綾辻行人著『人形館の殺人』 木澤 佐登志  中学生のとき、兄の部屋の本棚から借りパクした1冊。冷水のシャワーを浴びながら読了後の余韻を反芻していた記憶が今も蘇る。というのも、当時の私はミステリ小説をほとんど読んだことがなく(もちろんクリスティの某作も存在すら知らなかった)、綾辻行人もたしか『時計館の殺人』(当然この本も兄の本棚から借りパクしたもの)しかそれまで読んだことがなかった。つまり、(以下ネタバレ)私はこの『人形館の殺人』によって、叙述ミステリとサイコミステリという二つの洗礼を一度に受けることになったのである。  本書は館シリーズの中でも賛否分かれる作品だが、何も知らないウブな中学生に与えた衝撃は計り知れない。私は、語り手の叙述をすべて真実だと素朴に「信頼」していた(それくらいウブであったということだ)。言い換えれば、この『人形館の殺人』によって私は「信頼できない語り手」に初めて出会い、世界をものの見事にひっくり返されたわけだ。(きざわ・さとし=文筆家)