- ジャンル:政治・法律・社会
- 著者/編者: 長村裕佳子、蘭信三、グスターボ・メイレレス
- 評者: 中山大将
移動の歴史と日系ルーツ
長村 裕佳子/グスターボ・メイレレス/蘭 信三編著
中山 大将
本書は、JICA緒方貞子平和開発研究所の共同研究を基にしており、一五〇年以上におよぶ日系人の「往還」の歴史的経験を多地域的かつ多世代的に描き出すことに成功している。
「はじめに」と序章「移動する日系人のネットワーク、アイデンティティを探求して」(ともに長村裕佳子)では、本書の概観と目的が提示される。明治以降、日本から南米への海外移住が行なわれるが、一九九〇年代からは日本は南米出身の日系人を労働力などの形で受け入れるようになる。「出稼ぎ」から「デカセギ」へ、「日系人」から「ニッケイ」への転換である。本書の特徴のひとつは、これまであまり関心が向けられてこなかった戦後日本からの南米移住や、「ニッケイ」の南米への「帰国」や次世代の日本への再移住にも目を向けていることである。
第Ⅰ部「戦後海外移住という経験」の第一章「戦後日伯交流と海外移住家族会連合会」(長尾直洋)では、移住者の留守家族の組織化が論じられ、戦後ブラジル移住についても郷里親族との絶縁が前提ではなかったことが明らかにされる。第二章「海外引揚げから戦後ブラジル移民へ」(蘭信三)では満洲引揚者などが戦後海外移住に身を投じる過程が論じられ、移民送出の構造的要因が戦後においても残置されていたことが示される。第三章「ブラジルで「花嫁移民」として生きる経験」(中澤英利子)では、単身で海外移住した男性たちと婚姻するため渡伯した女性たちの動機を聞取調査などを基に明らかにしている。補章「アクターとしてのJICA」(長村)では、JICAと海外移民事業のかかわりが解説されている。
第Ⅱ部「日系人の「帰還」経験と南米日系社会」の第四章「「日本とブラジルを生きる」というリアリティー」(中澤)では、日本への「デカセギ」経験のある日系二世の子ども世代である日系三世の「デカセギ」現象に着目し、多世代的反復移動である「往還」の動機を明らかにする。第五章「「帰還」経験とコミュニティ」(長村)では、ブラジル南部を事例に日本への「帰還」経験が日系アイデンティティに与える影響や日系コミュニティの維持のための活動を論じる。第六章「文化装置としての「往来する日本語教師」(小波津ホセ)では、日本語を母語としない日系人日本語教師の需要と供給の実態が明らかにされている。コラム①「ブラジル人帰国者の労働市場への再編入」(ウラノ・エジソン・ヨシアキ)では「デカセギ」から帰国した人々の母国での就労状況が、コラム②「中南米日系人の多様性」(渡邉萌捺)では研究の少ないボリビア日系人の状況が紹介されている。
第Ⅲ部「日系人のグローバルなモビリティと記憶の継承」の第七章「越境的モビリティと移民史の継承」(藤浪海)では、ペルー出身沖縄系三世のライフ・ヒストリーの事例研究が示され、第八章「「沖縄戦の記憶」のトランスナショナルな継承実践」(山里絹子)では、沖縄戦がハワイでどのように語られているかを沖縄系住民の視点から検証する。第九章「日系人移住地における越境経験」(半澤典子)では、ブラジルのトメアスー移住地を事例に「往還」の歴史が示される。コラム③「国境を越える社会保障」(グスターボ・メイレレス)では、「デカセギ」の社会保障改善のために締結された「日伯社会保障協定」について紹介されている。
第Ⅳ部「トランスナショナル・ネットワークの形成」の第十章「母県と移住先間のネットワーク形成」(長尾)では海外移住が低調だった石川県を事例に地域・家族の組織の実態を検証している。第十一章「在伯沖縄系人組織の現状から「世界のウチナーンチュ大会」を考える」(メイレレス)では、沖縄系人たちが独特の在外同胞団体を形成する過程を論じている。第十二章「移民の中の〝沖縄〟を問う」(野入直美)では、アンケート調査を基に沖縄移民の自己認識のありようを検証している。「おわりに」(編者一同)では、本書の成果と課題がまとめられている。
本書の特徴のひとつは「棄民」とも評される海外移住に主体性を見出そうとしている点である。しかし、各章が自戒しているように現在は「成功者」の語りが現れやすい時代状況にあり、「移民」をめぐる〈構化か主体か〉という問題を本書は投げかける。また、日系ルーツへの関心は個々人の「居場所」探しの選択肢のひとつであることも本書から見て取れる。これらの点も含め、本書は頭の中のまだ見ぬ扉を次々に開いてくれる一書である。(なかやま・たいしょう=北海道大学大学院経済学研究院准教授・地域経済史)
★ながむら・ゆかこ=ノートルダム清心女子大学講師・歴史社会学・日本人移民史。論文に「移住地をつなぐ記憶の共有と再構築」など。
★グスターボ・メイレレス=上智大学助教・国際社会学・移民研究。論文に「ディアスポラ政策と在外ブラジル人」など。
★あららぎ・しんぞう=上智大学名誉教授・国際日本文化研究センター 客員教授・社会学・引揚者の国際比較研究。著書に『「満州移民」の歴史社会学』など。
書籍
| 書籍名 | 移動の歴史と日系ルーツ |
| ISBN13 | 9784835088457 |
| ISBN10 | 483508845X |
