2026/03/20号 1面

沖縄 対話の記録 台湾有事を起こさせないために

対談=岡本 厚・与那覇 恵子<沖縄で語る戦争と平和の意味>『沖縄 対話の記録 台湾有事を起こさせないために』(地平社)刊行を機に
対談=岡本 厚・与那覇 恵子 <沖縄で語る戦争と平和の意味> 『沖縄 対話の記録 台湾有事を起こさせないために』(地平社)刊行を機に  岡本厚・谷山博史編著『沖縄 対話の記録 台湾有事を起こさせないために』が地平社より刊行された。二〇二二年一〇月から約一年半にわたり沖縄を舞台にして行われた「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」における連続シンポジウムの模様を克明に記録した一冊である。  本書刊行を機に、共に沖縄対話プロジェクトの共同代表を務めた岡本氏、与那覇恵子氏に本書をめぐって対談いただいた。(編集部)  岡本 「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」は、沖縄・東京・台北の一一人の呼びかけで、沖縄を舞台にして台湾や大陸(中国)から識者を招き、沖縄の識者と対話をするプロジェクトでした。二〇二二年一〇月から二四年二月まで、ほぼ一年半行い、私も与那覇さんも共同代表でした。プロジェクトを進める中で気づかされたのは、台湾の人は沖縄のこと、たとえば沖縄戦のことや米軍基地のことをあまり知らないし、逆に沖縄――というより、日本人全体にいえることですが――の人は、台湾や中国大陸の歴史及び中台関係のことをほとんど知らないということでした。  第一回と第二回のシンポジウムには台湾の様々な考え方の方たちを招いたのですが、沖縄に来て、沖縄戦の凄惨な実態や広大な米軍基地や基地あるがゆえの問題を目の当たりにし、非常に驚いていました。私たちも、一九四七年の台湾で起きた「二・二八事件」や中台関係のキーワードともいえる「九二年コンセンサス」(九二共識)についてどれだけ知っていたでしょうか。現在、沖縄―台湾間ではものすごい数の観光客が行き交っているにもかかわらず、です。このプロジェクトは、そういった基本的なことをお互いに学び合う機会になりました。  与那覇 私も同感です。その上で、私はこのプロジェクトのキーワードがディベートではなく「対話」であったということがとても良かったと思っています。私はディベートを大学でも教えていたのですが、 ディベートだと、異なる対立した意見をお互いに主張しあい、最終的にどちらの意見がより説得力があったか、第三者から判定されるもので、どちらも最後まで譲らないわけです。ところが「対話」の場合は、話し合いを通じて最終的に共通点、一致点を見出すことが目的となります。お互いに理解し合うところから始まるので、そこがディベートとは全く違いました。  岡本 まさにこのプロジェクトの発端が、私たちと見解の異なる人たち、あるいは理解できないと思っている人たちとどう対話をするかでした。対話を通してどこまで相手を理解できるかはわからないけれど、少なくとも相手を理解しようとし、相手にも理解してほしいと考える。そして共通点を見つけようと努力する。それが対話の基本姿勢です。  初めは理解できないだろうと思っていた相手と対話をしてみると、案外、彼らが何を考えているかがわかったりするのです。逆に対話ができないと、相手を過度に怖れることになるし、それはやがて排外主義的なものにつながってしまう。  それは国と国の関係である外交の場でも同じではないでしょうか。たとえば朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)。日本人を拉致したり核開発を進めている怖い国だと距離を取っていれば、ますます相手は不気味に、恐ろしく見えてくる。対話(外交)をしてみれば、なぜ核開発しているのか、その理屈は分かるでしょう。それは容認するということではないですよ。