2026/06/05号 5面

モモ

〈書評キャンパス〉ミヒャエル・エンデ『モモ』(篠田朱里)
書評キャンパス ミヒャエル・エンデ『モモ』 篠田 朱里  時間とは何か。人間は時間の中に生きているが、時間というもの自体が何かを本当には知らない。人間が生まれる前から続いているもので、神としてあがめられたり、決まりとして定められたりする。一定に流れているのかといわれると、人によって違うこともある。そもそも、流れるようなものなのだろうか。認識できない。でも、誰もが存在を否定しない。時間というものはあるのだと。  本作の作者ミヒャエル・エンデは、世界大恐慌の年に生まれ、青春時代を第二次世界大戦の中で過ごした。大戦の最中に彼が見たもの、経験したこと、祈りがこの作品には込められている。  「モモ」という名前の女の子は、とても綺麗とは言えない格好で廃墟となった小さな円形劇場に施設から逃げてきた。円形劇場の近所に暮らす人たちも裕福とは言えない暮らしをしていたが、モモと話し合い、その円形劇場で暮らしていけるように手伝ってくれた。モモは、とても聞き上手な子であった。どんな人の話も、犬や猫、虫たちや雨風にまで、口を挟まず、じっと目を見て耳を澄ましている。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、とても幸せな気持ちになった。  しかし、ある時からモモの元に町の人たちの足が遠のき出す。代わりに高価なおもちゃを持ち、誰かと遊ぶことを知らない子どもたちがどんどんモモの住む円形劇場に集まり始めた。何かがおかしいと気がついたときには、時間泥棒たちが、何十、何百億という想像もつかぬ多大な数字を使い町の人たちを翻弄していた。人々の生活を数字に変換し、生きる時間の中に無駄があると宣うのだった。  世界は昨日よりも少し変化したが、何が変わったのか気がつかない、そんな日々が続く。良いことも悪いことも、心身ともに余裕がある状態でなければ気づくことができないからだ。焦りと不安が世界を蝕む。余裕のない世界で、誰もが誰かの話を聞くことができない。モモは自ら町の人たちの元へ話を聞きに行くことを決意する。そんなモモ自身にも、時間泥棒たちが近づいてきていた――。  大切なもの、大切な人、大事にしていること、それに対して人生を費やして何が悪いのか。我々が生きているこの世界では、各地で不安を煽るようなことがおき、自分では処理できないほど、情報や感情などが溢れかえっている。その処理に追われ、目の前にいる人や物事が見えなくなってしまうこともある。SNSを通して見た知らない人の人生を知った途端、自分の人生や自分自身を卑下してしまう人もいる。自らの人生を、時間をどう使おうと、その経験はその人自身しか得ることのできなかったもので、誰かに「人生の損失だ」と評価されたり、「無駄だ」と口を出されたりするようなものではない。タイパばかりで人生を計るのは勿体無い。時間泥棒たちが知らぬ間に真横に立っているのではないかと感じてしまう。(大島かおり 訳)  ★しのだ・あかり=神戸海星女子学院大学心理こども学科3年。心理や宗教など、見えないけど人を支えているものに興味が向きやすいです。最近着物の着付けを習い始めました。

書籍

書籍名 モモ
ISBN13 9784001141276
ISBN10 4001141272