2025/10/24号 2面

回想

著者インタビュー=森繁和著『回想』
著者インタビュー 森 繁和(元中日ドラゴンズ監督)インタビュー 『回想』(カンゼン)刊行を機に  2004年から11年まで、落合博満監督率いる中日ドラゴンズで、投手コーチ、バッテリーチーフコーチ、ヘッドコーチとして4度のリーグ優勝と1度の日本一に大きく貢献し、2017年から2年間、中日ドラゴンズの監督を務めた森繁和氏の『回想』(カンゼン)がこのたび刊行された。  本書刊行を機に森氏にインタビューを行い、本書で述べられた、今だから語れる当時のことについてのお話をうかがった。(編集部)  ――このたびは『回想』の刊行、おめでとうございます。本書は発売1週間で重版も決まり、幸先のよいスタートダッシュを切りましたね。  森 重版が決まったと連絡をもらったのが、本当に発売した直後だったから、「もう今日で?」という感じでした。落合(博満)さんとの講演会も予定していたから、それを見込んでのことかとも思ったけど、いずれにしても多くの人に買ってもらった結果だからうれしいですね。  ――では、まだ読んでいない読者向けに、本書がどういった内容か教えてもらえますか。  森 この本は、これまでトークショーや講演などで必ず質問されてきた事柄に、少し色を加えて私なりに答えた内容です。つまり、落合監督時代から14年間のドラゴンズについて、みんなが知りたかったことをまとめたものだともいえる。これまで、私たちは秘密主義で、一般の人だけでなく、マスコミに対してもあまり語ってこなかったから、当時のドラゴンズのことが気になっていた人なら、なおさら興味を持ってもらえると思います。  そもそも、なんで私たちが秘密主義を貫いていたかというと、ドラゴンズの親会社は中日新聞社だし、それ以外の中京エリアのマスコミとも関係が非常に近かった。私たちが就任する以前は、チーム関係者がマスコミ各社に何から何まで喋ってしまい、先発ピッチャーまで事前に情報が漏れてしまう状況で、それを落合さんは嫌った。だから、ユニフォームを着ている間はほとんど発信しなかったんです。  今はユニフォームを脱いでから時間が経ったので、講演会やトークショーなどで当時のことが言えるようになりました。もちろん、言えること言えないことはあるけど、私が言える範囲で一番詳しく述べた内容がこの本だということです。  ――言えること言えないことがあるいうことですが、たとえば森さんの監督2年目、2018年シーズン開幕前に松坂大輔選手を獲得した経緯が詳細に述べられていて、ここまで書いてしまっていいのかなと思いました。  森 大輔の獲得はよく聞かれる話だけど、そこまで大それた話ではありません。獲得にあたって、オーナーや球団社長にも相談して、最終的には私に一任してもらえたから、誰に気兼ねすることもない。入団テストをすると言ったものの、投げられることはわかっていたから、格好だけ投げさせただけだったけれども、獲った方がチームのためになると思ったから、獲っただけです。  入団した年、大輔は6勝してくれましたが、獲った時点では勝ち星のことはあまり計算していなくて、それよりも今いる選手の見本になってくれることを期待していました。  春のキャンプのときには大輔見たさにファンが殺到しましたが、あれだけ人を集められる大スターはこれまでのドラゴンズにはいなかった。引退間近と言われつつも、あそこまで人を惹きつけられる松坂大輔は、やっぱりスーパースターだな、と。  日本の人がイメージする野球界の絶対的スーパースターというのは、甲子園での活躍があって、そのままプロでも通用した選手じゃないでしょうか。私の中では大輔がそうだし、清原(和博)もそうでしたね。そういった選手というのはやはり他とは違う。そして、そんな大スターの一挙手一投足を見せることが、あの時のチームには必要でした。大輔入団以降、スター選手をどう扱うかという点で、球団の意識もだいぶ変わったように思います。  大輔は2019年までドラゴンズに在籍して、2021年に古巣埼玉西武ライオンズに復帰し、引退試合までできました。ただ、2018年時点でライオンズをはじめ、どこも球団事情で獲得に動いておらず、あのままではいくら松坂大輔といえども引退試合すらできない状態でした。あの時、ドラゴンズが獲得したことで、結果的に綺麗に引退させてあげられたのでよかったと思います。  ――本書を読むと、森さんがコーチとして選手をどう見てきたか、やりとりを含めて選手との関わりが見えてきます。その一方で、球団スタッフの記述も随所にあり、森さんのスタッフに対する細やかな目配りが大変印象的でした。  