ミシェル・フーコーと狂気のゆくえ
中谷 陽二著
美馬 達哉
以前であれば権力の理論家、現在では真理や主体を考察する哲学者というイメージが強いフーコーであるが、その始まりは博士論文『狂気の歴史』(初版一九六一)であった。だが、それは歴史書というより、一九六〇年代に大きなうねりとなった先進諸国での若者の反体制運動の中で、精神科病院における拘禁体制や精神医療という名の人格コントロールへの批判の書として読まれた。その結果、フランスだけではなく世界的に、文学や思想を好む精神科医たちのあいだで、今に至るまでさまざまな議論(多くは反論)が引き起こされている。本書もまたそのひとつである。
前半では、『狂気の歴史』が、実証的な精神医学史からみれば、偏った主張や明らかな誤解を含むことが指摘される。だが、こうしたことは、精神医学史家によってすでに何度も言われてきたことであり、しかも「狂気」という問いに比べれば、西欧由来の精神医学の歴史はごく小さいテーマに過ぎないのだから、そう重要ではない。
本書で興味深いのは、『狂気の歴史』をめぐるフーコーとデリダの論争について、デカルトの伝記に記されている彼の夢のエピソードから解釈しなおそうとする挑戦である。論争そのものは、デカルトの一節の解釈についての議論ではあるが、こんにち的な用語で単純化していえば、『狂気の歴史』を書くことは当事者の代弁や搾取になりかねないと論難したデリダに対して、そうした批判そのものが哲学教師的な空中戦に過ぎないとフーコーは反論した、とみることができる。とはいえ、二〇年近くも二人は没交渉となっていたことも事実である。
デカルトの夢からの考察の細部は本書に委ねたい。私が面白いと思ったのは、デカルトの夢についてフーコーならどう論じたであろうか、という点だ。『狂気の歴史』以前にはビンスワンガー『夢と実存』に長大な序文を寄せ、最晩年の『性の歴史3』ではアルテミドロスの『夢を解く鍵』を丹念に読み解いたフーコーにとって、夢は一貫して重要な主題であり続けた、と言ってよいだろう。
本書では参照されていないが、フーコーの死後、デリダは「フロイトに公正であること」のなかで、狂気を語る/狂気に語らせる営みである精神分析をどう評価するかという点での分岐だったと論争を総括している。その後のフーコーの『言葉と物』や『性の歴史』でのフロイトへの冷淡さからしても、デリダの総括はおおむね正鵠を射ているといえるだろう。
もう一つの本書の優れた点は、フーコーにおける作家レーモン・ルーセルの重要性を改めて強調したことにある。豊崎光一が指摘していたように、フーコーの著作の章末に繰り返し登場するヘルダーリン、ニーチェ、アルトー、(ときにネルヴァル)という呪われた作家リストには、フーコーがまるまる一冊を捧げているルーセルの名はない。その一点だけでも、たしかにルーセルは特権的なのだ。
本書では、その意義を病跡学でいう「創造の病い」経験の共通性に求めている。だが、フーコーやルーセルを症例へと回収してしまわないために、私からは補助線を一本引いておきたい。それは、フーコーが、ルーセルと並んで、「形而上学者」ジャン=ピエール・ブリッセ、「精神的に病んだ学生」ルイス・ウルフソンを言語的手法の三幅対として高く評価している点である(フーコー「第七天使をめぐる七言」、ドゥルーズ「ルイス・ウルフソン、あるいは手法」)。ここに着目すれば、フーコーにとっての狂気は、精神医学的な疾患というより、文学というもう一つの言語と沈黙の経験の間の暗い深淵を指していたといえるのではないか。
著者は、フーコーにおける狂気の中心性を「我狂う、ゆえに我あり」と表現する。部分的には共感するものの、この言い方はあまりに精神病理学的に響く。狂気を、了解困難な過程(Prozess)ではなく、文学空間を開くと同時に閉じる手法(procédé)として捉えるなら、むしろ、私の脳内に浮かぶのは、『狂気の歴史』をはじめとしたフーコーの著作の下に「これは狂気ではない」と書きつけられているイメージである。(みま・たつや=立命館大学大学院教授・医療社会学・生命倫理学・臨床神経学)
★なかたに・ようじ=筑波大学名誉教授・精神病理学・司法精神医学。著書に『分裂病犯罪研究』『精神鑑定の事件史』など。一九四七年生。
書籍
| 書籍名 | ミシェル・フーコーと狂気のゆくえ |
| ISBN13 | 9784065415818 |
| ISBN10 | 4065415810 |