相手が理解できれば、どうお互い安心して共存できるかという話にもつながりうるのです。あるいは中国。中国は朝鮮と違い日本と国交もあり、経済も密接で、国民同士の往来も一定盛んですが、政府間、市民間の真の対話がなされていない。だからお互いを「脅威」とみなすようになるのです。  与那覇 対話によって見出した共通点を軸に、台湾有事を起こさせない、沖縄を再び戦場にさせないためにどうすればいいかを考えることが、このプロジェクトの目的でした。そして今、岡本さんがおっしゃったように、お互いを理解できたことはプロジェクトの成果として挙げられます。  というのも、今のような分断状況では対話自体行われませんから、相手を理解することすらできません。一方で、このプロジェクトでは台湾の中でも異なる見解を持った人たちの思いや考え方を直に聞けましたし、大陸の人たちが今の状況をどう捉えているかも知ることができた。さらにプロジェクトの副産物として、沖縄の若い世代とシニア世代の対話の場も設けることができ、お互いの理解を深め合う機会が作れたと思います。  岡本 ほかにも保守の人たちとの対話というものもありましたね。もちろん、これは端緒であって、まだまだこれからだとも思っています。  このプロジェクトでは、対話は必ず対面で行うことを原則にしていました。SNSなどでは、対話は出来ないからです。言いたいことを一方的に言うのは対話ではありません。まずお互いへの敬意がなければいけない。相手の言葉だけでなく、表情とか言い方をお互い見るのも、対話の大事な要素です。  もう一つ、今回のプロジェクトで重視したのは、招待した登壇者にはシンポの一、二日前に沖縄に来ていただき、沖縄の現状を一日かけて案内したことです。沖縄戦の激戦地の嘉数の丘や、米軍基地、PFAS(有機フッ素化合物)による化学汚染の現場、辺野古の反対運動のテントなどを案内し、必ず現地の方に説明してもらいました。  与那覇 人は環境で作られるものですから、実際に住民が暮らしている今の環境を知ってもらわないことには、深い理解にはつながりません。  岡本 沖縄戦で「集団自決」のあった読谷村のチビチリガマにも案内し、ガマにも入ってもらいました。話を聞くだけではなく、その現場にいることで受ける印象も大きく変わってきます。  与那覇 ガマに隠れていた人たちの思いのようなものが共有できますよね。  岡本 この息のつまるような暗いガマの中で人びとは何を考えていたのだろうとか。チビチリガマではたくさんの子どもたちも亡くなっていますが、小さい子どもたちが「自決」するはずもないので、大人が殺したわけです。戦争の中で何が起きたのか、台湾や大陸の識者たちも現場に足を運んでみて、だいぶ衝撃を受けておられるようでした。  与那覇 第一回のシンポジウムのときに、台湾からのゲストスピーカーということで、与党・民進党と野党・国民党、それぞれの政党に詳しい、立場の違う二人の識者を招きましたよね。お二人のお話を聞いて、民進党系の林彦宏さんは米国寄りの意見だな、国民党系の何思慎さんはどちらかというと中国寄りの発言なのかな、という印象を受けました。そもそも私は、台湾の政党のことが全くわからなかったので、お二人のお話はとても勉強になりましたし、何より背景にいる大国の姿がちらちら見えてもきましたね。  その中で林彦宏さんから「台湾の世論は(中略)五〇年続いた平和で鈍麻しています」(一八頁)という指摘がありましたけれども、実は私も同じことを考えていたのです。  かつての戦争で米軍は台湾上陸作戦を検討していたが、その後、沖縄に作戦変更して上陸して沖縄戦になり、それが戦後の米軍占領や現在の米軍基地被害で苦しむ日々につながっています。逆に台湾はそういう経験をしなくて済みました。その意味で、沖縄の人たちの平和を求める思いは、台湾の人たちよりもはるかに強いと感じていたのですが、このプロジェクトの中で台湾の人もそのことを指摘されたわけです。  