<新書のすすめ>
小川公代さんが新書を買う
新年恒例「新春特集・新書のすすめ」をお届けします。5面・10面「新書を買う」では、『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)の著者である小川公代さん(上智大学外国語学部教授)に、東京堂書店 神田神保町店さんにて新書17冊をセレクトいただきました。
6面から8面では、版元選りすぐりの新書を「私のモチーフ」、「売れ行き好調の10点」リスト、「新刊・近刊ピックアップ」の3点でご紹介。9面と10面では、新書編集長鼎談を掲載しています。(編集部)
●ジェーン・スー『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書990円)
少し前に、難病にかかった母のケアや介護をめぐるエッセイ『ゆっくり歩く』(医学書院)を刊行しました。この本を取材してもらった時に、そのインタビュアーが「ジェーン・スーさんの本と真逆の印象を受けました」と仰っていて、ずっと気になっていたんです。どこが逆なのか尋ねると、手間のかかる「ケア」に焦点を当てる私に対し、スーさんはさまざまなシステムを使っていかにケアを外注するかを論じているそうで。でも、私はその話を聞いて、スーさんとは〝同士〟だと思いました。私もスーさんも、ケアをしつつ自分の仕事は諦めないスタンスでいる。現実問題として、働く女性が介護をする場合、何かしらの外注はマストです。たとえば私は母に介護サービス付きマンションに入ることを勧めましたが、スーさんは家事代行サービスを試したり、物理的なサポートを工夫しているようです。やっていることは同じだけれど、どちらも「セルフケア」を重視しています。
一方で、スーさんはお父さまを、私は母を介護しています。このジェンダーの違いは、けっこう大きな気もする。たとえば母はケアをし続けてきた人なので、食事ひとつ取ってもある程度のクオリティを期待します。男性と女性で求めるケアの違い、外注できる介護とそうでないものの線引きなどはどうしているのか。本書でスーさんの考えを知りたいと思います。
●結城康博『介護格差』(岩波新書1100円)
母の介護をするようになって、介護格差の問題を痛感することが増えました。少し前に服を買いに行き、店員さんとのお喋りの中で介護の話になったんです。彼女のお母さまは特養(特別養護老人ホーム)に入っているそうで、国が運営するので「月額は安いし、入れたら本当に幸せよ」と、強く勧められました。彼女いわく、かかる費用は月8万円ほどだといいます。でも、だからと言って、私自身は母に特養に入ってほしいと言えるかどうか。
というのも、特養の暮らしがどういうものかは想像できる。実際、母の介護にあたり特養も見学しましたが、規則が多く、私も姉も、まだ一人で歩ける母にとって特養はあまりいい施設とは思えませんでした。けれど、その店員さんは、「入れたら幸せ」と当たり前のように言っていた。私たちの反応の違いを考えた時、最終的に辿りつくのはやっぱりいくら払えるかというお金の問題でもあるなと思いました。私は店員さんの話を聞きながら、生涯賃金が介護のクオリティを左右するのだという恐ろしい現実を叩きつけられて、愕然としました。
新自由主義の社会において平等は不可能になっていて、その最たるものが介護です。私たちは年金がもらえないかもしれない社会に生きていて、しかも重度の障害や難病にかかる可能性もある。計画的な貯蓄は不可能と言っていいでしょう。格差を理解したうえでしか介護について考えることはできない。その実情を改めて考えたいです。
●加藤喜之『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書1320円)
最近のアメリカの、超保守主義的な動きを歴史的に遡って捉える本です。イギリスで生まれた福音主義は、キリスト教の中でも「個人」の精神を大切にしていて、どちらかというとリベラルな宗派です。ところが、アメリカに渡った福音派は超保守主義に変化する。これがずっと不思議だった。なぜ、アメリカ社会ではキリスト教というものが権威に力を与えてしまうのか。
マーガレット・アトウッドは『侍女の物語』や続編『誓願』で、権威主義がキリスト教を用いて女性のリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)をどう奪っていくのかを描いています。まさに今、トランプが目指しているのはアトウッドが物語で描いたディストピアです。中絶を許さない、同性婚を許さない――リベラルな人間からすれば当然与えられるべき人権が奪われる――社会を、トランプは作ろうとしている。でも、背景にある思想は福音主義なんですね。そのあたりのルーツが本書には書かれていそうなので、手に取りました。
●望月衣塑子『軍拡国家』(角川新書990円)
『侍女の物語』『誓願』では、国家の権力をいかに強大にしていくのかも語られます。これはトランプのアメリカだけでなく、安倍晋三以降の日本の姿とも重なる。本書の帯には、「アメリカからの武器の契約額は約5倍、9000億円超に」とあります。安倍の後継者として高市早苗が首相になった現在の日本では、この本が刊行された2025年2月よりさらに、軍拡が推し進められていくのではと私は懸念しています。
軍拡を行うとは、言い換えれば日本を戦争ができる国にするということです。もしかしたら日本はまた、戦争に突入するかもしれない。この危機感をどれほどの人が共有できているのか、高市の支持率の高さを目にすると非常に不安になります。安全保障という体裁で軍拡を推し進める日本の行く先については、全員が今一度しっかり考えるべきなのでは、と思います。
●将基面貴巳『従順さのどこがいけないのか』(ちくまプリマー新書968円)
