ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 423
トーキー時代のルノワール
JD トーキーへの移行に大きな役割を果たした映画作家として、ヒッチコック、ホークスの他に、ジョージ・キューカー、レオ・マッケリー、フランク・キャプラなどがいます。彼らのコメディ映画は、キートンのような視覚的なものではなく、役者たちの繊細な仕事によって成り立っています。演劇の役者たちが積み上げてきた発声による芸術を、わざとらしい演技や仰々しい話し方を抑えながら、より現実の生に近づけることで、映画固有の表現を開拓していきました。彼らの行なった仕事は、現在の映画の仕事の基礎になっています。それはカンヌ映画祭向けの作品から日曜の夜に上映されているような質の悪いテレビドラマにも関わってくるものです。
HK 同時代の巨匠には、他に、ジョン・フォードやジョセフ・フォン・スタンバーグなどもいます。
JD フォードに関しては、今話してきた問題を超越したところにいます。彼は無声の時代からほとんど変わることなく巨匠であり続けることができた。「私はジョン・フォードである」の言葉通り、フォードであり続けたのです。仮に現在まで生きていたとしても、最新の映画技術を用いて、変わることなく優れた作品を撮ることができたはずです。
スタンバーグは、キューカーたちと同様、現在の映画の基礎を作ることができた一人です。無声の時代から彼の映画はすでに完成されており、初のトーキー作品からすでにトーキーとして完成されていました。無声であってもトーキーであっても問題なく自分の映画を作ることができた一人でもあります。
フランスでは、トーキーへの移行にあたって、多くの映画作家が困難を覚えていました。無声時代のフランス映画は、それほど悪いものではありません。アベル・ガンス、ジャン・エプシュタイン、ルイ・フイヤード、――とても軽い映画を作る――ルネ・クレールなどがいました。ジャン・ルノワール、ジャン・グレミヨン、カール・ドライヤーといった映画作家の作品もあり、アメリカほどではありませんが、悪い映画ではありません。しかし、トーキーの時代が来ると、映画業界は何をしたらいいかわからなくなってしまった。その結果、演劇を模倣した出来の悪い映画しか作ることができなくなってしまったのです。唯一面白い映画を作ることができたのは、ルノワールです。彼の作ったジョルジュ・フェドーの『坊やに下剤を』は、とても面白い。最初のシークエンスからして、戯曲の単なる映像化ではないことがわかります。完全にトーキー以降の映画になっている。今日、ルノワールと同じ構図・編集でリメイクをしたとしても、ルノワールと同じくらい面白い作品ができるとは限りませんが、ほとんど古びることなく見られると思います。ルノワールは『坊やに下剤を』において、単に演劇の舞台をオーケストラ席の位置から撮影するのではなく、観客が映画の中に入り込めるようにして作り込んでいるからです。映画の冒頭において、ドアの映像が映し出されます。女中がドアをノックする。そうすると「お入りください」という声がして、ドアが開かれ、女中が部屋の中に入ります。その映像が、実に興味深い。私たちは、女中と一緒に演劇空間の中に引き込まれることになるからです。そして同時に、ルノワールの作るそれ以降のトーキー作品の中に招き入れられることにもなります。加えて『坊やに下剤を』においては、――元のフェドーの対話が面白いのは当然として――演劇の平坦な舞台空間を、映画の立体的な空間に移し替える試みがなされているのです。本来なら舞台の上で、登場人物が右に左にと移動しながらセリフを読み上げるだけですが、同じことを映画で行なっても決して面白くはなりません。オーケストラの位置から演劇の舞台を、ロングショットの長回しで撮影しても面白くはならないのです。そうではなくルノワールは、舞台の上を動き回る役者にカメラを付き従わせて、舞台上の狭い空間を、映画的空間に置き換える行いをしたのです。その試みがとても面白い。映画の対話は、舞台のような発声の芸術ではなく、表情の芸術によります。そして視線の芸術なのです。
〈次号へつづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)