第二回のシンポジウムに招いた台湾メディア「黒体文化」の編集者の張智琦さんは「沖縄が平和教育を続け、平和運動が盛んなのも、過去の戦争体験と現在の基地被害があるからです。この視点が台湾には欠けています」(四四頁)とおっしゃった。このような台湾側の認識を、二回のシンポジウムを通じて確認することができました。  岡本 沖縄戦は、県民の四人に一人が亡くなる凄惨な地上戦でした。日本本土でも原爆や空襲による甚大な被害がありましたし、台湾でも空襲などによる被害はあります。とはいえ、「鉄の暴風」と表現されるような、艦砲が雨のように降り注ぎ、兵士たちは数メートルの距離で銃剣を振りかざしあう白兵戦を戦い、住民が避難しているガマに米兵が手りゅう弾を投げ込んだり火炎放射器を使ったりするような凄まじい戦闘は、日本本土でも台湾でも経験していません。沖縄戦の経験こそが、戦後沖縄の原点なわけです。なお、台湾では米軍による占領はないものの、一九五〇年から七九年の国交断絶まで米軍は駐留していました。  与那覇 けれども沖縄と違い、現在は米軍の駐留はありませんよね。仮に台湾有事が起きた場合、基地があるところが攻撃対象になることから、明らかに沖縄が狙われます。そうなると、被害は台湾よりも沖縄の方が大きくなり、かつての沖縄戦を彷彿とさせる事態に発展するのではないでしょうか。台湾有事は日米政府が一つの中国を認めている以上、中国の内政問題であり、私たち沖縄の問題ではないにもかかわらず……。  以前、沖縄タイムス編集局長の宮城栄作さんが、「台湾は沖縄に迷惑をかけないでください」といった類の発言をしたことで、SNS上で炎上したことがありましたが、私はこの言葉にある意味共感しています。台湾有事で最も被害を受けるのが沖縄であるという現実は、私にとっても納得のいくことではありません。  岡本 宮城栄作さんは、批判が出た後も、基本的に修正する必要はない、と言っておられました。台湾の人たちには、戦争になりそうになったら政権を変える選択肢もありますが、沖縄の人たちにはそれがない。自分たちの関係のないことで、かつ自分たちに選択する権限もない中で戦争に巻き込まれるとすれば、たいへんな不条理です。  与那覇 私の中で、そういった不条理を招こうとする日米両政府への怒りはすごく強いものがあります。  与那覇 ところで、発足集会の開会挨拶で岡本さんが、「国家間の同盟関係では、特に弱い側に二つの不安がある。大国に「見捨てられる」不安と、大国の戦争に「巻き込まれる」不安だ。日本政府は「見捨てられる不安」に駆られると沖縄を差し出し、「巻き込まれる不安」に駆られると沖縄を前面に立たせる」(三頁)と日本政府を批判していらっしゃったのがとても印象的でした。  日本は米国隷属の国家であり続けた結果として今の状況に至り、挙げ句、日本有事ではない台湾有事をきっかけとした米国の代理戦争まで引き受けようとしています。安全保障の問題を沖縄に丸投げしてきた上に、沖縄の犠牲を前提とした戦争準備をしているわけです。  岡本 とんでもない話です。  与那覇 この状況を目の前にして、復帰実現のため運動を頑張った先輩たちの絶望感はとても深いものがあると思います。自分たちは何のために復帰運動をしていたのか?と。  岡本 「オール沖縄」を組織した翁長雄志県知事が、沖縄は本土に甘えているというような本土の政治家の批判に対し、「沖縄が日本に甘えているのでしょうか。それとも日本が沖縄に甘えているのでしょうか」と、沖縄に安全保障の問題を押し付けている日本政府を厳しく批判したことを覚えています。そういった沖縄に対する甘えが、本土の政治家やメディアの人たちの無意識下に刷り込まれている気がする。  そもそも、沖縄戦そのものが「捨て石」作戦だったわけです。米軍の本土上陸を少しでも遅らせるために、勝つ見込みがないにも関わらず、住民を巻き込む戦闘を行い、犠牲を強いた。仮に台湾有事が起きたとき、本土は再び、沖縄を「捨て石」にするのか、ということです。