2026/03/27号 6面

テレビ・ドキュメンタリーの孤高

テレビ・ドキュメンタリーの孤高 小黒 純・西村 秀樹編著 水島 宏明  毎日放送(MBS)の『映像』シリーズ。民放だけでなくNHKを合わせて国内最高峰の報道ドキュメンタリー枠と評価は高い。その矜恃と秘密を制作者たち自身が語った言葉を集めた記録が本書。番組を制作者が書いた著書は数多いが、「私が……」という気負いに鼻白むことも少なくない。本書はそれらとは一線を画す。制作者たちと信頼関係にある研究者2人がオーラル・ヒストリーという手法で聞き取った言葉が丁寧に紡がれた。白眉は里見繁の章だ。冤罪事件など数々の名作をディレクターとして生み出した里見が自身の豊富な取材経験を語ることを控え、プロデューサーとして全体を俯瞰する役に徹した。厳選を重ねてこれぞという人物に聞くべき話を聞く。大胆に取捨選択する編集方針には驚いた。  個々のディレクターとプロデューサーの信頼が文章から伝わる。互いが〝尊敬〟で結ばれた関係。里見が指摘したのが「ディレクターは神様」という底に流れる番組の精神だ。取材するテーマを企画して向き合うディレクターを尊重し、番組の管理責任者であるプロデューサーは意見をはさむことがあっても最終的な判断をディレクターに委ねる。一人ひとりの内部的な自由をこれほど尊重する制作環境は聞いたことがない。中立性とコンプライアンスを神聖視する風潮で跋扈する「会社を守る」などの組織論理を超越、他組織では実現不可能なジャーナリズムの真骨頂がいろいろな場面で顔を覗かせる。  思わず膝を打ったのは、「なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・〝異端〟の研究者たち~」を制作した津村健夫の語りだ。原発の安全神話に懐疑的な、京都大学複合原子力科学研究所の研究者たちが主人公の番組。放送後に関西電力の副社長が激怒してMBS社長に電話してきたエピソード。釈明に参じた編成部長と営業部長が怒鳴りつけられた話は生々しい。関電がCMを一斉に引き揚げたことは放送業界で語り草になり、評者も聞いていた。だが「CM引き揚げは番組のせいではない」と関電もMBSも公式見解で口裏を合わせる。本書では企業への忖度をいっさいせず、津村は当時の社内の動きを赤裸々に証言。圧力があった事実を認めている。  民放のメシの種である大手スポンサー企業と緊迫した番組は他にもあった。日本を代表する自動車メーカー・トヨタで男性社員が過労自殺に追い込まれた事件を奧田雅治が追跡した「夫はなぜ、死んだのか?~過労死認定の厚い壁~」。社員の妻が国を相手取って裁判の末に過労死を認定させる。最初に取材を申し込んだ時に妻は「トヨタの実名を出してほしい」と求め、奥田が「匿名でやるつもりはない」と応じた裏話が披露される。一方で奧田は遺児たちの顔出しにはこだわったと明かす。取材者と取材相手がぎりぎりまで人生を差し出し合った番組は高く評価され、トヨタからもクレームや圧力はなかったという。  組織への気遣いがない本音で語られているため、放送の歴史の記録として価値は高い。民放テレビで同種の仕事を経験した評者としては、こんな環境の制作者たちをうらやましく思ったことを告白しておく。  「沖縄 さまよう木霊〜基地反対運動の素顔~」で斉加尚代は沖縄をめぐるデマ発信に立ち向かう。フェイク情報をSNSが拡散し、テレビやラジオなどの既存メディアも共有して広げる構図。2017年初めの放送で斉加が警鐘を鳴らした基地の島での言論の危機はいまや全国に広がっている。斉加は同じ年に「教育と愛国〜教科書でいま何がおきているのか~」で教育に対する政治の介入を深掘りする。さらに5年かけて番組を映画にしたプロデューサー澤田隆治との二人三脚。2人の後半の制作史は平成から令和に至る、言論と教育に対する政治的な圧力の歴史とも重なり合う。「人間力っていう言葉は大嫌い」と口にする斉加は常套句での一括りに強く反発。「毒がある」という澤田からの評価に誇りをにじませつつ、「個でやり続ける」ことにこだわる。  MBSでこうした環境が守られてきたのは、優れた作り手一人ひとりの情熱と仕事ぶり、それぞれが響き合う化学反応、さらに全国放送でなく関西のローカル番組という幸運な条件が重なった〝奇跡〟の産物だとわかる。ネット時代に資本の論理が容赦なくジャーナリズムに押し寄せている。その過程を誰よりも熟知する斉加は、メディアも「経営トップが(数字ばかり語って)社会を語らない」と現状の変質ぶりを嘆く。批判の切先は自らの母体にも向けられる。「個」の内部的自由を死守して変化に抗ってきた制作者たちの〝孤高〟。まさに現在も進行形なのだと突きつけられ、思わずはっとさせられる。(敬称略)(みずしま・ひろあき=元日本テレビ「NNNドキュメント」専任ディレクター・ジャーナリスト・目白大学メディア学部非常勤講師)  ★おぐろ・じゅん=同志社大学大学院社会学研究科教授・社会学・ジャーナリズム。日本メディア学会理事。著書に『テレビ・ドキュメンタリーの真髄 制作者16人の証言』『検証 病める外務省不正と隠蔽の構造』『凍れる心臓』など。一九六一年生。  ★にしむら・ひでき=同志社大学ジャーナリズム・メディア・アーカイブス研究センター研究員。著書に『北朝鮮抑留第十八富士山丸事件の真相』『大阪で闘った朝鮮戦争』『朝鮮戦争に「参戦」した日本』など。一九五一年生。

書籍

書籍名 テレビ・ドキュメンタリーの孤高
ISBN13 9784409241752
ISBN10 4409241753