2026/01/23号 7面

登山家 田部井淳子の物語

安田アニータ文・清水裕子絵『登山家 田部井淳子の物語』を読む(柏澄子)
『登山家 田部井淳子の物語』を読む 安田 アニータ文・清水 裕子絵 柏 澄子  これまで何冊の、田部井淳子さんに関する書籍を読んだのだろうか。生前は色んな場面をご一緒して、私自身が田部井さんを書くこともあった。それは亡くなったあとにも続き、何度も何度も田部井さんを見つめ、書いた。だから、私の仕事部屋には「田部井淳子の箱」がある。箱の中には、田部井さんの自著はもちろん、雑誌や新聞の切り抜き、夫である政伸さんの書籍、田部井さんのことを書いた書籍、息子の進也さんが引き継ぎ取り組む「東北の高校生の富士登山」の報告書や、彼女のお別れ会で、私たち実行委員会が配布した『山を愛し続けた田部井淳子さん、77年の生涯』という冊子もある。田部井さんが講師を務めたテレビ番組のテキストや、ムック本もあり、田部井さんに関するあらゆる資料が詰まった箱だ。そんな「田部井淳子の箱」に、この一冊が加わった。絵本『世界ではじめてエベレストの頂点に立った女性 登山家 田部井淳子の物語』だ。  『田部井淳子の物語』は、力強く独特の色使いの絵がまず目に飛び込んでくる。躍動感のある画風は、どんなときにも明るく朗らかで、前を向いて生きてきた田部井さんそのものだ。なかでも印象的な絵がいくつかある。ひとつ目は、田部井さんが山の服を着て背負子を背負い、仲間と一緒に空を飛んでいる絵だ。振り返りながら手を振る先には、政伸さんと長女の教子さんがいる。田部井さん達の先頭にはジェット機が飛んでいて、ネパールの景色に向かっている。エベレストに旅立ったときのことだ。たくさんの苦労があったろうに、軽やかに飛んでいる。  次は、エベレストのクンブ・アイスフォールを登っている絵だ。雪山は白一色で描かれていて、眩しいほどだ。エベレストの最終キャンプの絵は、ヒマラヤが紺碧に沈む夜のシーンだ。このヒマラヤ独特の蒼さを、はたして描き手の清水裕子さんは実際に見たことがあるのだろうか。もっと驚いたのは、その次のページ。頂上に向かって登っている田部井さんとアンツェリンだ。田部井さんが先頭に立ちロープを引いているのだが、これはクライマーでなければ知らない構図のように思う。仲間がロープを伸ばすのをビレイ(確保)するとき、仲間の足と手と体は、こんな風に目に映る。仲間の息遣いや緊張感が自分にも伝わってくるときであり、絵本からは読者にも伝わってきた。  こんな風に物語は進んでいくので、最後がどんな風に終わるのかドキドキした。それは読んだときのお楽しみとしてここには書かないが、温かな絵だった。  これまで、絵本は絵が主人公なのかと誤解していた。『田部井淳子の物語』は文章があり絵があり、双方のリズム感がうまく合わさり、大きなうねりを起こすような元気な絵本だった。日本に暮らした経験のある、カナダ人の安田アニータさんが書く力強い文章と、清水さんの躍動感ある絵が、ひとつのハーモニーを奏でていた。五感を使って田部井さんの人生を味わい読む、楽しい絵本だった。(おおつかのりこ訳)(かしわ・すみこ=ライター・登山ガイド)

書籍

書籍名 登山家 田部井淳子の物語
ISBN13 9784867060605
ISBN10 4867060607