エスニック・マイノリティの社会学
山本 かほり・李 洪章・松宮 朝著
上野 貴彦
多文化共生といった耳当たりのよいフレーズや、外国人材といった実利志向の語を冠した書籍が書店に並ぶなか、本書のタイトルに飾り気はない。前述の当たり障りのない言葉は、往々にして過去の経緯を不問に付し、「未来志向」の文脈で語られがちである。だが、2020年代半ばの現在、その足元は危うい。SNS上では外国人への不当な優遇といったバッシングが吹き荒れ、外国籍公務員採用をめぐる議論などが、歴史的経緯に立ちかえることのないまま展開されている。本書は、こうした状況を理解するためにこそ、過去を精査し、歴史という土台から「共生」を構想し直すことを提案する。
15章で構成された本書は、在日朝鮮人に象徴される「オールドカマー」の歴史的経験と多様なマイノリティの現状を捉える経糸として、未清算の植民地主義をめぐる問題系を提示する。編者たちは序章において、多様化が進む現在に「なぜ在日朝鮮人を扱う章がこれほど多いのか」と自らに問いかける。その答えは、ニューカマーが直面する課題の根源が、戦後日本が植民地責任を問い直すことなく外国人を管理の対象としてきた構造にあるという認識の先に求められる。現在の多文化共生を論じるにも、まずこの歴史的な連続性のなかに立ち戻る必要があるというわけである。
本書は、在日朝鮮人が直面してきたリアリティと、それを規定する構造の多角的な検討を起点とする。例えば、複数ルーツを有する青年が日本名と民族名を使い分けて境界を撹乱する様子や、朝鮮学校出身者が連帯の場を大切に思いつつも、分断国家の現実に直面する葛藤など、制度の狭間で生きる個人の姿が描かれる。これらは、植民地支配と分断が「解決済み」の歴史ではなく、個人のアイデンティティを今なお揺さぶる現在進行形の課題であることを突きつけている。コミュニティ内部のジェンダー構造や複合差別も論じられ、民族という集団性の陰で看過されてきた個人の尊厳が問い直される。読み進めるにつれて、視野はマクロな構造へと広がり、集住地域の観光地化によるエスニシティの消費、就職差別、ヘイトスピーチ、入管体制の変遷が論じられる。そこからは、個別具体的なマイノリティの経験だけでなく、「治安維持」を名目とした管理と労働力不足を補うための限定的な包摂という、戦後日本の外国人政策の一貫した特徴が浮かび上がる。
本書の議論において重要な転換点となるのが第10章である。ここでは、1970年代後半のインドシナ難民受け入れを境に、ニューカマーへの支援が、在日コリアンらが切り拓いてきた権利獲得運動の文脈から切り離され、高学歴主婦層をはじめとするマジョリティによるボランティア活動という別の回路で展開したことが示唆される。
「権利平等に向けた共闘」というより「支援する強者と支援される弱者」という温情主義的な構図を基調とする語りや取り組みの限界を浮き彫りにするのが、第11章以降の各論である。雇用の調整弁とされた日系南米人の生活課題、ケア労働の担い手とされた移住女性の生きづらさなどに対して、「多文化共生」施策はどこまで有効であったのか。多様な人々を権利の主体とみなしてこなかった構造が、今なお根深く横たわっている。第15章は、日本の多文化主義政策指標が一貫してゼロであることを一例としつつ、権利保障や資源配分を伴わないまま消費されてきた「共生」語りの実態を問い直す。
あえて課題を挙げるならば、植民地主義を補助線とする連続的な視座と、より多様なマイノリティの経験との接続であろう。もっとも、第14章の沖縄アメラジアンの事例は、日本と米国の間で沖縄が置かれた重層的なマイノリティ地域としての立ち位置のなかで、「ダブル」の子どもたちが行政の支援カテゴリーから零れ落ちていく制度的不可視化を描き出しており、在日朝鮮人をめぐる状況などとは異なる回路での周縁化に光を当てている。この視角は、アイヌ民族研究などが指摘するマイクロアグレッションや不可視化、被差別部落出身者が直面してきた見えづらい差別の構造とも深く通底するはずである。異なる歴史的文脈を持つマイノリティをいかに総合的な議論に接続し、より包括的な連帯の構図を描きうるかが問われている。
編者たちは「移民は不要」という排外的な見方だけでなく、「労働力として必要」という功利主義的な語りからも距離を置く。代わりに本書が提示するのは、抑圧されてきた多様な記憶を編み直し、歴史の再審を通じて尊厳ある連帯の未来を描くための社会学的視座である。(うえの・たかひこ=都留文科大学講師・国際社会学・地域研究)
★やまもと・かほり=愛知県立大学教育福祉学部教授・社会学。
★リ・ホンヂャン=神戸学院大学現代社会学部准教授・国際社会学。
★まつみや・あした=愛知県立大学教育福祉学部教授・社会学・社会福祉。
書籍
| 書籍名 | エスニック・マイノリティの社会学 |
| ISBN13 | 9784641175136 |
| ISBN10 | 4641175136 |
