水平と垂直
佐伯 一麦著
小谷野 敦
佐伯一麦は、私小説作家と見られているが、すでに大家の域に達している。若い頃はやや無頼な感じの小説を書いていたが、仙台に、草木染め作家の二度目の夫人と住むようになってから、作風が落ち着いて心境小説的になった。二〇一八年から、大阪芸大で非常勤(客員教授)として文藝創作を教えるようになり、四時間かけて年に十五回以上大阪へ通っている。これには驚いた。私は遠距離移動が苦手なので、とてもそんなことはできない。佐伯は乗り物が好きな体質らしく、飛行機で伊丹空港へ飛ぶこともあるようだ。「山形新聞」に二〇二三年から一年間連載されたもので、かつての『鉄塔家族』なみの分量がある。コロナの後の二〇二一年あたりに設定された一年の出来事として描かれており、佐伯自身は「山路さん」、妻は「菫さん」というちょっと変わった三人称で、学生たちも時世に合わせて男女問わず「さん」づけで呼んでいるところから来たのだろう。
大学で文藝創作を学んでも、作家になれる人はほとんどいないので、それは音楽や美術とは微妙に違っている。山路さんが教えるのはほとんどが描写の技術で、そのために様々なワークショップを展開する。レモンや洗濯ばさみを袋に入れて、触覚だけで描写するとか、自分が大きな模造紙の上に横になってその形をとり、それを描写するといったやり方だ。これは『ノルゲ』に書かれた、妻がノルウェーの工芸学校の研修を受けた時に同行して知った手法に触発されたものらしい。『水平と垂直』は、最後のワークショップの課題からとられている。
驚いたのは、学生が提出したとされる文章があまりに達者なことで、はじめ創作ではないかと思ったが、あとがきを見ると実際に学生が書いたものらしい。五年間、二学年を教えているから、そこから出来のいいのを抜き出して、九人の学生のキャラクターは適宜創作したのかと考えて納得した。事件らしい事件は、卒業制作を出せないで留年した学生や、飲み会の途中で意識を失った女子学生を病院へ連れていくとか、うつのため休学する女子学生の相談を聞くくらいだ。だが、私小説作家の指導を受けつつも、学生たちが好きなのはスティーヴン・キングであり、書いてくるのはホラー、SF、ファンタジー風味のものが多く、山路さんはかすかな違和感を感じている。恐らくこのことがこの長編私小説の隠しテーマだろう。「純文学」という言葉は、一度も出てこない。
私は二十七年前に、東京の私大で教えていた時、どんな作家が好きか学生に聞いたら、まず上がったのが、私の知らない現代日本のホラー作家だったことに衝撃を受けたが、佐伯も、四十近く年下の学生に合わせるために、色々勉強したのだろうと思う。だが否応なく、文学のあり方は変わっていき、佐伯が考える文学とは違っていく。その苦さは、山路さんも学生には見せないし、佐伯もほとんど表には出さない。
私小説作家というのは、ネタが尽きるということがままある。西村賢太は巧みにやりくりして創作活動を続けたし、佐伯も静穏な日常の中から創作ネタを切り出している。私小説を絶滅危惧種だなどと言う人もいるが、金原ひとみやアニー・エルノーもいるし、マンガ家が私マンガを描くことも増えていて、ルソーの『告白』に始まる近代告白ものは、今後も書き続けられると思う。
最後のほうで、山路が六十五歳になり、年金申請の書類を出すところがある。五十代後半から六十代にしては、仙台から大阪まで年に二十回近く往復する体力に感心したのだが、アスベスト禍や大腸がん、うつ、喘息などを経験したりしながら、不思議とこの小説には「老い」への意識が出てこない。漢方薬を準備して出かけたりしてはいるし、あとどれくらい書けるか、などと考えてはいるが、老いへの憂鬱な気持ちは、もしかするとあえて書かないようにしているのかもしれない。
ところで最初のほうに、川端康成の「掌の小説」の「心中」を学生に読ませるところがあり、川端が若い頃婚約した伊藤初代との関係が破綻した件で、初代が寺の僧侶に強姦されたという話が出てくるが、これは当時出た噂で、今でも一人の研究者が執拗に主張しているが、ここで書かれている、二〇一四年に発見された書簡には、それに関することは書かれていない。(こやの・あつし=作家・比較文学者)
★さえき・かずみ=作家。著書に『ア・ルース・ボーイ』『鉄塔家族』『ノルゲ Norge』『還れぬ家』『渡良瀬』『山海記』など。一九五九年生。
書籍
| 書籍名 | 水平と垂直 |
| ISBN13 | 9784103814078 |
| ISBN10 | 4103814071 |