本土の人間が問われているのです。  与那覇 最近知った沖縄のことわざに「唐や差し傘、大和や馬ぬ蹄、あんせ沖縄や針ぬ先」というものがあります。これは一般的に国の大きさを比較するものと解釈されていますが、私はこれを聞いた時、こんな勝手な解釈をしていました。唐の時代、唐は沖縄に傘を差し掛けてくれた、日本は後ろ足で沖縄を蹴った、沖縄は針の先みたいに小さい存在だけど、刺すと痛い存在だよ、と(笑)。  岡本 今の与那覇さんのお話しを聞いて私は、長年台湾や香港、中国本土でビジネスをされてきた沖縄物産企業連合取締役会長の宮城弘岩さんの、発足集会での発言を思い出しました。宮城弘岩さんは、「中国と琉球の四〇〇年以上に及ぶ歴史の関係からは、中国が攻めてくるようなことは絶対にない」(八-九頁)と述べ、中国は「怖くない」と言われた。むしろ武力で沖縄に攻めてきたのは薩摩や日本政府、米国の方だ、と。  与那覇 おっしゃるとおり、漢民族は沖縄を一度も攻撃していませんし、それは日本本土に対してもそうでした。  岡本 歴史を振り返るとそういった見方ができるのですね。宮城弘岩さんのような見解は、日本本土で聞いたことはありません。  与那覇 宮城弘岩さんの言葉で私が非常に感銘を受けたのは、総括集会での「軍事力は文化力に勝てません」(一三〇頁)というものです。沖縄は長い年月、中国から様々な文化をいただいてきた歴史があり、それに対する感謝やリスペクトがあるので、もらったものに対して「唐」の字をつけているのだと考えます。空手も元々は「唐手」でしたし、さつまいもも薩摩に渡る前までは「唐芋」と呼んでいましたし。交流している者同士が互いの文化を敬うのなら、いただいたものには自然と相手の名前をつけるものと思っています。  ところが、武力で侵略する人たちは、相手の文化を奪いながらも、相手より自分が上だと思っているので、奪ったものも自分たちのもののようにしてしまうのでは?  岡本 薩摩からは三〇〇年以上にわたり支配されてきたにもかかわらず、薩摩風の文化は沖縄にほとんど残っていないのですね。  与那覇 殆どありませんね。むしろ鹿児島のお土産品を見ると、芋や黒豚、さつま揚げのように沖縄から渡ってきたであろうと思われるものの方が数多く見受けられます。  岡本 発足集会で宮城弘岩さんは、中国の力は文化力だという表現もされていました。それがあるからこそ、長い歴史の中でたびたび外の民族からの侵略を受け、征服されながらも、その都度、二〇〇年ほどかけて文化力でひっくり返してきた。そのような歴史を持つ中国が台湾に武力侵攻するというのは、中国にしてみたら下手なやり方だし、そんな愚かな発想はしないだろうとおっしゃっていました。  同じく発足集会での基調講演で元駐中国大使の丹羽宇一郎さんは、中国は広大な土地と膨大な人口を有する統治の難しさゆえの民主主義社会にそぐわない問題があることを指摘した上で、「批判はあるでしょうが、いまのような形以外では統治できないのが現実です」(四頁)ともおっしゃった。そして、中国に本当の意味での民主化を求めるのであれば、少なくとも二〇年はかかると見解を示されましたが、私もその主張は正しいと思います。  与那覇 彼らは長期的な視野を持っていますから。  岡本 また、第一回シンポジウムの基調講演において、元沖縄県知事の稲嶺恵一さんも「中国の思考法は「百年河清を俟つ」。(中略)日本のように、二、三年先しか考えない思考法とは違います」(一五頁)と述べられました。台湾有事が何年後に起こるとか、そういった話しか出来ないのであれば、本当の意味で中国とは向き合うことはできないでしょうね。  与那覇 ほかにも、私が対話プロジェクトで感銘を受けた発言に、第一回シンポジウムでの元琉球新報社社長の高嶺朝一さんによる、「「地政学」(ジオ・ポリティクス)から見ると台湾海峡で緊張している様が思い描かれるが、「地経学」(ジオ・エコノミクス)から見ると、世界は中国と台湾に寄りかかっている」(一九頁)というものがあります。