2026/01/23号 7面

百人一瞬 Crossover Moments In mylife 95 モード・クリスタン(小林康夫)

百人一瞬  小林康夫 第95回 モード・クリスタン  二〇一二年だったか、友人の哲学者ドミニク・レステルさん(本連載第63回)から「経験してみたら?」と言われて、パリのモンパルナスの一室、タロット・カードを使う占い師であり見者(voyante)であるモードさんのオフィスを訪れた。特に占ってもらいたい問題があったわけではない。宗教的な「信」に依拠することなく、わが実存的リアリティの限界を超える次元が垣間見られるなら……という純粋に知的な好奇心。それが衝撃をもたらした。  まず生年と名前を聞かれた。それから小さなカメラでわたしの写真を撮る。そのカメラのスクリーンの写真を見ながら、「わたしが知っているのは、あなたが日本の大学の先生ということだけ」と断った上で、わたしからまだ何も訊いていないのに、「カタストロフィックなことはなにもない。マチスのデッサンのように、エコノミックに、余計なもの、余分なものを削ぎ落としたいと思っている。沈黙への回帰。やさしさ。詩的な人。綱渡り芸人がバランスを求めるようにバランスを求めている。落ちないように。すべてに関するバランス。なにか至高の価値、世俗的ではないものを求めている、探している……」と言葉が迸る。そして、最後に「これを聞いて、このあと続けるか、続けないかは、あなた次第よ」と。  驚愕である。会ってまだ数分も経ってない。なのにモードさんの口から、誰からも聞いたことのない――わたし自身もまったく自覚していない――わたしの「存在」の「詩」!が流れてきた。しかも、それを「マチスのデッサンのように」と言ってくれているのだ。  その瞬間、モードさんのリーディングを通して、わたしはついに、わたし自身の「存在」とクロスオーヴァーすることができた。若いときからわたしが一貫して追い求めてきた「存在のフィロソフィア」にとうとうひとつの激しい実証がもたらされたのだった。  ドミニクさんと三人で昼食をして話をうかがったこともあるが、それに加えて、もう一度だけモードさんのリーディングを受けたことがある。そのときは、話の流れがいつの間に、わたしの(すでに亡くなっていた)父親のことになり、その「存在」について、モードさんが「旅が好きでいつも列車に乗っていらしたでしょう?」というのが不可解な謎だったのだが、二日後に突然、父親は小さな印刷所を経営していた、だからモードさんが「列車」と翻訳したのは違っていて、ほんとうは「輪転機」だったのだ!と悟り、一挙に納得したのだった。  そう、「存在」は言葉に翻訳しなければならない、それが詩なのだ。  その翌年、なぜかモードさんは、故郷のモロッコではなく、南米のウルグアイに移住してしまった。でも、そこでもEcole Maud Kristinというスクールを立ち上げて運営しているようで、送られてきたサイトからの情報によると、最近では十九世紀の占星術師エドモンが作った「べリーヌの神託」と呼ばれるタロット・カードを復活させて発行したようだ。  モードさんとの出会いについては、わたしの個人編集雑誌『午前四時のブルー』(水声社)で連載していた「火と水の婚礼――あるいは秘法XXI番」の「33」、「36」に記述がある。言うまでもなく「秘法XXI番」はタロットの大アルカナの最後のカード、わたしにとっては、アンドレ・ブルトンの『秘法十七番』への応答の試みなのだが、雑誌の終刊とともに中断となり未完のままにとどまっている。(こばやし・やすお=哲学者・東京大学名誉教授・表象文化論)