2026/02/13号 6面

マリリン・モンロー

マリリン・モンロー 遠藤 突無也著 伊藤 和弘  女優マリリン・モンローが三六歳の若さで亡くなったのは一九六二年のこと。すでに六十年以上も昔になるが、Z世代の若者でもその名を知らない人はいないだろう。二〇二二年、アンディ・ウォーホールによるポップアート「ブルー・マリリン」がオークションに出品され、実に一億九五〇〇万ドル(当時で約二五〇億円)という金額で落札されたことも記憶に新しい。  ハリウッドが最も輝いていた一九五〇年代、『百万長者と結婚する方法』や『紳士は金髪がお好き』で頭の軽いセクシー美女を演じ、陽気な「セックスシンボル」として一世を風靡した。当時熱狂したファンはほとんど男性だったというが、最近はむしろ女性の間で人気が高まっているように思える。  本書は彼女の生誕百周年を迎えた今年、マリリンの映画ポスター収集家で歌手の著者が、新たな証言も加えて彼女の輝かしくも悲しい生涯を振り返った一冊だ。  その不幸な生い立ちはすでに広く知られている。一九二六年、ノーマ・ジーン(マリリンの本名)は父親のいない私生児として生まれた。母グラディスは統合失調症で入退院を繰り返す状態で、間もなく孤児院に預けられる。実父とされるチャールズ・ギフォードはクラーク・ゲーブルに似たイケメンのプレイボーイだったが、彼にとってグラディスは一時の遊び相手に過ぎなかったらしい。成長したマリリンは何度か彼に会いに行ったが、最後まで娘と認めることはなかったという。  親の愛を知らず、根深いファーザー・コンプレックスを抱えていたマリリンは、元メジャーリーガーのジョー・ディマジオや劇作家のアーサー・ミラーなど年上の著名人たちと結婚して世間を騒がせたが、その結婚生活はいずれも長くは続かなかった。  本格的な演技派女優を目指していたが、その演技力が正当に評価されることもついになかった。学歴は低くてもマリリンのIQは一六〇もあったという。ハリウッドで成功するため、自分に求められる役割を正しく理解していたのだろう。「演技派志向の暗いマリリンよりも、やはり大衆は頭軽めのグラマー女を好んだ。そうしてそのニーズに応えたからこそ彼女はスターになり、その本質との違いに悩み続けた」と著者は分析する。  誰もが知る華やかなトップスターである一方、外見だけを評価され、本当に欲しかったものは最後まで手に入らない悲劇的な人生。その苦悩と深い孤独は現代でも通じる普遍性があり、多くの人が共感できるに違いない。  彼女の死因については、事故、自殺、暗殺など多くの説がささやかれており、今なお真相は明らかになっていない。しかし、謎の急死をとげる直前にはジョー・ディマジオとの再婚が決まっていたという。彼女の死後は独身を貫き、最期は「これでマリリンに会える」とつぶやいたディマジオの存在は大きな救いとなっている。  オーソドックスな評伝に比べると、著者の〝自分語り〟にも多くのページを割いているのが本書の特徴だろう。初めてマリリンに魅せられたのは、ノーマ・ジーン時代の絵葉書だったという。約一五年前、マリリンのポスターコレクションを大量に引き取ったこと、資生堂の社員だった旧友に「帝国ホテルでマリリンにメイクをした」という秘話を聞いたことが執筆のきっかけになったようだ。マリリンと会ったこともなく、ジャーナリストでもない著者が、なぜ本書を書こうと思い立ったのか。内的必然性がよく分かり、その熱が伝わってくる。  最終章で著者は「しかしマリリンには最初から最後まで、生のままの〝放っておけない〟ものがあった。それはあどけない子どもがもつ、いたいけなさとあやうさ――彼女は女優として成功しても、有名な夫を持っても、あやうさが無くなることはなかった」と書く。生誕百周年を機に、色あせない永遠の魅力について改めて考えてみたい。(いとう・かずひろ=ライター)  ★えんどう・とむや=歌手・日仏映画研究家。著書に『日仏映画往来』など。

書籍

書籍名 マリリン・モンロー
ISBN13 9784865814835
ISBN10 4865814833