2026/01/16号 6面

歴史修正ミュージアム

歴史修正ミュージアム 小森 真樹著 村田 麻里子  ミュージアムは、公的(パブリック)な組織として中立であるべきだ――こうした感覚は、とりわけ日本では強いが、おそらくグローバルなミュージアム像としても一般的なものだろう。しかし、歴史(アメリカ史)を専門とする著者に言わせれば、そもそも描かれてきた歴史が中立だったことは一度もなく、したがって公的な組織であるミュージアムがこれまで歴史や史実として紡いできたものもまた、きわめて権力寄りの言説に裏打ちされたものだった。だからこそ、昨今の欧米各地のミュージアムにみられる展示内容の「歴史修正」は、これまでの植民地主義的で白人男性中心主義的な歴史を、ここにきて自省し、より多様な人々のものとして描きなおそうとする意志に他ならない――「歴史修正」という言葉が持つコノテーションを転倒させた本書のタイトルには、著者のこのような主張が込められている。  もちろん、ここで意識されているのは、従来の意味での歴史修正主義への対抗と、昨今の政治的・社会的分断を煽るような風潮への異議申し立てである。トランプ政権がスミソニアン協会に対して、協会が運営する国立博物館群の展示内容の見直しを行う旨の書簡を送りつけたのは、2025年8月のことだ。その目的は、スミソニアンの「分断を招くような党派的な言説を排除し、私たちが共有する文化機関への信頼を回復する」ことにあるという。そのうえで、ホワイトハウスのウェブページでは、スミソニアンが「白人と白人性を優遇する社会」の現状について教育するために「過激なウォーク(woke)の活動家」のコンテンツを紹介したり、「女性になりすました生物学的男性」をも女性として扱ったり、移民が「南部国境を違法に越境する行為を祝うアート作品」を展示したりしているとして、具体的な展示内容を列挙している。  本書が支持しつつ取り上げるのは、まさにここでトランプ政権が標的とするような、過去を脱植民地化したり、不可視化されてきた人々の物語を掬い上げたりする取り組みである。実は、ミュージアムが自らの植民地主義や白人男性中心主義を俎上に載せ、それらを積極的に「歴史修正」していく必要性を認識するようになったのは、ここ十数年ほどのことである。具体的な実践は続々と増えており、ミュージアムはいま変革のさなかにある。  本書が取り上げる事例も、すべてこの新しい取り組みであり、それらは大きく「国の歴史」、「人種差別の歴史」、「性の規範」、「階級」の修正と、その枠からはみ出る「みんなで」の修正として整理されている(本書のもとになっているのは、著者がアメリカとイギリスを中心に旅をしながら書きつづった連載である)。取り上げられているのは、たとえばフィラデルフィア美術館、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー、マンチェスター博物館などをはじめとする中規模以上の伝統館と、それとは対象的な、小さな運動系のミュージアム、アーカイブ、移動式や仮設の展示などである。おそらく、ラディカルに「歴史修正」が可能なのは、このように厚みのあるコレクションを再定義する余力と予算がある館か、より身軽で小回りの利く組織で、かつ都市部の施設なのだろう。  たとえば既存のコレクションの配置や解説キャプションを変えるだけで、館の「名品」が、それまでとは異なる物語を語りだす。地元のコミュニティを招いて共に展示をつくったり、館内のメインキャプションにツッコミ解説を入れる仕掛けがあったり、返還された標本の「不在」が展示されていたりと、「歴史修正」のために編み出される技法は創意工夫に満ちている。本書は、このような展示や取り組みを丹念に追い、そこからミュージアム側が込めた意図を読み解いていく。辛抱強く展示の輪郭を描き出し、その声を聴く様子から、ミュージアムという空間が、そして展示という媒体が、まさにメッセージが書き込まれ、読み解かれるメディアであることを、再確認させてくれる。  一方で、実際にこれらの展示をどのように解釈するかは当然それぞれの来館者に委ねられている。同じ展示をみて、先に見たホワイトハウスのように解釈することも可能なのだ。だからこそ、この本自体も、館の選定も、その分析も、当然ながら中立たりえない。むしろ一連の記述でミュージアムの活動をエンパワーし、私たちがこうした取り組みに意識を向けることを促す、静かなアクティヴィズムでもあるのだ。  それにしても、ミュージアムが抑圧された声を拾い、多様な人々を包摂することを目指すのだとすれば、スミソニアンは、その方向性を否定するホワイトハウスやそれに賛同する人々をどのように包摂できるのだろうか。この試練に打ち勝つことを、ミュージアム界全体が見守り、応援している。本書もそんな一冊だ。(むらた・まりこ=関西大学社会学部教授・メディア論・ミュージアム研究)  ★こもり・まさき=武蔵大学人文学部教授・アメリカ文化研究およびミュージアム研究。美術・映画批評の執筆や、雑誌、展覧会、オルタナティブスペースの企画にも携わる。著書に『楽しい政治 「つくられた歴史」と「つくる現場」から現代を知る』など。一九八二年生。

書籍

書籍名 歴史修正ミュージアム
ISBN13 9784778340681
ISBN10 477834068X