「政治家」昭和天皇
小宮 京著
山田 朗
本書は、戦後における昭和天皇の「政治家」としての側面、とりわけ政治外交への関与・介入に焦点をあてて、その実像を明らかにしようとしたものである。編者が「はじめに」でふれているように、戦後を対象とした政治外交史研究では、「天皇なき戦後史」が常態化している。歴史学系と政治学系の研究の狭間にあって、昭和天皇と政治外交というテーマは「空白地帯」となっているとの指摘は首肯できる。こうした状況への問題提起として、政治外交史分野の第一線で活躍する気鋭の研究者が、戦後史における昭和天皇に関する最新の知見を広く一般に届けようというのが本書の目的である。
第一章では、初代宮内庁長官・田島道治の『昭和天皇拝謁記』の分析から、治安維持に関する天皇の共産党への強い警戒感が明らかにされている。第二章では、近年発見された「石橋湛山資料」を紹介しつつ、一九五七年の石橋内閣組閣の際、天皇が岸信介を外相に据えることに異を唱えたこと、六〇年安保の最中、石橋がそのことを岸に書簡で伝えて退陣を勧告したことが示されている。第三章では、安保闘争の際、アイゼンハワーの訪日を宮内庁側が、彼を羽田に迎えに行く天皇の安全が保たれないことを理由に中止を要請し、そのことが一つの要因となって岸内閣はアイク訪日招請を断念したことが述べられている。第四章では、「御進講」を行なった憲法学者・佐藤功の「御下問・奉答資料」を分析し、天皇が世界の君主制継承のあり方に深い興味を示し、政治と君主の関わり方のあるべき姿を考え、場合によって安保に関して「聖断」を下すべき機会もあるかもしれないと考慮していた可能性についても言及されている。第五章は田中角栄内閣の天皇訪米問題と内奏漏洩問題を検証する中で、昭和天皇がこの頃においても「国家元首」としての強い意識を持っていたことを明らかにし、第六章は戦後唯一の任期満了解散を選択した三木武夫内閣が、衆議院解散を行わなかった一つの理由として天皇在位五〇年記念式典の確実な挙行を指摘している。第七章では、中国の鄧小平副総理、韓国の全斗煥大統領を迎えた際の天皇の「おことば」の作成と発言のプロセスを検討し、「おことば」には天皇の意思が込められていたこと、天皇が「戦争責任」問題と葛藤していたことが指摘されている。そして、天皇と政治外交を考える上で重要な、一九四七年の「天皇(沖縄)メッセージ」、内奏や「おことば」に関するコラムが配されている。
各章・各コラムとも、そのテーマについて単独の著書を上梓しているような専門家が執筆しており、また、著者九名のうち五名は一九七〇・八〇年代生まれで、まさに研究の最前線の熱量を十分に伝えているし、文章も全体として読みやすい。
ただ、紙幅の関係もあったとは思われるが、章によってはもう少し踏み込んだ記述も欲しかった。天皇の「治安維持」や政治外交に関する認識・発言には、明らかに一般の「政治家」とは異なる「国家元首」と自認する強い統治者意識があったと思われるし、国民を信頼していたとの記述が散見されるが、その一方で、国民が時流に一挙に流されてしまうのではないかという憂慮を常に抱いていたとも考えられる。また、田島『拝謁記』でもわかるように、天皇の人物評価のかなり辛辣なところや外国政治家に関する天皇ならではの観察についてもさらに踏み込んだ分析が望まれる。
とはいえ、本書がきっかけとなり、さらなる資料発掘と分析が進み、戦後史における天皇の「政治家」としての実態が明らかになることを期待するものである。最近の政治外交史の専門家の課題意識がよくわかり、天皇の継承問題が論議される中で、議論の参考にもなる著作である。(やまだ・あきら=明治大学文学部教授・日本近代史)
★こみや・ひとし=青山学院大学教授・日本現代史・政治学。東京大学大学院博士課程修了。著書に『昭和天皇の敗北』など。一九七六年生。
書籍
| 書籍名 | 「政治家」昭和天皇 |
| ISBN13 | 9784480018557 |
| ISBN10 | 4480018557 |
