2026/05/22号 8面

見て楽しむ奈良絵本・絵巻

石川透さんに聞く『見て楽しむ奈良絵本・絵巻』(八木書店)、その魅力
石川透さんに聞く『見て楽しむ奈良絵本・絵巻』(八木書店)、その魅力 <かわいい! 面白い! 奈良絵本・絵巻の世界>  八木書店では新天理図書館善本叢書第四期「奈良絵本集」全八巻を公刊している。そしてこのたび、多くの人が手に取りその魅力を知ることができる『見て楽しむ奈良絵本・絵巻 描かれた昔話と物語』を刊行した。刊行を機に著者で奈良絵本研究、蒐集の第一人者である慶應義塾大学名誉教授の石川透氏にお話しいただいた。(編集部)  奈良絵本・絵巻とは、室町時代後期から江戸時代中期のおよそ一五〇年の間に制作された、手彩色の絵本や絵巻のことです。今でもよく知られている物語を題材とすることが多く、その美しい絵を見るだけで、何が描かれているのか連想することができます。奈良絵本・絵巻を楽しんでいただけるように、本書では写真をふんだんに掲載し解説しています。  『桃太郎』はよく知られた昔話ですが、一六〇〇年代に流行した奈良絵本・絵巻としては見つかっていないのです。そこからわかるのは『桃太郎』の物語が一六〇〇年代にはあまり知られていなかったということ。本書ではその源流として知られている『瓜子姫』を紹介しています。一方『蛤の草子』は江戸時代前期によく作られていたようで、断簡が多く残されています。『鶴の恩返し』の元になったとされる『鶴の草子』には機織りの場面は出てこず、蛤の姫が機を織っているのも興味深いところです。  『浦島太郎』は一五〇〇年代ぐらいから絵本が多く作られています。しかしそのストーリーは、現在伝わるものとは少し違うのです。近年の物語では、助けた亀の背に乗り海の底の龍宮城へ行きますが、奈良絵本では亀は女に変化し、太郎は船で蓬莱の国へ行き、女と夫婦になります。結末も、玉手箱を開けて老人になるところでは終わりません。  なぜ物語が変化するのか。それは写本の際に平気で内容が変えられて異本が作られたからです。私はそれを「物語の成長」と呼んでいます。  その中で『源氏物語』にほとんど異本が見られないのは、文章のレベルが高かったためでしょう。『伊勢物語』には六つの異本が生まれていますが、現存するのは一つのため、それが原本かどうかはわかりません。  奈良絵本・絵巻を研究する中で、『御曹子島渡』という御伽草子が『ガリヴァー旅行記』に影響を与えた可能性があると思うようになりました。一七二六年刊行の『ガリヴァー旅行記』に登場する小人の島と馬人の島が『御曹子島渡』と共通しており、加えて作者のスウィフトが駐オランダイギリス大使の秘書だったことを知ったからです。『ガリヴァー旅行記』の中には、唯一実在する国として日本がモデルになった島も登場します。あくまで仮説ですが、『蓬莱山』という仮名草子の絵巻に描かれた蜃気楼は、『ガリヴァー旅行記』の天空の島の発想のもとになったかもしれない。『ガリヴァー旅行記』生誕三〇〇年のこの機に、奈良絵本・絵巻をそのような目で見てみるのも面白いのではないでしょうか。  『竹取物語』は日本初の物語として知られます。しかし実は、平安時代終わりから中世にかけて、ほとんど写されていません。奈良絵本・絵巻で絵画化されるのも江戸時代以降と遅く、そのため異本がありません。  ただし本文からどの場面を描くかは、絵師によって違います。奈良絵本・絵巻では、かぐや姫が竹の中で誕生する絵は描かれず、籠に入っていたり、翁の手で運ばれている場面が始まりなのは、現代との感覚の違いでしょうか。  『竹取物語』は一度、物語の主流から消え、再発見された後に爆発的な人気となり現在に至る、不思議な変遷を辿った物語なのです。しかし各地に「竹取説話」は残されており、中でも富士山麓に伝わるものが有名です。ここではかぐや姫は竹林の鶯の卵から生まれます。そして最後は月ではなく、富士山に帰るのです。富士の神の一人である木花咲耶姫こそがかぐや姫だという説です。  奈良絵本・絵巻には、人間以外の生物も多く描かれており、本書では一章を使って紹介しています。二〇一九年にセンター入試の古文で取り上げられた『玉水物語』は、姫君に恋をした雄の狐が、人間の女に化けて姫のもとに仕える。なぜ女性に化けたのかは興味深い点ですが、女性同士の恋愛のようにも見えますし、一種の「純愛」ものとも言え、話題になりました。  