2026/03/20号 3面

「水平社宣言」とその時代

「水平社宣言」とその時代 友常 勉著 高澤 秀次  高度経済成長期以前、日本全国に遍在した「部落」は、主に都市部の周縁地域に長屋や社宅、団地などから隔絶した行政・自治単位としてあった。  さらなる辺界には、過疎の山間部落もあれば、離島の島部落もあった。最後に残った部落社会はおそらく沖縄で、一九七二年の本土復帰以降もその微細なネットワーク(戦時期の集団自決に帰結した閉鎖性にも繫がる)は、例えば道路一本隔てると土俗のウチナーグチ(沖縄言葉)のイントネーションが異なるといった局所的な差異を保っていた。  一九五〇年代に同名小説が社会的スキャンダルになり、人権上廃語となった特殊部落は、日本的部落社会のマイナーな特異点(被差別部落)として歴史的に差別化されたのである。  本書でも言及されているように、一九二二年(大正十一)の「水平社宣言」と同時に起草された「綱領」の冒頭には、「特殊部落民は部落民自身の行動によつて絶對の解放を期す」とある。  同時に全国水平社大会「決議」文には、「吾々ニ對シ穢多及ヒ特殊部落民等ノ言行ニヨツテ侮辱ノ意志ヲ表示シタル時ハ徹底的糾弾ヲ為ス」と明記されている。  因みに水平社および、その直系に当たる部落解放同盟は、一貫して「穢多」系の被差別部落民のための解放運動組織であって、同じく有徴性を印し付けられながら、特定エリアに囲い込まれるのではなく、混住のため組織化が困難だった条件も加わり、「非人」系の被差別民に直接手を差しのべたことはない。  近代以前江戸期の東日本・関八州で、浅草弾左衛門によって制度的に束ねられた「穢多」と、車善七が率いる「非人」集団の間で、職業的利権をめぐる二度にわたる壮絶なバトルがあり、いずれもお上の裁きで前者が勝利したことは、塩見鮮一郎の歴史小説『車善七』が明らかにしている。  さて、日本思想史および、戦後の部落解放運動史を中心とした地域研究を専門とする友常勉による本書は、解放運動の歴史的現在に至る通史ではなく、全国水平社創立大会に遡行し、「宣言」の思想的強度(「近代日本思想史上のひとつの達成点」)、さらにその可能性の中心に迫る渾身の一書だ。  導きの糸として、明治期に遡る部落差別の背景をなす「新平民」誕生に伴う様々な社会的バイアス、新天地への移民にもつきまとう差別(島崎藤村『破戒』の再―解読)、さらにはレイシズムとジェンダーの視点も参照される。  とりわけ「はじめに」で予告される、「水平社宣言」が「ホモ・ソーシャルな性差別主義を伴っている」ことへの深掘りは、単なる運動史のアキレス腱を指摘するだけにとどまらぬ、問題系の深化による思想史的補強の意志に貫かれている。  これまで初期水平社の活動に関して、ともすればリーダー西光万吉の個性に還元されがちだった考察を、膠製造業という運動組織立ちあげの経済的基盤ともなった部落産業の担い手・阪本清一郎(彼は水平社の名前の由来、イギリス清教徒革命時の急進派Levellersの訳語の発案者であったとも言われる)とその妻の「阪本数枝日記」にまで射程を伸ばす。  圧巻はホモ・ソーシャルな組織に特有の「女性問題」を、暴き立てるのではなく、それを抱え込みつつ、多重に疎外された女性の言葉を、解放運動に接続した阪本数枝という存在の掘り起こしである。  第七章「ジェンダーとサバルタン」は、したがってご都合主義的なポストモダン思想の導入などではない。  そこでは、「日記」に即して具体的に、阪本数枝の「家業の膠業にかかわる心理的緊張」から、「近代家族の〈妻〉としての主体形成」、そして「清一郎の女性関係に端を発し「家出」を決意するまでの心理的抗争」までもが炙り出される。  これに続けて著者は、大阪の堺市の部落に生まれ、十歳から労働に従事してきた阪本ニシ子の『私の生きざまと詩』を取り上げ、そこに記された「文字と声」から、「部落のサバルタン女性たちの自己表象」の痕跡を、もう一つの水平社運動史の地平に呼び戻すのである。  それは、水平社運動が有する「文化運動というひとつの水脈」に注目し、藤村のみならず、阪田三𠮷や桂春団治をも焦点化する著者の脱ホモ・ソーシャルな反差別と解放への欲望に裏打ちされている。(たかざわ・しゅうじ=文芸評論家)  ★ともつね・つとむ=東京外国語大学大学院教授・日本思想史・地域研究。著書に『夢と爆弾』など。一九六四年生。

書籍

書籍名 「水平社宣言」とその時代
ISBN13 9784867840115
ISBN10 4867840114