- ジャンル:民俗学・人類学・考古学
- 著者/編者: 森亜紀子
- 評者: 上原こずえ
南洋群島に生きた沖縄移民
森 亜紀子著
上原 こずえ
わたしはこの本の刊行を心待ちにしていた読者の一人である。
著者・森亜紀子は沖縄から南洋群島に移民した人々への聞き取りをすでに二冊の証言集にまとめ刊行している。原付バイクで移動しながら沖縄各所をめぐり、話を聞いた人たちの数はなんと一五二名にのぼる。しかも証言集に記録された人々の声は全て一人で書き起こし編集したものだ。その丁寧かつ膨大な作業によって編まれたオリジナルな一次資料をもとにした集大成が本書である。
物語は、米軍の新基地建設に抗う人びとが集う名護市辺野古の座り込みテントから始まる。そこに座り込みに来ていた高齢女性との出会いが、南洋群島への沖縄移民の足跡をたどるきっかけとなった。副題に「〈不可視化した世界/忘却した時〉をたぐりよせる」とあるように、等身大の立場から忘れられた歴史がよみがえる。たとえばサイパンの観光スポットの現在、研究仲間とのやり取りを通じた資料との出会い、本部町にある合図森という丘が、忘却された歴史を学ぶ糸口になっている。
先行研究と一次資料を網羅して書かれた分厚い本でありながら、膨大な情報に埋没することなく、読者が一目見てわかるように表や図にまとめている。さらに、抽象的な理論に引っ張られたり難解なレトリックを展開したりすることは一切ない。移民という群像を本書は描いているものの、全ての物語は実在する個人の経験を通じて非常に具体的な筆致で書かれ、南洋群島で日々を過ごした人びとの姿がありありと思い浮かび上がる。
現在のうるま市石川に拠点を置き聞き取り調査を行った著者は、沖縄島中部東海岸の金武湾沿岸地域一帯がなぜ南洋移民を最も多く送り出した地域になったのか、を問う。この地域から「締め出された者たち」が数多く生み出されたのはなぜか。一八七九年の琉球処分から日清戦争後間もない一九〇〇年までの旧慣温存期、帝国日本の経済に組み込まれると同時に地方役人の権力が増す中で貧富の差が一層拡大し、サトウキビの栽培や黒糖といった換金作物の生産が浸透する社会変動の中で金武湾一帯の経済圏は弱体化していく。サトウキビ栽培を経験した貧しい沖縄人たちは、南洋群島へと進出した近代糖業・南洋興発にとって格好の労働力となった。
とりわけ興味深かったのは第Ⅱ部「宙吊りにされた「楽土」を生きる」の、初期入植世代に焦点を当てた第3章と、南洋群島移民に生き残りをかけた美里村石川のある農家に焦点を当てた第4章「ある家族の「南洋移民」という生存戦術」だ。個々の家族にとって、南洋群島への移民はどのような経験だったのか。一家の物語を一次資料から編む方法としても、非常に示唆に富む。一九一三年以降、帝国農会・農商務省が「農家の状態を把握し、「科学的に組織する」ことを目的として実施した全国規模の調査」(二四六頁)に基づきまとめた『農家経済調査』の原簿から見えてくるのは、たとえば、次の事実だ。
戦時経済の厳しい状況にさらされた家族という共同体は、「社会の中で賃労働者としても食糧生産者としても男性ほどの「生産性」を持たない女性の生存を二の次にする」(二七六頁)ことで生き残ろうとした。一九三八年に病気に罹りわずか五日後に死亡する伊波家の次女は、その前年、農業と兼業と家事の時間を合わせて両親よりも五〇〇時間以上働き、一家の中で誰よりも長時間労働し過労死した。彼女が死んだ後は経営主の父が病に倒れる。「家族の生活を上向かせるためのほとんど唯一の選択肢であった南洋移民という「生存戦術」が、いかに危ういバランスの上に成り立っていたのか…残った者たちの日常生活は極めて困難なものであった」(二九三頁)と著者は戦争と資本主義の矛盾を鋭く衝く。
一家の生存のために送り出された人々が南洋群島で経験する労働過程について緻密な分析が際立つ。移民を多く輩出した沖縄と、彼ら彼女らが向かった南洋群島やハワイの統治主体は米国・日本と異なるものの、いずれも二〇世紀前後に日米の帝国的資本による生産と蓄積の島と化した場所である。帝国主義的拡張は、資本蓄積のために土地を囲い込み、先住民が生きる場所を奪い、流動的下層労働者の動員によって生産を成り立たせてきた点で共通している。
砂糖プランテーションに導入された人種主義的ヒエラルキーに組みこまれた沖縄人移民たちは、労働運動に参加しストライキを組織して下層労働者どうしの結びつきを一瞬だが経験した。だが、先住民たる南洋群島の島民からの収奪を正当化するために彼ら彼女らを「土人」として眼差し、帝国意識や上流階級としての振る舞いを身につけ他の植民地である朝鮮や台湾の移民よりも優位に立とうとした。
かつて郷土から「締め出された」沖縄人移民たちの生活は、日本の糖業資本が入ってきたことによって土地を失い生活の土台を失った先住民の苦難と地続きである。にも関わらず、著者も終章で指摘しているように、東アジアと太平洋諸島における帝国植民地各地をつなげて論じる視座はこれまでの研究ではほとんどなかった。
拡張する帝国日本の資本のもと酷使された下層労働者たちの経験や南洋群島の先住民たちの経験は不可視化されてきた。兵士も含む、移動する労働者たちの経験を描くことを通じて、各地に対して行われてきた研究史を交差させた本書は、その意味で植民地化された地域の労働過程研究を刷新する重要な意味を持つ。
南洋群島移民の物語は、いったんは「引き揚げ」で終わる。しかし、彼ら彼女らが離れたミクロネシア地域も、戻ってきた沖縄も、ともに米国の施政下で軍事化の一途をたどり、現在もそれは続いている。異なる地域の経験をいかにつなぐか。本書の歴史叙述はその方法を示唆してくれるだろう。(うえはら・こずえ=東京外国語大学大学院准教授・社会運動史・沖縄現代史)
★もり・あきこ=同志社大学嘱託研究員・沖縄近現代史。共著に『日本復帰50年 琉球沖縄史の現在地』『記憶と歴史の人類学』など。一九八〇年生。
書籍
| 書籍名 | 南洋群島に生きた沖縄移民 |
| ISBN13 | 9784814006403 |
| ISBN10 | 4814006403 |
