている状況じゃないですか。高市さんの登場でまた揺り戻しがありそうですが、リベラルの人たちが急に、石破(茂)さんを好意的に評価するようになったのは、ちょっと変だと思います。
たとえば、動画から情報を得るだけだと、情報がどんどん流れていく上に、常に視聴者うけのいい話題が上位に上がってくる。特にショート動画は次々に動画が再生されますから、見続けた結果、自分がどの動画から影響を受けたかもわからないまま、その時々で流されてしまい、後から検証することも難しい。
そういうときに、朝日や産経のように思想がある程度はっきりしている媒体があった方が、言論状況の見取り図になり得ます。産経は右、朝日は左、となんとなく集まっている人たちの傾向が把握できるので、もう少しわかりやすくなるだろうと思います。
小谷野 朝日に対峙するのが産経では頼りない、という気もしますけれども(笑)。(おわり)
<高市が継承する安部路線とは>
寄稿 梶原麻衣子
新しく首相に就任した高市早苗氏が「安倍路線の継承」を明言したために、世間は右も左も大騒ぎになっている。高市支持の保守派は安倍晋三政権以降、5年ぶりの本格保守政権の誕生だと歓迎し、リベラル派はガラスの天井を破って初の女性首相となったのが、「女安倍」と呼ばれる高市だったことに強いストレスを感じているようだ。
特に女性のリベラル派のストレスは募る一方のようで、田中優子・法政大学名誉教授は東京新聞に〈「新しい戦前」という3年前に生まれた言葉は、女性の首相によって実現するだろう〉との一文を寄せている。2015年の安保法制議論の時にも「軍靴の音がする」などと言われていたが、あれから10年たってもまだ戦前になっていなかったのかと改めて驚かされた次第である。
高市に対する評価の分かれる保守派とリベラル派だが、「高市は〝女安倍〟である」ことでは一致している。つまり両者ともに、「高市は安倍路線を継承するに違いない」と判断しているのだ。だが、「安倍路線」とは実のところ何だったのかについて、賛否喧しい両陣営は本当に理解しているのだろうか。
安倍路線とはつまるところ、「右派的な香りを振り撒きながら、リベラルな政策を行い、『戦後レジームからの脱却』を訴えた第一次政権のイメージを使いつつ、『戦後レジームから抜け出さずに国際社会における日本の役割を変えた』政権のあり様」と説明できる。
どういうことか。
確かに安倍政権は特定秘密保護法や安保法制の制定など、リベラル派からは「戦争をするつもりか」となじられるような法整備を行った。だがこれらは戦争をするためのものではもちろんなく、特定秘密保護法は公務員の情報保持に関する法律であり、安保法制は集団的自衛権の行使を容認することで、日本周辺での軍事行動を抑止する可能性を高めるものであった。とはいえ、これらは「保守っぽい」「右派的な香りのする」政策とは言えるだろう。
だがそれ以外の内政では、賃金上昇、女性活躍、外国人労働者拡充などを行い、外交でも日韓合意を実現した。誰がどう見てもリベラルな政策を、保守派の支持者の反発をほぼ招くことなく実施してきた。つまり、安倍政権は保守側を強く打ち出すことで保守派の支持を固めながら、リベラルな政策、現実的な政策を実行してきたのである。そのことに気が付いて怒りを覚えていた一部を除き、保守派もリベラル派も、すっかり騙されたのだ。
では「安倍路線の継承」を打ち出す高市政権は、こうした安倍政権の実態を踏まえているのだろうか。踏まえながら「保守の新星」としてうまく保守派を騙しおおせれば政権は長持ちする可能性がある。だが、もし安倍の漂わせた香りを現実のものと捉えているのであれば、実現不可能な安倍の影を追いかけることになり、早晩立ち行かなくなるのではないか。
★こやの・あつし=作家・比較文学者。著書に『聖母のいない国』(サントリー学芸賞受賞)『とちおとめのババロア』『あっちゃん』など。一九六二年生。
★かじわら・まいこ=フリーの編集者・ライター。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現職。一九八〇年生。Xアカウント:@maiko_universe
書籍
| 書籍名 | 文化大革命を起こしてはならない |
| ISBN13 | 9784924671959 |
| ISBN10 | 4924671959 |
