日常の向こう側 ぼくの内側 730
横尾忠則
2026.3.9 2、3日前左足親指の爪を痛めてしまった。躰のほんの小さい一部が故障すると躰全体が不自由になる。
ドラクロワの「自由の女神」シリーズの13作目未完の完成。連歌のように絵は次々と輪廻しながら転生する。
夕方、池田動物病院へ。嘔吐が激しいので今日から別の治療をするので入院延長。複雑な病気で、おでんもこちらも困ったもんだ。
安青錦も大の里も負ける。
2026.3.10 〈宝塚歌劇団の舞台美術を依頼されるが、体力のいる仕事なので断って宇野亞喜良さんを紹介する。宇野さんは大喜びで、大日如来の衣装など構想していて2人で楽屋に顔を出す〉、そんな夢を見る。
おでんが動けない状態で退院が不可能になる。タマが死んで15年になるが、おでんが血糖値がかなり下って死に直面している。
今日依頼されたばかりの「芸術と霊性」についてのエッセイを書いてすぐ送る。そんなに早いと頼んだ編集者もかいがないだろうなあ。
夕方、おでんにもしものことがあったら自宅でということで徳永が退院させてくれる。
2026.3.11 〈外国の小さいホテルのがらんとした広い部屋をアトリエに借りる。従業員は全員男性。夕方チェックアウトして帰ろうとした時、黒澤明さん一家が食事に来られるそうだ〉という夢を見る。
おでんは一晩中ぼくのベッドの中に大人しく寝る。朝方おでんの寝たあとがずぶぬれ。ぐったりしているが名を呼ぶと尾っぽだけは元気に振る。
午前中、病院で点滴によって回復する。夕方退院させるために病院へ。顔を見て安心したのかその場でコートにおしっこかけられる。帰宅時はチュールを食べる食欲はあったがその後再び横になったまま。ぼくのベッドで再びおしっこ。妻とベッドを代ってぼくは2階で寝る。
2026.3.12 深夜2時に妻と寝ているおでんが発作を起こしたそうだ。早朝6時に起床して、妻とおでんが寝ているぼくのベッドへ。もう身体を動かす力はないが、声を掛けると尾っぽで応える。午前中病院で点滴を受けると多分少しは回復すると思うが、再び脱水するに決まっている。このまま家で最期を看取った方がおでんも安心するのでは、と先生と相談する。先生が10時半に来てくれた寸前、おでんは妻の胸の中で息を引き取った。ぼくは取材のためアトリエにいたので死に目に会えなかった。
夜、池田動物病院よりおでんの供花が。
2026.3.13 〈西脇小学校の前の山に登るツアーに参加することになったが、山はとても登れない。妻も同様だという。妻が食欲がないのが心配だ〉という夢を見る。
家の中におでんが不在。それだけで身体にこたえてよく眠れない。
朝日の鷲田清一「折々のことば」にぼくの言葉「未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ」が掲載。おでんも身体的にそうだった。
妻がおでんに死装束を着せて、タマの墓の隣に埋葬する。美美も駆けつけてくれた。
新潮社新事業のトートバッグの取材に。
食欲のない妻が好物のうなぎを食べたので安心する。
2026.3.14 〈街をあげての大フェスティバルに東野芳明さんも芸術家も参加したいので何か考えてよというが、何も浮かばない〉夢。
朝からぜんざいをペロッと食べた妻に今日も一安心。
足の親指の爪が痛いために全身不調。
つい寝室のドアをおでんの出入りのために少し開けてしまう。もしやと思って。
轟さんと上原さん、おでんに花を贈ってくれる。
2026.3.15 保坂和志さんがおでんに花を。
アトリエの仕事中断してWBCベネズエラ戦、負けは負け。
安青錦5敗。スポーツからしばらく離れたくなる。
おでんはいつもベッドがテリトリーで外出はいっさいしないヒト。だからいなくなっても、普段も寝てばっかりなので不在感がそれほど気にならない。生前もいてもいないようだったので、いなくなっても、いるような気がする。
終日相撲を掛けっぱなしで、ごそごそメモを取りながら時間つぶしを。気になるのはこの間、足の親指をぶっつけた内出血。見るのも触るのも怖くって、こういうことは身震いがするほど怖いのである。(よこお・ただのり=美術家)
