河出書房新社の文庫
サラダ記念日
俵 万智著
俵 万智
昨年、十代二十代の人に『サラダ記念日』を読んでもらう機会があった。一九八七年出版、四十年近く前の歌集で、スマホは出てこない。ハンズやカンチューハイは今も残っているけれど、バブル景気は跡形もない。時代の隔たりは、読者と歌集との関係に、どう影響するだろうか。期待よりも不安が大きかった。けれどフタを開けてみると、拍子抜けするほど「伝わっている」というのが実感だった。自分が忘れていた恋のもどかしさや切なさ、初めての一人暮らしの感覚などに、特に多くの共感が集まった。
「時代じゃなくて、世代なんだ」と感じた。彼らにとって、これは二十代の歌集なのである。だからたとえば『プーさんの鼻』(四十代・子育てメイン)よりも身近な一冊のようだった。そして時代という意味では、むしろ「短歌」のハードルはずいぶん低くなったのだなとも感じた。
この春から河出文庫で、かつて文庫になった歌集を、新しい装幀と新しい解説付きで、順次刊行してもらっている。手に取りやすいサイズと価格は、まことにありがたい。四月に『サラダ記念日』、六月は『かぜのてのひら』、そして七月『チョコレート革命』九月『プーさんの鼻』と続く予定だ。
新旧解説の読み比べが面白い。そこには、世代よりも時代を感じる。『サラダ記念日』出版の二年後に書かれた川村二郎さんの解説は、ベストセラーを扱う難しさを冒頭に述べている。そのうえで軽やかさや若さを、祭りの縁日を歩く楽しさになぞらえながら温かく評してくれた。いっぽう、新解説は一九八九年生まれの大森静佳さんだ。彼女はまず「(作者は)ほかの誰ともちがう特別な〈自分〉、という考え方をあまり信じていない」と見抜く。これは吉本隆明さんにも指摘されたことで、今に至っても変わらない自分の本質だと思う。大森さんは歌人らしく、歌の修辞やリズムを丹念に洞察する。それらを踏まえたうえで、音韻のなめらかさと〈いま〉への肯定感を結びつけているのは、消費社会の明るい空虚さではないかと言う。「時代・作者・定型感覚の圧倒的な三位一体」とは、時代の中に歌集を置くことでこそ見える風景だろう。
『かぜのてのひら』の最初の解説は現代詩作家の荒川洋治さん。新解説は、歌人・作家のくどうれいんさんだ。荒川さんの解説を要約すると「ほんっとうに普通のことを、普通に言ってくれて嬉しい」ということになる。当時の現代詩からの見え方だろう。一方くどうさんは、ベストセラーの嵐のあとで「生活者俵万智」を確かめる軌跡として第二歌集を読みとく。写実的な歌が多い理由とその良さを発見してもらった。なるほど自分は「ふだん着」を探していたのだなと思う。『チョコレート革命』の小佐野彈さん、『プーさんの鼻』の山崎ナオコーラさんも、それぞれ新しい時代感覚で、鮮やかな新解説を書いてくれた。乞う乞うご期待である。(たわら・まち=歌人)
新刊・近刊ピックアップ
リア王 真訳シェイクスピア
シェイクスピア著
「シェイクスピアの翻訳は坪内逍遙から今日にいたるまで長い歴史がある。しかし、批評・検証の対象となることはなく、誤訳・誤読は踏襲され、反復され、累積されている」。これは、本書『リア王』の初出である単行本『真訳シェイクスピア四大悲劇』の、訳者・石井美樹子さんによる「はじめに」の書き出しです。石井さんは、シェイクスピア作品の本質を伝えたいという強い信念のもと、オックスフォード英語辞典を駆使し、一語一句の正しい意味を徹底的に検証。さらに作品の背景にある事件や世相、風俗、体制批判までを読み解いた多数の註を付記し、戯曲に込められた「真実」を現代に甦らせたと言えます。
本作『リア王』は非常に現代性が高く、家族関係、親の扶養、遺産相続、そして老いという、誰もが直面するテーマが突き詰められています。シェイクスピアが何を描きたかったのか。四〇〇年前からの声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。(石井美樹子訳)(8月6日刊行予定・990円・河出書房新社)
書籍
| 書籍名 | サラダ記念日 |
