2026/07/10号 3面

歴史総合〈私たち〉の物語をつくる

歴史総合〈私たち〉の物語をつくる 向 正樹責任編集/高大連携歴史教育研究会編 成田 龍一  歴史教育の論点を、読書人という意味での多くの「一般読者」に伝えるのはなかなかに困難な営みである。小学校から高等学校まで、誰もが歴史教育を受け、現在も身近に歴史教育を受けている関係者がいるであろうにもかかわらず、教育――とくに教科教育の現状を共有することはむつかしい。メディアにおいても、教育は「問題化」したときに、もっぱら報道される。  こうしたなか、新科目として設置された「歴史総合」は、「近現代を中心に日本史と世界史とを融合させ、世界の大きな歴史の流れの中で、19世紀から21世紀までの日本のあゆみを捉えようという試み」(「はじめに」)である。「日本史」と「世界史」の二本立てで「戦後歴史教育」を享受してきた「一般読者」も、現時の「歴史教育の大転回」を理解するであろう。本書はそうした「今ここ」と「その先」を提示する試みとなっている。  まずは「歴史総合」設置の背景とその歴史教育における意味を説き明かし、論点を提出する。「歴史総合」が「私たち」に焦点を充てることを、シティズンシップ教育との関係で再解釈する一方、「変革の切り札」として世界システム論やジェンダーの視点に着目する。さらに歴史で、高校―大学―地域をつなぐことをいう(「序章」)。   *  「歴史総合」は、2022年度から授業として実施され、丸4年が経過し、5年目に入っている。2018年度の『高等学校学習指導要領』で、新科目の設置があきらかとなり、『学習指導要領解説』が出され、教科書が編纂・刊行される過程で多くの議論がなされたが、現在では「歴史総合」を学んだ生徒を送りだし、大学入学試験も「歴史総合」からの出題がはじまっている。授業が実施されるまでの期間、私も機会を与えられたときに「歴史総合」の可能性について発言をしてきたが、実際に授業が始まってからは、教室で先生方が科目を練り上げていく段階に入ったと認識している。  本書の編集にあたった高大連携歴史教育研究会では、教員たちが授業案、試験問題案などをホームページで公開し、互いに議論している。また、「歴史総合」に関連する書籍が刊行され、参考書や問題集も出版されるようになっている(本書の巻末には、「歴史総合関連書籍案内」が付され大いに役立つ)。こうした議論の活性化によって、「歴史総合」が定着し、社会においても議論の対象となっていこう。  本書では、「歴史総合」とその領域を論ずるにあたり、三つの接近方法がとられ、それぞれ「第Ⅰ部 今ここにある歴史総合」「第Ⅱ部 その先を構想する」「第三部 高校・大学・社会をつなぐ歴史」との部立てとなっている。各部ともに、奥行きを持つ構えである。  「第Ⅰ部」は、「歴史総合」に即し、「歴史総合」への提言の検証、科目の要としての「私たち」の抽出とその授業実践、および教員養成課程の考察からなる。提言の検証は、私自身の議論も俎上に載せられているが、今後も多々出される実践報告や議論をどのように引き受け、さらにつなげていくかの試みの一端となっている。また、「第Ⅱ部」は、ジェンダー史とグローバルヒストリーについて、課題・方法と授業での実践が対に報告され、理論・視点をどのように授業化するかの事例が提供される。「第Ⅲ部」はパブリックヒストリーとして、軍事郵便(日本)の分析、スペインの現代史の教育実践、さらにメディアに関わる学習マンガとポッドキャストが考察され、教室にとどまらない歴史実践の可能性が示される。  各人の稿は、自らの実践に基づき高度な内容となっており、手ごたえがあり、読みごたえ充分である。とはいえ、前二者は「歴史総合」の環境を説きつつ、「歴史総合」に内在した議論を提供するのに対し、後のひとつは「歴史総合」と接しつつ、「歴史総合」からは離れて行く。それぞれは興味深い論稿だが、この三部すべてに共感するのは、「一般読者」には厳しく、教育関係者に限られることは否めないであろう。「地域」など、三部を貫くような課題―対象があれば、と思うことしきりである。その一例として、「歴史総合」が18世紀以降を対象としていることを鑑み、たとえばリベラル・デモクラシーにそれぞれの稿が言及すれば、(序章の)シティズンシップ教育の問題系と呼応し、「現代的な諸課題」に向き合うなどの工夫もできたのではなかろうか。  いまひとつ。本書において、複数の論者が、30年前に『歴史学研究』誌上に連載され単行本化された『歴史学と歴史教育のあいだ』(1993年)に言及していることが目を引く。これまでの議論の蓄積を踏まえることをいい、「歴史教育の大転回」を共有する視座に示唆を与えている。(なりた・りゅういち=日本女子大学名誉教授・日本近現代史)  ★むかい・まさき=同志社大学グロバール地域文化学部教授・史学・東洋史。著書に『クビライと南の海域世界』など。一九七四年生。

書籍

書籍名 歴史総合〈私たち〉の物語をつくる
ISBN13 9784623099603
ISBN10 4623099601