この発言から見えてくるのは、経済面において日本にとって中国がいかに大事な存在であるか、という視点が日本に欠落しているということです。  今の日本は自分の都合のいい地政学的な見方しかしていません。しかし、地経学で見ないことには平和は保たれないし、日本という国が経済的に崩壊していく一方なのです。ところが、そこはあえて見て見ぬふりをしている。  今、米国を含めた世界中の国々が経済面で中国と対話を進めています。その中で日本だけが中国脅威を煽り、孤立の道を歩んでいる。この流れは、第二次世界大戦前に国際連盟を脱退して意固地になったまま戦争に突入していった当時の姿を見せられているようです。  岡本 今年の一月には、カナダのカーニー首相やイギリスのスターマー首相が、二月にはドイツのメルツ首相が訪中し、習近平国家主席と会談しています。このように主要国のリーダーが軒並み訪中していますね。  与那覇 米国に愛想を尽かしている裏返しかもしれません。ところが、当の米国でさえ中国に対して経済的に接近しています。  岡本 三月末にはトランプ大統領が訪中します。  与那覇 そうなると、中国を敵視しているのは日本の高市首相だけです。  岡本 昨年一一月の高市首相の「台湾有事は日本の存立危機事態になりうる」という不用意で軽率な答弁に端を発した現在の危機的状況です。中国は日本とも関係を改善したかったでしょうし、実際石破政権のときにはだいぶ改善されてきていました。台湾との統一は、中国の悲願であり、核心中の核心です。あえて日本との間に問題を起こそうとしたのではなく、日本側が問題を起こしたのです。  与那覇 あの発言は致命的でした。  岡本 ですから、彼女が三月一九日に訪米してトランプ大統領に縋りついたとしても、トランプは相手にしないでしょう。なぜなら、トランプはその直後に米中間で大きなディールをしようと画策しているのだから。もしかしたら米中首脳会談の場で、台湾問題についてこれまで以上に踏み込んだ発言をするかもしれません。  与那覇 第三回のシンポジウムに大陸の識者として招いた、上海国際問題研究院学術委員会主任の厳安林さんが、「台湾有事は日本有事」というレトリックによって、「沖縄は戦争の最前線、あるいは戦場になることを意味します」(七五頁)と言い、また「「台湾有事」は、沖縄県民の利益を損なうだけであり、ぜひとも回避しなければなりません」(七六頁)とおっしゃいました。その上で、台湾有事を防ぐための二つの条件として、「台湾独立分離主義活動」と「台湾海峡問題への外部勢力の干渉」を回避すればよいのだと示された。  逆に言うと、台湾有事を起こしたい勢力にとってみれば、その二つの条件を発動させることに躍起になると思うんですよ。  岡本 なるほど。  与那覇 仮に米国が台湾有事を引き起こしたいと考えているならば、台湾の民進党に独立を焚きつけつつ、日本には中国脅威を煽ってこの問題に積極的に干渉させる。そして、安倍晋三元首相のように「台湾有事は日本有事」だと思い込んでいる人たちを増やして戦争に向かわせる。そういうことを仕向けてくるだろうと考えられます。  この先、日本を戦争の道に進ませたくないのであれば、まず台湾に独立を宣言させないこと、そして日本は中台関係に干渉しないこと。それが答えだと大陸側ははっきり言っているわけですから。  岡本 台湾のジャーナリスト張鈞凱さんが第二回シンポジウムの基調講演の中で、「トゥキュディデスの罠」のような従来の覇権国家と台頭する新興国家の間で戦争が不可避的に発生する、といった考え方は中国や台湾には存在しないと指摘していました。  与那覇 それは西洋的な発想だとおっしゃっていましたね。  岡本 つまり、中国の台湾への武力侵攻という発想は、西洋、特に米国が自分で自分の姿を見て怯えているのと同じだというのです。  日本国内においても、いわゆる台湾有事は、中国が統一を目指して台湾に武力侵攻するものだと考えられています。