2026/04/10号 4面

接続の絆・切断の夢

接続の絆・切断の夢 井手口 彰典著 宮入 恭平  二〇二五年一〇月二五日と二六日の二日間、オアシスの来日公演が開催された。一九九〇年代に世界規模で人気を博したイギリスのロックバンドだが、バンドの核となるギャラガー兄弟の不仲によって長期にわたって解散状態にあった。ところが突如、二〇二四年にバンドの再結成と翌年のワールドツアー開催が発表され、一六年振りとなる日本での公演も実現する運びとなった。来日公演には評者も参加していたが、五万人の聴衆が一丸となってオアシスの作品を歌う場面が多々あった。会場となった東京ドームは、オアシスの音楽でひとつになったというわけだ。それは、ワールドツアーがおこなわれたすべての会場で見られた光景で、まさしく音楽が人びとを結び付ける役割を果たしたのである。  オアシスの作品が人びとを結び付けた例はほかにもある。二〇一七年五月二二日にイギリスのマンチェスター・アリーナで、二二名が犠牲となった爆破テロ事件が起こった。アメリカのシンガーソングライター、アリアナ・グランデの公演終了直後に起こった自爆テロで、負傷者は一二〇名にのぼった。事件の翌日にはマンチェスター市内の広場で追悼集会がおこなわれ、そこに参加していた一人の女性が「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」を歌いはじめると、誰からともなく膨れ上がった歌声が広場全体を埋め尽くすことになった。  そんなオアシスの音楽だが、必ずしもすべての人びとを結び付けているわけではない。日本ではあまり意識されることはないかもしれないが、階級にともなう社会階層による分断が現存するイギリスにおいて、労働者階級の出身であるギャラガー兄弟が率いるオアシスは、労働者階級を体現するロックバンドとして大きな支持を集めてきた。確かに、労働者階級の名のもとで、オアシスの音楽が人びとを結び付けてきたのは事実だ。しかし、それはまた、労働者階級以外の人びとを締め出すことにもなっていたのだ。  本書では、オアシスこそ登場しないものの、どのように音楽が人びとを「接続」あるいは「切断」してきたのかについて、さまざまな視座からの探求がなされている。わたしたちは日々の生活においても、オアシスの音楽をとおして実践されたような「接続」や「切断」を経験している。たとえば、いまとなっては日常的な習慣となっているイヤホンによる音楽聴取は、本書でも描かれているメディアの技術革新によってもたらされたものだ。もっとも、音楽をとおした「接続」や「切断」の経験は、時代や環境によって大きく左右されることになる。二〇二〇年代後半の現在における音楽実践を確認するためには、これまでの音楽文化の変容をとらえる必要がある。その作業は困難をともなうものであり、あとがきの冒頭に書かれている「難産であった」という、本書を執筆する際の著者の苦悶に満ちた心情からも窺い知ることができる。  正直なところ評者は、本書を読み進めるに連れて、迷路に入り込んでしまったかのような感覚に陥ってしまった。それは、古代ギリシアや古代中国から現在にいたるまでの、著者の言葉を用いるならば、「古代中国の神やオルペウス伝説、近世ヨーロッパの魔女からトルコの軍楽隊、江戸幕府の遣米使節団、レコード喫茶にロックンロールに美空ひばり、さらにはウォークマン、音楽フェス、カラオケ、そして音楽サブスクリプションまで」の、壮大な時間軸によるところが大きい。それに加えて、音楽と密接に関連する音楽学や民族音楽学、ポピュラー音楽研究から、メディア、情報、コミュニケーションといった領域を含む社会学、さらには人類学、カルチュラル・スタディーズや文化研究といった、多岐にわたる学際的な視座による議論の展開は、本書の核心部分に複雑さを与えているのだ。  壮大な時間軸と学際的な視座から描かれた本書を完読するに当たり、最終的に評者が迷子にならずにすんだのは、「接続・切断」という終始一貫したテーマがあったからに違いない。著者は自ら描いたシナリオにもとづきながら、忠実なまでに物語を描き切ったのである。本書で扱っている事例や理論は、まるでパズルのピースのように、どれひとつとして過不足ないものとなっている。そして、自覚的にせよ無自覚的にせよ、本書において著者が試みていたことは、まさしく「接続」と「切断」の均衡を図る作業そのものだったと言えるだろう。(みやいり・きょうへい=青山学院大学非常勤講師・社会学)  ★いでぐち・あきのり=立教大学教授・音楽社会学。著書に『ネットワーク・ミュージッキング』『童謡の百年』など。一九七八年生。

書籍

書籍名 接続の絆・切断の夢
ISBN13 9784393936245
ISBN10 4393936248