2026/02/20号 7面

日常の向こう側 ぼくの内側 727(横尾忠則)

日常の向こう側 ぼくの内側 727 横尾忠則 2026.2.9 〈アトリエのテーブルの上にゴリラの食べ物を徳永がどこからか持ってきて、ゴリラにあげて下さいとモサモサした干草のようなものを積み上げている〉という夢を見る。  AIによってイラストレーターやテレビ関係の音楽家の失職が後を絶たないそうだ。企業がクリエイターを必要としなくなって独自でできるというのだ。  おでんが3日振りで退院。ぼくが帰宅してもいつものお迎えを忘れないで、妻と一緒に玄関に走ってくる。 2026.2.10 岡部印刷の牧島くんが滝沢さんの肖像画の版画ポスターの校正刷りを持参。まるで油彩画のよう。牧島くんはいつも来る度に野菜を持ってきてくれるが今日は手ぶらで妻がっかりする。  糸井重里さんが「ほぼ日マンガ部」設立のポスターについてSNSでコメントを流したいと、2人で語り合う。糸井さんは話し上手だけれどそれ以上に聞き上手だ。ぼくは人の話からヒントを得て作品を作る。それを「話食い」と呼ぶ。  おでんが腹ペコらしく、ゴミ箱に捨てた缶詰の空き缶を引っぱり出して、そこら中ゴミを散乱させる。  新潮新書の『運命まかせ』が出来たと蔦岡さんが持参。「週刊新潮」連載エッセイを再編集したものだ。夜中についつい読み出して、ほぼ読了。 2026.2.11 雨。今日は何の日か知らないけれど祭日だ。こういう日は退屈なので、保坂和志さんを誘う。彼とはペンパルでいつも一度に三枚の半野良のリンちゃんを撮った写真をポストカードにして送ってくれる。保坂さんはありとあらゆる文学賞を獲っているのに、地味な存在だ。保坂さんほども実力のない作家でもやたらとメディアに出ているが、保坂さんはもっと出てもいいのに、と言うと、そんな要求はないし、来ても断るらしい。地味だけど、こーいう人が友人であるというのも自慢のタネだ。  暗くなって一緒に帰るが、彼はスタスタ、こっちはノロノロ息切れ状態。  昨日のおでんはご飯の要求がうるさかったが今日は人が変ったようにグッタリしている。 2026.2.12 おでんの点滴の跡が大きい傷口になって見るも無残。徳永に早速病院に連れていってもらう。早急に処置は終ったようだけれど傷が大きく炎症をおこして皮膚のダメージがかなりあるそうだ。レーザーをあてて雑菌の繁殖を抑えるが、かなり大変らしい。  GUCCIで一緒に仕事をした桜井さん、芹沢さん来訪。新プロジェクトの計画などについて。  同級生の悦ちゃんから、仲間の2人が入退院を繰り返しているとか。まあ全員90歳だからねえ。 2026.2.13 都現美の藤井さんお土産沢山持参で来訪。特別の用のない来客は大歓迎。  おでん不在のわが家は活気不在。大きいダメージを受けたおでんが心配だけれど、心配してもどうにもならない。先生と天におまかせするしかない。  昨日も誰からか、今日は徳永がバレンタインデーのプレゼント。 2026.2.14 今日が本命のバレンタインチョコレートが届く。  どういうわけか(理由はあるのだが)、1ミリ動くだけで激しく動悸が打つ。そんな中で1点完成させる。 2026.2.15 桜が咲いてもおかしくない暖冬。やっぱり気温が高いと息切れ、動悸もそれほど気にならない。  ドラクロワシリーズの9点目になる。どんな風に結末を迎えるのかさっぱりわからない。何かのために描いているわけではないので、期待も何もない。妻が毎日のご飯を作ってくれるように、料理を作るように、湯タンポと風呂を沸かすように、描くだけだ。何も考えないで。(よこお・ただのり=美術家)