天皇五代と戦争
保阪 正康著
河西 秀哉
戦争、そして天皇の問題をこれまで深く検討してきた著者・保阪正康氏の、集大成とも言える本である。しかも、本書はコンパクトに、保阪氏の思考のエッセンスをわかりやすい文章によって味わうことができる。本書で提示される保阪氏の視点は、近現代天皇のそれぞれの意思、あるいは感性である。保阪氏によれば、いずれの天皇も心中では戦争を極端に恐れていた。本書は近現代の五人の天皇をめぐって、戦争との関わりが論じられている。各種の史料や証言を通じて、天皇側から日本の近現代を描き出している。
最初の明治天皇は、近代国家としての日本の形成期の天皇である。軍事的にも体制が構築されていくなかで、日本は初の対外戦争である日清戦争とその一〇年後に日露戦争を起こす。よく知られた話ではあるが、明治天皇はその二つの戦争に必ずしも積極的ではなかった。その状況を、本書は史料を提示しながら克明に描き出している。
さらに次の大正天皇は、在位中に第一次世界大戦が勃発する。本書が興味深いのは、その前後の大正天皇の漢詩を分析している点である。それを読むと、天皇が戦争を恐れるものもあれば、勇ましく日本軍の勝利を祝うものもある。後者について保阪氏は、大正天皇が天皇と嘉仁個人を一体化させようと努力していたことが表れたものと評価する。嘉仁個人としては戦争を恐れつつ、しかし大元帥である天皇という存在になれば戦勝を祝う。本書は、ここに天皇制の持つ意味合いを見出すのである。
昭和天皇と戦争の関わりは、保阪氏のこれまでの研究の最も重要な部分とも言えるだろうか。本書でも一番記述の量が多い。次第に戦争へと向かっていく日本。保阪氏は本書で、そのターニングポイントと評価できる事実を丹念に論じている。さらに、中国を侵略していくなかで、次第に一般国民がそれに熱狂していく様子も描く。国民の側が軍部の謀略や暴力、侵略と一体化していくこと、そしてその一体化していく根拠に天皇があることを指摘する。天皇が認めた軍部の方針だからこそ、国民はその動きを追認していく。天皇はその意味で、国民を引っぱる役割を果たしているのである。これを保阪氏は、天皇制が持っているある種の怖さと表現する。天皇制が歯止めになるのではなく、侵略のエンジンになった。つまり、裕仁個人がどう思っていたとしても、天皇の名の下に戦争が遂行されてしまうのである。さらに、昭和天皇は教育を通じて、人工的に「昭和天皇=裕仁個人」として作られた存在であった。敗戦後、それは無くなるものの、天皇は最後の最後まで裕仁個人にはなれなかった。晩年も戦争に対する葛藤を抱えるとともに、天皇制の矛盾とともにあったのである。
平成の天皇に関する部分では、本書の副題ともなっている「平成の天皇皇后は皇居で何を語ったか」が記述の大半を占めている。半藤一利氏と保阪氏が平成の天皇皇后と会い、そこでどのような会話を交わしたのか。そこからは、平成の天皇皇后が戦争に対してどう向き合い、何を考えていたのかが明らかとなる。さらに、平成の天皇が発した「おことば」を読み解き、そこに非軍事、戦後民主主義体制下の天皇像を見出す。平成の天皇皇后と直接に交流があった保阪氏ならではの分析が光る章である。
そして現在の令和の天皇である。平成の天皇のあり方を継承したことが本書でも言及されている。この部分は、今後の展開によってさらに記述が充実化していくところであろう。それは保阪氏より後の世代の私たちに課せられた課題なのかもしれない。
本書は、戦後八一年を迎えようとしている今日、天皇の側から戦争を考えるために読み継がれる一書であると思う。(かわにし・ひでや=名古屋大学教授・日本近現代史)
★ほさか・まさやす=ノンフィクション作家。著書に『東條英機と天皇の時代』『昭和陸軍の研究 上・下』『あの戦争は何だったのか』『日本の現在地から読み解く「太平洋戦争」』など。
書籍
| 書籍名 | 天皇五代と戦争 |
| ISBN13 | 9784022521446 |
| ISBN10 | 4022521449 |
