2025/11/07号 3面

勲章の近代史

刑部 芳則著 勲章の近代史 権威と欲望のメカニズム  テレビを見ていると、長らく映画やテレビドラマで活躍してきた芸能人や著名なスポーツ選手・漫画家らが、紫綬褒章の受章に際して喜びの言葉を述べているニュースを、例年春と秋によく目にする。紫綬褒章という物々しい名前からは、あたかもこの制度は歴史が古いものなのだろうかと想像するかもしれない。また歴史学者である評者は仕事柄、官界で活躍した人物の履歴を探索する際、国立公文書館のデジタルアーカイブで史料の検索をすることがよくあるのだが、その際必ず目にするのが叙位や叙勲に関する史料である。しかし、なぜここまで叙勲の史料が検索に多く引っかかるのかというそもそもの問題について、評者も深くは考えたことはなかった。そのような、叙勲にまつわる歴史について、明快な回答を与えてくれるのが、このたび刊行された『勲章の近代史』である。  著者は『明治国家の服制と華族』『洋装の日本史』などの著作を持ち、大河ドラマや朝ドラの洋装考証・風俗考証などもつとめる、言わずと知れた服制史・服飾史研究の第一人者である。意外なところでは、『古関裕而』『昭和歌謡史』など昭和歌謡にも精通している。評者の考える著者の著作の持ち味は、対象とするテーマを徹底的に深掘りするという、良い意味でのマニアックさにある。本書もその例に漏れず、著者のこだわりが至るところに凝縮されている。評者の考える本書の醍醐味を何点か紹介したい。  一つは、これでもかというほどに勲章にまつわるエピソードを広く探し集めて、それぞれのエピソードの時代背景に肉迫しようとしている点である。なかでもプロローグに掲げられた、大正から昭和に元号が変わった頃に、叙勲を管轄する賞勲局総裁の立場を利用して勲章を餌に大金を得ていた天岡直嘉の売勲事件を筆頭に、日露戦争後の一万一五八六人にも及ぶ大量叙勲に対し、叙勲者に与えられる栄典文書=勲記への膨大な署名に追われる明治天皇と女官、大津事件でロシア皇太子を救った功績により受章された勲章が、その後の人生を変えた二人の人力車夫など、いずれのエピソードもそれぞれの時代相を考えるための好個の素材となっているが、それは読み物としての面白さにもつながっている。  二つ目に、それらのエピソードの信憑性を支えている膨大な史料の博捜がある。売勲事件は著者が「新発見」と自負する東京地方検察庁の裁判記録、明治天皇と女官のエピソードは宮内庁公文書館所蔵の談話筆記など、巻末に掲げられた膨大な未刊行史料を贅沢に使用してこの本は成り立っている。著者が「日本史研究者が歴史学の研究手法にもとづいて描く、初の勲章の歴史書」と銘打つように、研究書に匹敵するような膨大な熱量が、一般書であるこの本には込められていることがわかる。  さらに特筆すべきは、それらの史料を読み解く、研究者としての著者の目である。本書で最も圧巻だったのは、初代北海道庁長官・農商務大臣などをつとめた岩村通俊が勲章を付けている写真から、本来返還すべき勲章を身につけていることを指摘した部分である(九七頁)。勲章を身につけた人物の写真は膨大に存在するが、その人物が身につけている勲章に着目し、その種類を逐一検討したという著者の着眼点と根気には恐れ入った。そのような丁寧な作業を前提としてこの本が成り立っていることに鑑みるに、執筆にどれだけの手間がかかったのかは想像を絶する。  以上、簡単ではあるが、どちらかというとマニアックな研究を旨としている評者なりに、この本の魅力を述べてみた。巻末には叙勲者のリストが掲げられており、辞書的な活用も可能なものとなっている。著者が「現行の勲章制度や勲章が持つ意味について考える歴史参考書としていただければ」と望むように、まず読むべき定番として長らく愛されるものとなるであろう。本書の内容は、ぜひ実際に手に取って確認してもらいたい。(おばた・けいすけ=山形大学准教授・日本近現代史)  ★おさかべ・よしのり=日本大学教授・日本近現代史。著書に『洋服・散髪・脱刀』『セーラー服の誕生』など。一九七七年生。

書籍

書籍名 勲章の近代史
ISBN13 9784642306195
ISBN10 4642306196