2025/12/19号 9面

演劇

演劇 高橋 宏幸  映画『国宝』のヒットは、おそらく来年あたりに歌舞伎の関連書籍が増えるのではないか。その『国宝』つながりではないが、岡﨑成美『戦下の歌舞伎巡業記』(河出書房新社)は、読みものとしてはもちろん、資料としても貴重だ。戦時期の演劇やダンスに関しての研究は、すでにある程度蓄積があり出版もされている。戦時期の作家をモチーフにした舞台も、美術の藤田嗣治が主だが、何作も上演されている。では、歌舞伎はどうか。著者の祖父である歌舞伎の台本作家の戦時期から戦後までの日記を編集しつつ、補いつつ書かれる本書は、単に公演だけにとどまらず、生活の細部にまでおよぶ。さらなる研究が行われるための礎であり、それこそいずれ物語化される素材となるのではないか。  ここ数年、富山県利賀村を拠点にSCOTという劇団を率いて、スズキ・メソッドという俳優の身体訓練法をつくり、実験演劇の雄として演劇史に名を刻む鈴木忠志関連の書籍が目につく。今年はさらに多い。日経新聞の連載と発表されたエッセイを合わせた鈴木忠志著『初心生涯 私の履歴書』(白水社)。1960年代以来、演劇論、文化論を発表し続ける著者の論理だって書かれる文体は健在だ。成田龍一・本橋哲也編『鈴木忠志が語る/鈴木忠志を語る』(読書人)は、本人の対談やインタビューだけではなく、鈴木演劇についての識者が論じる多面的なものだ。また、近年出版された鈴木忠志論の成果をふまえた、本橋哲也『鈴木忠志の演劇 騙る身体と利賀の思想』(月曜社)もある。  研究書としては、西尾宇宏『クライストと公共圏の時代 世論・革命・デモクラシー』(人文書院)は、政治的なるものの中で戯曲を書いたクライストについて論じる。日本の演劇の参照枠として、ドイツの公共という理念は今も響いている。しかし、そのドイツの公共なるものは、イスラエルの蛮行に対して何を言える/たのか。「公共の弁証法」としてアップデートが必要ではないかと思うとき、本書は単にクライストの時代だけでなく、透かして現代を考えさせる。平田栄一朗・ 北川千香子・針貝真理子 編著『演劇と民主主義 演劇学と政治学のインタラクティブ』(三元社)も、多くのドイツ演劇の研究者と政治学者が著者となり、演劇の政治性の中にある民主主義なるものとの架け橋を考える。李應壽『日韓演劇の比較文化史』(晃洋書房)は、日本の芸能の始原である伎楽や獅子舞をはじめ、日本と韓国の近代演劇など幅広いが、そのひとつひとつの扱いは丁寧だ。たとえば、いっとき朝鮮にいた村山知義については、新資料を含み、今までの説も踏まえて論じられる。  最後に戯曲について。亡くなってもその存在感を示すのが、マルセ太郎『イカイノ物語 マルセ太郎傑作喜劇選』(あけび書房)だ。「スクリーンのない映画館」などの芸で知られた著者は、晩年に長編の物語戯曲も書いている。村田真一編訳『ウクライナ戯曲集』(国書刊行会)。皮肉にもロシアのウクライナ侵攻によって、ウクライナ演劇の輪郭が際立つことになった。今後は、国際的な演劇シーンにもウクライナ演劇は強く出てくるだろう。本書はその端緒として、モダニズム期のウクライナ戯曲を取り上げた。(たかはし・ひろゆき=演劇評論家)