森 スタッフの編成は大事なんです。ピッチングコーチならピッチングを教えることはできるけど、ほかのトレーニングを逐一見ることはできません。そうなると、トレーニングコーチやトレーナーの存在が重要になる。当時は私たちの裁量でスタッフを編成することができたので、知り合いを含めて、信頼のおけるトレーニングコーチやトレーナーを集めて、適材適所に配置していました。  編成スタッフの中には、ブルペンキャッチャーやバッティングピッチャー、スコアラーなどもいて、所属している選手、あるいは他球団の選手を含めて、現役を引退したときにこういった仕事ができるかどうかを常に気にしていました。そういった人たちも少しずつ育てていましたね。本の中で触れたのだけど、スコアラーという仕事もそんなに簡単にはできるものではないんですよ。  やはり、自分がいいと思った人たちと一緒にチームを作り上げたいわけです。そうはいってもうまくいかなかった人たちもいっぱいいる。その中でも、スタッフとして結果を残していった人たちというのは、さらに上の舞台で活躍をしています。  ――本書のハイライトのひとつが、2007年の日本シリーズ第五戦の回想だと思います。日本一に王手をかけた試合で、先発の山井(大介)選手が日本ハムファイターズ相手に八回まで完全試合のピッチングを続け、九回は勝利の方程式である岩瀬(仁紀)選手が3人で抑えきって日本一を決めました。その華やかな舞台の裏で、いつまで山井投手を登板させるか、回を追うごとに決断が難しくなる状況で、バッテリーチーフコーチだった森さんの苦悩がうかがえ、当時の緊張感が伝わってきました。  森 あの試合のことは、私もそうだし、落合さんにとっても野球人生で一番印象に残っている場面で、講演会などでも必ず質問されます。最終的に誰がどういう決断を下して、ああいう結果になったのか。当時は山井を最後まで投げさせなかったことで、いろいろなところから叩かれたものですが、だいぶ時間も経ったので、こうして言えるようになりました。  試合は二回に犠牲フライで1点先制し、1―0のままゲームは進みました。そして、五回が終わったときに、山井のユニフォームに血がついていることに気がついた。マメができていたんですね。山井に「どうだ」と聞くと、「大丈夫です」と言うから続投させましたが、マメのことはキャッチャーの谷繁(元信)やロッカールームにいた岩瀬にも伝えて、岩瀬には八回から登板する可能性を含めて準備してもらっていました。  当然、落合さんにもマメのことと、岩瀬を準備させていることは報告してあったし、さすがにいつかはランナーが出るだろうと思って見ていましたが、七回が終わっても完全試合は続行、点差は1点。もう少し点が取れていれば岩瀬に変える決断がしやすかったのだけど、あの状況で変えるかどうかは、さすがに悩みました。  八回を迎えたあたりで谷繁からは「そろそろだと思います」と言われていたし、ここから岩瀬への継投が勝ちパターンだということは理解しつつも、山井は相変わらず「大丈夫です」と言うから、最後まで投げさせてあげたい気持ちもある。どう決断を下すか、答えが出ないまま監督室にいる落合さんに報告しようとしたときに、山井から直接「すみません! やっぱり岩瀬さんでお願いします!」と言ってもらえた。その言葉を聞いてほっとしたというのが本音です。そして、岩瀬に最終回のマウンドを託したわけですが、岩瀬もあの状況でよく投げてくれたし、野手もよく守ってくれました。  日本シリーズの優勝がかかった試合で、先発が投げきっての完全試合の達成というのは、この先も起こり得るかもしれないけど、二人で完全試合を成し遂げるというのは多分ないと思います。ですから、誰もできない経験をさせてもらえたという意味で、私の野球人生の中での一番の思い出です。落合さんとはいまだに、山井のあの発言が私たちを救ってくれたと話しますし、何よりあそこで山井が決断してくれたことが一番嬉しかった。  この試合の話だけで、本一冊書けるだけの内容があります。ただ、私もどこか記憶に靄がかかっているところがあり、当事者の証言をすり合わせてみたら、食い違いが出てくるかもしれない。これまでも講演会で、山井、岩瀬とそれぞれ話をしたことはあったけれども、谷繁とはなかったし、まして全員が一堂に会して、というのはやっていません。この先、実現できるかわかりませんが、できることなら、私、落合さん、山井、岩瀬、谷繁の5人であのときのことを話してみたいですね。(おわり)

書籍

書籍名 回想
ISBN13 9784862557766
ISBN10 4862557767