2026/06/26号 7面

恋愛少女マンガ全史

恋愛少女マンガ全史 長山 靖生著 西原 麻里  本書は「恋愛少女マンガ」を主題に幅広く作品を紹介し、少女マンガといえば甘い恋愛ものばかり、というイメージを解きほぐしていく。少女マンガ雑誌の誕生初期から活躍している水野英子や、「ラブコメ」作品群を1960年代後半に生み出した西谷祥子と忠津陽子、一条ゆかりや大島弓子、「おとめちっく」の系譜の田渕由美子や太刀掛秀子ら、そして岡崎京子といった多数の作家たちが取り上げられている。彼女たちの作品からは、少女マンガという大枠のなかで多彩なラブストーリーが生み出されてきたことがわかる(ただし岡崎作品のいくつかは少女マンガ雑誌掲載ではないため、この枠組みで語ることの困難もみられる)。  ポピュラー文化の語りの土台には、読者の個人的な記憶や解釈がある。本書も著者自身があとがきで述べるとおり、自身の読書経験や読み方にもとづき展開されている。したがって、戦前から2010年代までをカバーしてはいるものの、恋愛という概念と少女マンガの表現の展開を客観的な軸で網羅的に見通すという意味での「全史」ではないことは承知しておく必要がある。また本書が言及する恋愛とは異性愛であり、同性同士を始め多様な愛には触れられていない。  ところで、恋愛の多くは人間が一人でできるものではなく、他者とのやり取りによって関係が成立する。その関係は必ずしも平穏なものとは限らず、失恋に傷つく一方で他者を傷つけることもある。「恋愛少女マンガ」は、そうしたままならない現実との距離の取り方が描かれる場でもある。愛し愛される主体として他者と向き合い成長する物語は、ひるがえって「少女とは何者か」を考えることにもつながるだろう。  少女マンガは「少女」というジェンダーカテゴリを対象に作られるメディア文化であり、少女の憧れや理想を表したものとみなされやすい。しかし実際のところ、その恋愛模様が少女たちの憧れや理想を率直に体現したものとは言い切れない。なぜならば、少女マンガの送り手側には歴史的に男性が深く関わってきたからだ。1960年代前半までは描き手の多くが男性であったし、出版社のマンガ編集部には男性が多い(現在でも少女マンガ誌の編集長は男性が占める)。商業マンガは作家が自由に描けるわけではなく、雑誌の方針や編集部の意向にも影響を受ける。そこには常に、少女/女性のイメージや社会的規範が介在している。  ここで再び、「少女とは何者か」という問いに戻る。「恋愛少女マンガ」に描かれる異性愛関係の中には、保守的・安定志向のものも当然あるだろう。しかしそれを、「女性」を一枚岩的にとらえて女性側の責任に帰すべきではない。たとえば本書では90年代以降の作品に触れながら、現代日本における女性の専業主婦願望の強さや女性の就労時間の短さに言及し、それが「男女間で仕事に格差があるためともいわれていますが、「社会的に平等ではない」のが原因か、「結婚したら働きたくない」が先かわからない」(300ページ)と述べられている。  しかし、本当にそうだろうか。内閣府の世論調査等にも示されるとおり、いまだ性別役割分業が根強いなかで、女性は家事労働や育児や介護の責任を負うために就労時間を短くせざるを得ない状況にある。また、専業主婦願望があったとしてもそれを実現できるかどうかは女性自身の意向だけでなく、夫の考え方や家族の事情、世帯収入や労働環境といった社会経済状況に規定される。そして言うまでもなく、専業主婦であることは悪ではない。もし近年の少女マンガに描かれる恋愛観が保守化しているように見えるのだとすれば、それは女性たち(それとも少女たちか?)の怠慢ではなく、むしろ現代社会において恋愛や結婚や自立がいかに困難なものかを示唆しているのではないだろうか。そして、それらの物語が世に送り出されるまでには男性も関わっている。  本書によって描き出されるのは、「恋愛」という価値観に揺れ動く「少女」の姿である。他者との関係を築くなかでジェンダーにまつわる困難にぶつかる彼女たちの足跡を、ぜひ実際の作品を手にとって確かめたい。(にしはら・まり=跡見学園女子大学准教授・社会学・マンガ研究)  ★ながやま・やすお=評論家。著書に『SF少女マンガ全史』『日本SF精神史』『偽史冒険世界』など。一九六二年生。

書籍

書籍名 恋愛少女マンガ全史
ISBN13 9784480018465
ISBN10 4480018468