『鶏鼠物語』は、俵から落ちた米をめぐる鶏と鼠が争いから、鳥族と獣族の合戦が起こりそうになるところで、虫族が仲裁する話です。面白いのは人間が出てくる最初の場面では、鶏も鼠も裸の状態で描かれ、人間がいなくなり動物の世界になると、擬人化され着物を着るのです。毛虫が甲冑を着て馬に乗っていたりします。「ほうしやう」という京都の方言が「毛虫」を指すのですが、絵巻制作者にもこの言葉を知らない人がいて、毛虫以外の姿で描かれたものも存在します。  蝙蝠も虫族に入れられていたようです。中間的な存在が仲裁をするという、素晴らしい発想の物語です。  獣でも虫でも、擬人化した絵を楽しむのは、奈良絵本・絵巻の時代からです。それ以前は、擬人化した物語はあっても絵画化したものはほとんどありません。異類が登場する話として著名なのは『十二類絵巻』ですが、本書では私が手に入れた『異本十二類絵巻』を写真で紹介しました。ところがこの内容が『十二類絵巻』よりも『鶏鼠物語』に近いのです。  原本となる『十二類絵巻』は室町時代に生まれた作品で、ごく普通に合戦シーンがあります。ところが一六〇〇年代半ばに作られたと思われる異本では、『鶏鼠物語』と同じく、合戦前に蝙蝠の仲裁が入り、宴会で終わります。宴会では鶏が日の丸扇を持って舞を踊ります。当時日本にはいなかった竜や虎、羊には中国風の着物を着せているのも面白い点です。  断言はできませんが、これらは同じ人物――浅井了意が作ったものではないかと、私は思っています。  本書ではほかに、嫉妬に狂った女性が鬼や蛇に化ける『磯崎』『道成寺』、化け物退治の『羅生門』『酒呑童子』を紹介しています。  源頼光の鬼退治はとても人気があり、写本が下火になっても『酒呑童子』の奈良絵本・絵巻は作られ続けました。それは徳川家が祖先としている「源氏の物語」だからという理由もあります。徳川の姫たちが嫁入り道具として絵巻を持参するため、一八〇〇年代に入っても狩野派などの専門絵師によって作り続けられたのです。  『道成寺』は、平安時代の終わりに説話として誕生し、それをもとに能や奈良絵本・絵巻が作られ、さらに江戸の初めの絵巻や歌舞伎は、互いに影響を与え合い、現在でも能や歌舞伎の演目として有名です。  一六〇〇年代、大名家では武器の代わりに奈良絵本・絵巻を含む文化的なものに金を使うようになりました。ところが一六〇〇年代後半になると大名家は貧しくなり、絵本や絵巻、道具類を手放すようになります。その頃『日本永代蔵』や『世間胸算用』など金持ちが没落する話を書いたのが井原西鶴です。  奈良絵本・絵巻が盛んに作られた最後の頃に、十七世紀末期の女性向け往来物作家として知られていた居初つなが、大量の奈良絵本・絵巻を制作していたことが、ごく最近明らかになり、注目しています。居初つなの絵はとにかくかわいい。  居初つなは、日本初の絵と字の両方を兼ねた本格的な絵本作家です。奈良絵本・絵巻の多くは、工房で、集団による分業で作られています。一人の人物が絵本や絵巻を大量に作った例は、彼女以前にはほとんど見られません。  彼女の母親「窪田やす」は、日本初の女性向け往来物の作者でした。つなの書は母親から習ったと推測されます。  実は、つなの制作した版本の往来物にも挿絵がついているのですが、こちらは奈良絵本・絵巻に見られるような、ふっくらしたかわいらしい顔ではありません。この違いはなぜか。  居初つなの『雛形絵巻』という作品の絵は、浮世絵師吉田半兵衛の版本の挿絵と酷似しているため、半兵衛門下で修業しただろうと推測されています。版本の挿絵は、師匠を踏襲した画風となったのではないか。しかし手描きで一つずつ制作する奈良絵本・絵巻は、描いていくうちに個性的なかわいらしい絵になっていったのではないか、というのが私の見立てです。  本書では『鉢かづき』と歌仙絵を紹介しました。奈良絵本・絵巻にはこれより前の時代から『鉢かづき』はたくさん描かれていますが、居初つなの描くような顔はなかなかありません。 *  本書の刊行を記念して、「見て楽しむ!奈良絵本・絵巻」展を開催します。この機会にぜひ、本物の奈良絵本・絵巻を見にお越しください。 (おわり)  ★「見て楽しむ!奈良絵本・絵巻」展  ▽会期:5月22日(金)~6月13日(土)12時~18時(最終入場17時)※日曜休業▽会場:八木書店古書部 店舗3階(東京都千代田区神田神保町1―1)

書籍

書籍名 見て楽しむ奈良絵本・絵巻
ISBN13 9784840697750
ISBN10 4840697752