日常の向こう側 ぼくの内側 753
横尾忠則
2026.8.31 この空洞感はなんだろう。生命力が消えていく感じ、未体験。食欲ゼロ。シャンプーしてスカッとなりたいが美容院に行く体力もない。90歳は確かにかつて体験したことのない領域だ。
不安を抱えていても仕方ないので玉川病院の主治医の小野先生に時間を取ってもらう。「食欲がなくても、検査データでは健康そのもの。糖尿病も糖尿病といえない段階まで改善している。自分の躰の変貌にとまどっているだけで、90歳の躰に慣れていないだけで、これがこの年齢の理想だが、そんな話を聞いて、『これでいいのだ』と納得した途端、体調の悪さが、全て良さに変化します」。ここは玉川寺だ。
まるで催眠術にかけられたような診断に、「なるほど、そういわれると体調の不安はなくなりました」と帰宅する。まあ病気の大半はイリュージョンかも。
2026.9.1 〈郷里の実家に仕事関係者と訪ねる。死んだ両親が大喜びで迎えてくれる。両親に年齢を聞くとでたらめでぼくとさほど変らない年齢だ〉、そんな夢を見る。
ロンドンのテームズ&ハドソンからインタビュー形式の作家論の出版の企画があるらしいが、インタビュー次第で本の良し悪しが決まると返事をする。
1960~70年代の新宿についてのインタビューでK&Bパブリッシャーズの荒木さん来訪。
チェコのマルタさんの横尾論の出版が決定した模様。
2026.9.2 〈老画家の個展を画廊で見る。人物や静物を組み合わせたり、時にはマットを絵に合わせて切り抜いたり、同じ絵を2点ずつ反復した作品展が展示されており、ほどほどに売れている〉という夢を見るが、この老画家はもしかしたら自分の分身かも。
新潮新書の『運まかせ』の第2弾を来年1月中旬に出します、とその打合せに葛岡さん来訪。
夕方、シャンプーに。シャンプーも治療のひとつ。
2026.9.3 『文學界』の自伝100枚を90枚に削る。編集部まかせよりも、こちらのスタッフの方が早いので、ゲラの作成を。
アダチ版画研究所の「寒山拾得」の木版画3作のサインをする。版画を作るより、完成後のサインが面倒臭くって。
スカイザバスハウスの白石さん来訪。ポスターをアートとして評価されてポンピドゥーセンターが1000点コレクションを機に、画廊での個展の打診。
56年前に撮ったヌード写真集が長い間お蔵入りしていたが、再度発刊したいと国書刊行会。
ここにきて、バタバタと単行本が何冊か進行している。
海外の個展の依頼が2件あるが、まだ手をつけていない。先方が様子を見にくるので、それまでに格子だけでもと思う。
2026.9.4 少し過ごし易くなったかな。アトリエは寒いくらい。来客なく終日ソファに横になったまま、何も考えないことを考えて時間をつぶす。
美術家の高橋秀さん死去、96歳。
アルバニア首相府内での個展の依頼。いろいろ来るなあ。
2026.9.5 〈大阪駅で有り金全部見せて、行ける所までの切符を買って、あとはタクシーで郷里に帰って、そこで実家で料金を払うつもりだが、長い間帰省していないので、家の者がいるかどうかは不明〉という不安な夢を見る。
2026.9.6 老齢と共に睡眠が浅いというが、その逆でとにかくよく眠る。
日曜日、仕事抜きで糸井重里さん来訪。現在計画している展覧会に側面から協力してもらえそうだが、ほとんど遊びの延長のようなことばかりだ。
夕食は糸井さんのお土産の柿の葉寿司、カツサンド、焼き鳥、黒豆、サツマイモチップス、ドリンクなどで済ませる。恒例の日曜日ステーキは明日に延期。(よこお・ただのり=美術家)