しかし、これまでの歴史を考えてみると、どうもそうではなく、戦争をしたい側、特に米国が相手を挑発して、引き金を引かせるパターンだった。ベトナム戦争も湾岸戦争もそうだった。台湾有事もこれと全く同じ構造になるのではないかというのが我々の認識でした。  与那覇 まさに、台湾有事とは何なのか。この対話プロジェクトはその本質を確認する良い機会になりました。  発足集会でジャーナリストの岡田充さんは、「「台湾有事」は「つくられた危機」」だといい、その理由として、「二〇二一年三月に米軍のインド太平洋軍司令官フィリップ・デビッドソンが米議会で、「中国軍の武力侵攻は今後六年以内」、すなわち二〇二七年までに起こると発言し、その後、二〇二一年四月に菅義偉首相がバイデン米大統領と首脳会談を行い、台湾問題を取り上げました。日米安保を対中国同盟に変質させたのです」(六頁)と発言しました。現に、その直後から中国脅威論が日本で煽られるようになり、二〇二一年一二月に台湾で行われたシンポジウムで安倍氏が「台湾有事は日本有事」と発言したことで、台湾でも「台湾有事」という言葉が知られるようになりました。それ以降ですよね、台湾有事になった時には、米軍よりも自衛隊の方が助けにくると思っている台湾の人の割合が増えたのは。  岡本 事情をよく知っている人ならば、そんなことはありえないだろうと思うでしょう。  与那覇 それ以前から、米国に対する不信感が台湾の人たちの中にあったみたいです。  岡本 「疑米論」と言われていましたね。  与那覇 そして、台湾有事議論をめぐる一連の総仕上げとして、私が日米からのクリスマスプレゼントと呼んでいる、二〇二一年一二月二四日付けの「日米共同作戦計画で沖縄が戦場になる」報道がありました。なので、二〇二一年は三月の米軍人の発言からはじまり、沖縄が戦場になる報道で締めくくられた年でした。その翌年から、私たち平和運動の人間がいろいろ組織を作っていったという経緯があります。  与那覇 第三回シンポジウムにお招きした、上海市日本学会名誉会長の呉寄南さんは、「「台湾有事」論は悪意を秘めた戦略的な罠で(中略)この議論は架空の前提に基づいています」(六六頁)と指摘しましたが、私もその発言に賛同します。  今の呉寄南さんの発言と、先ほども言及した岡田さんの「「台湾有事」は「つくられた危機」」発言にかかわりますが、私は以前寄稿した「なぜ米国は予言できるのか」という記事の中で、予告には、情勢をきちんと分析して出すものと、自らが計画しているがゆえに出すことができるものの二種類あり、米国は何一つ証拠を出さないままロシアによるウクライナ侵攻を、そして中国による台湾侵攻を予告した。そう考えると、これらは後者の予告だろう、ということを書いています。つまり、米国はウクライナ戦争を引き起こすために行った対ウクライナ政策と同じ政策を台湾に対しても行っており(岡田充)、台湾有事を誘発させようとしているのではないか。  このように、ウクライナ戦争がどのようにして起きたか、それ以前から続く欧州での一連の流れを追っていけばウクライナ戦争の本質が見えてくるし、今、米国が台湾に対して何をしているのかを見れば、ウクライナ戦争と同じようなことを東アジアでやろうとしていることが見えてきます。つまり、欧州版のウクライナ戦争は、東アジア版の台湾有事に絡む戦争なのだ、と。そのことを私は以前から言ってきました。  また、岡田さんはこのような発言もしています。「実際に戦争になったとしても、アメリカはアジア人同士を戦わせることにするでしょう」(七頁)と。まさに、ウクライナ戦争も同じ民族同士を戦わせる戦争だと私は捉えていたので、まったく同じです。  岡本 第二次大戦以降、米国はずっと戦争し続けていました。朝鮮戦争、ベトナム戦争から、二〇〇〇年代のアフガン、イラク戦争にいたるまで。戦争には勝つのだけれど、統治が出来ない。