2025/02/21号 5面

「アメリカ映画が発展させたもの」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)380

アメリカ映画が発展させたもの ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 380  JD 現在は、本来〈作家〉とは言えないような人々でさえ、自分のことを作家だと考えています。また、芸術としての映画ではなく、技術的で商業的な映画を作る人々が再び増えてます。しかしながら、自らはそのことに気づいていません。私たちが作家主義を掲げた時代にも、似たような人々は大勢いました。ジャン・オーランシュやピエール・ボストは、自分たちのシナリオこそが芸術であると考えていた。そして、デュヴィヴィエのような職人的映画監督の、見せかけだけは〈こなれたもの〉が、映画芸術として世間でも考えられていたのです。けれども、実際に映画芸術を作っていた人々は異なりました。ルノワールやグレミヨンの如く、〈生〉に向き合っていた人々は本当に僅かでした。彼らと比較すると、オーランシュやデュヴィヴィエが語ることは、偽りです。何一つとして真実はない。そこにあるのは、物語の叙述法や映画技術だけです。  HK ホークスやヒッチコックといったアメリカ映画は、どちらかというと技術よりなのではないでしょうか? フランス映画のように、〈生〉という考え方から見ることはできないはずです。  JD アメリカ映画には、純粋な映画芸術があります。つまり、映画とはアクションである。起源からして、映画は〈動き〉を記録し、上映を通じて、その動きを再現することで成り立ってきました。しかしカメラによって記録されたものは、単に記録されただけでは動きにはならないのです。例えば、街角に出て、通行人が歩く風景を撮影するとします。ありふれたパリの風景を、特徴のない車や通行人が行ったり来たりするだけでは十分な動きを生み出すことはできません。リュミエール兄弟の最初期の映像のように、後世において史料として見られることはあっても、映画芸術として見られることはありません。けれども、その撮影する風景の中に、ちょっとしたアクションが起きると、映像の質は変わります。たとえば登場する人物たちが演技をする(それは、まさしくリュミエール兄弟が行ったことです)。また、接近してくる汽車を、カメラという機械、つまり映画という覗き穴を通じて、人間が知覚することができない光景によって見せることもできます。これこそが、映画の〈動き〉なのです。  さらには、人々が普段気にも留めない世界の中の〈動き〉を〈切り取り〉、見せることができます。それは、映像だけに限らず、音にも関わる問題です。例えば、パリの街中には、普段から車のクラクションをはじめ騒音が溢れています。パリに慣れた人は、そうした日常の風景を忘れてしまっています。しかしながら、そうした騒音は、異常とも言える現実です。映画には、撮影対象を切り取り、見聞きさせて、現実とは僅かに異なる現実を再現する効果があるのです。それが映画芸術のひとつの特徴です。〈切り取る〉という行為も、撮影やモンタージュと同様に、映画の根幹に関わる重要な問題なのです。〈切り取る〉という行為は、ホークスが直面した、アメリカ映画の根本にある問題ではありませんが――どちらかというとソヴィエト映画の関心の的でした――、重要なことです。  アメリカ映画が芸術として発展させたのは、〈動き〉を生み出すアクションとしての映画でした。ホークスの映画は、〈動き〉の連なりによって成り立っています。フォードの映画を見ても、あらゆるところにアクションが溢れています。動きのないシーンはひとつとしてありません。ちょっとしたシーンにおいても、フォード映画特有の風が吹いたり、動きに溢れています。彼は、そうした動きの全てを、意図的に生み出していました。風を撮影する際には、巨大な扇風機を利用さえしていたのです。  それに加えて〈動き〉、アクションという考え方は、アメリカという国が持つ哲学とも深く結びついています。つまり、新たな土地へと向けて移動し、その土地を開拓し、家庭を築くという〈ハッピーエンド〉の思想が、アメリカ映画には最初期から付き纏っているのです。当然ながら、ディケンズのような一九世紀の偉大な作家の芸術の影響があります。アメリカ映画においては、多くの場合、物語の主人公は弱い立場にいる人間です。グリフィスの映画には、ディケンズの影響がありました。チャップリンの映画にも大きな影響がありました(それは彼がイギリス人だからですが、アメリカ映画の基礎を作り上げたという点では変わりありません)。     〈次号へつづく〉 (聞き手・撮影=久保宏樹)