やがて米軍はその地から撤退するのですが、その国はボロボロになり、人々の暮らしは破綻し、社会は不安定化する。逆に中国の場合、第二次大戦後しばらくは国共内戦や中ソ、中印間などでの紛争はありましたが、七九年の中越戦争以降は大きな戦争をしていません。半世紀近く戦争をしていないのです。だからこそ、経済的にも社会的にも安定したし、現在の強国は平和だから達成できたのです。そういう意味でも、米国と中国、どちらが世界にとって危険な存在なのかは自ずとわかると思います。  最近は、米国はだまし討ちのようにイランに攻撃を仕掛け、国際法も無視した成算のない戦争をまた始めましたね。まさに「ならずもの国家」そのものであり、世界最大の攪乱要因であることを自ら明らかにしました。  岡本 戦争の本質は、クラウゼヴィッツが「戦争論」で言った通り、暴力によって相手に自分の意思を押し付けることです。そのためにはいかなる残虐なこともする。そうやって相手の意思をくじこうとするのが戦争です。  本書第8章の谷山博史さんとの対談の中でも述べましたが、「戦争はどんな理由があっても始めてはならない(中略)万が一戦争が起きてしまったら、それを一刻も早く止めなければならない」(一七二頁)のです。続ければ続けるほど、自分の家族や親戚、隣人たちが死んでいき、ここでやめてたまるかとなっていきます。  与那覇 感情論になりますよね。  岡本 絶対そうなると思う。それからお互い領土のことにこだわるけれども、領土のために何千、何万の人が死んでいいのか、と言いたい。それこそ「命どぅ宝」ですよ。戦争で亡くなっていった人たちがもし生きていれば、いろいろなことができただろうし、それぞれの人生を歩めたはずです。たくさんの音楽家、作家、天文学者、歌手、ビジネスマンになっただろう花のような若者たちが、同じ制服を着せられて、行進して、一〇センチの領土のために「死んでこい」と言われる。それが戦争です。  与那覇 今のウクライナ戦争の状況は、これだけの犠牲を払ったのだから領土を割譲しろというロシアの言い分と、決して割譲は認められないウクライナのぶつかり合いが延々と続いている印象です。  岡本 停戦の局面に来てはいるのだけれども、なかなか交渉が進みません。  与那覇 お互いの国益が優先されてしまっているのですね。そういう意味でも、岡本さんや谷山さんがプロジェクト発足の際に掲げた「対話」が本当に大事なことで、理解し合うための最初の一歩なのだと思います。  岡本 本来なら、戦争が始まってすぐの段階で行われた、トルコを仲介役にした停戦協定が最大のチャンスだったのです。クリミア半島も一五年以内に二国間交渉によって解決するとか、双方にとっていい条件があったにも関わらず、そこで合意には至らなかった。  与那覇 あそこで停戦合意に至らなかったのは、欧米がウクライナを焚きつけたからです。欧米はプーチン大統領を潰したかったから、この機会にもっと弱らせようという思惑があったのだと考えます。  ウクライナ戦争の構造が、ロシア・プーチン潰しのためにウクライナを利用した米国の代理戦争であるならば、台湾有事は日本を利用した中国・習近平潰しのための米国の代理戦争であることは、構造的類似点を見れば一目瞭然です。日本がウクライナと同じ道を進み、沖縄が再び犠牲にならないためにも、台湾有事は絶対に引き起こしてはならないと思います。(おわり)  ★おかもと・あつし=沖縄対話プロジェクト共同代表。岩波書店入社後、『世界』編集長(一九九六―二〇一二)、同社社長(二〇一三―二〇二一)などを歴任。沖縄「集団自決」裁判(大江・岩波裁判)の同社担当者も務めた。  ★よなは・けいこ=沖縄対話プロジェクト共同代表。二〇一九年、公立大学名桜大学を定年退官、現在は非常勤で勤務。著書に『沖縄から見えるもの』(第三三回福田正夫賞)など。

書籍

書籍名 沖縄 対話の記録 台湾有事を起こさせないために
ISBN13 9784911256329
ISBN10 491125632X