その流れで話したいのが、こちら。「従順さ」の問題を政治の現象から解き明かそうとする一冊です。第2章でカズオ・イシグロ『日の名残り』を取り上げられていて、惹かれました。「自分が忠誠心を抱く対象が優れていると思い込みがちになってしまう」(62頁)とありますが、『日の名残り』の語り手がまさにそう。執事である語り手がかつて仕えていた主人は、実はナチスに加担していた。主人がやったことが戦争に直接繫がっていたかは、誰にも分からない。でも、後に戦争責任を考えた時、自分の主は正しかったのか間違えていたのか。主人のイエスマンだった自分はどうなのか。『日の名残り』で問われるのは、従順さの問題そのものです。
私たちは『日の名残り』の語り手のように、イエスマンになりすぎていないか。軍拡の話しかり、特に安倍以降の自民党政治について、そろそろ問い直す時期なのかもしれません。
●キーツ『詩人の手紙』(田村英之助訳、冨山房百科文庫1430円)
最近、哲学者の谷川嘉浩さんが提唱した「令和人文主義」が話題です。谷川さんや文芸評論家の三宅香帆さん、哲学者の戸谷洋志さんや朱喜哲さんなどに代表される、「読書・出版界とビジネス界をまたいだ文化的潮流」を指す言葉だそうです。これに対し、批評家の小峰ひずみさんの反論をはじめ、人文学をめぐる新しい議論が生まれている。わたしも人文学研究に携わる者として、この議論のゆくえに注視していましたが、どちらが「正しい」という意見をSNSで発信することには躊躇します。
わたしが最近『群像』の連載でテーマとしているのが「ネガティヴ・ケイパビリティ」です。急いで答えを求めるのではなく、分からないことを分からないまま考える状態を保つ、留保する力のことです。実は初めて「ネガティヴ・ケイパビリティ」という言葉を使ったのが、キーツなんです。本書に収録された弟宛の手紙の中に、この単語が出てくる。キーツはあらゆる問題を多角的に考える必要があるとして、「ネガティヴ・ケイパビリティ」を使っています。将基面さんやカズオ・イシグロも、「ネガティヴ・ケイパビリティ」の実践者といえそうですよね。彼らは、簡単に答えが出ない問題について考え続けているのでしょう。
どちらが/誰が正しいかという話に発展すると、その瞬間に分断が起き、特に新しい主張の場合はバックラッシュも生じやすい。令和人文主義をめぐる議論も、人文知を大切にしている部分は全員の共通認識だと思うので、分断しない方法で、お互いに人文知の重要性を考えられるといいですね。
●ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(江口泰子訳、ちくま新書1210円)
資本主義や戦争に加担する動きに対し、反対の声を上げる人は女性が多い。この系譜の先頭にいるのは、ヴァージニア・ウルフです。彼女は『三ギニー』というエッセイの中で、戦争を始めてしまう男性に対し、子どもを産み育てる役割を担ってきた女性は戦争に加担しないと指摘している。100年前と現代では女性の役割も変わっているし、性別で論じるのはあまり好きではないけれど、戦争に反対してきた女性作家のウルフや、残虐な行為に及んだアイヒマンを分析した女性思想家のアーレントたちは、非常に重要な存在です。
少し前に来日された政治哲学者のフレイザーさんも、その一人です。彼女は今の資本主義を「共喰い資本主義」と名付け、本書で的確なことを言っている。子育てや介護などのケアに価値が与えられず、女性ばかりがその実践を担わされている社会の構造から変えていかなければ、世の中は何も変わらない、と。
弱い立場の人の労働やケアを搾取するシステムは、大国が小国を支配する構図とまったく同じです。戦争に加担する人たちの中には、意識的かはさておき、二大権威主義――資本主義と家父長制がはびこっている。だから暴力という物理的な手段でもって、相手を力でねじ伏せようとするんですね。搾取を前提にした社会構造を変えなければ、資本主義も家父長制の考え方も転覆できない。二度と戦争を起こさないためにも、フレイザーさんの論考は必読です。
●小林恭子『なぜBBCだけが伝えられるのか民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書1078円)
日本の腐敗した社会構造をBBCが暴いてきてくれたのは、事実です。帯にはBBCに従事していたこともあるジョージ・オーウェルの写真とともに、「権力の犬にならないために」と書かれている。その通りで、本来メディアは政府を監視する役割でなければならないのですが、日本ではメディアが政府に忖度する立場になっているように感じます。
もちろん、BBCがずっと正しかったわけではない。第二次世界大戦時に各国のメディアは、洗脳機関のひとつとして動いていたという過去もある。本書を読んでみないと分からないですが、もしかしたらBBCはその時の反省をもとに、権威や権力から距離を置く努力したのかもしれないですね。
この本の最後では、ジャニーズの問題も論じられています。BBCが報道したことで、ジャニー氏の性加害の実態だけでなく、日本のメディア業界そのものが何十年にもわたって性暴力について沈黙し続けてきたことも明るみに出た。BBCが動いて日本のメディアが重い腰を上げた事例は、他にいくつもあります。どうして日本の中では、声が上げにくいのか。そうした問いを考える手がかりになりそうです。
●高柳聡子『ロシア 女たちの反体制運動』(集英社新書1100円)
日本国内の問題を考える際、海外のことを論じた本は参考になります。たとえばロシアでは、プーチンがウクライナへの軍事侵攻を開始した25時間後には反戦運動の最大勢力「フェミニスト反戦レジスタンス」が結成されたそうです。プーチン対女性たちという構図がロシアにはあった。その構図が生まれることのできた歴史的背景も知りたいし、逆に日本では安倍対女性たちにならなかった理由も考えたいです。
私はオーウェルの『1984年』は、現代社会の必読書だと思っています。ビッグ・ブラザーに支配されたオセアニアという腐敗した国家が舞台で、この国には「国民を外国に行かせない」という施策がされている。ここに、オーウェルの鋭い視線を感じます。違う国に行かなければ、比較対象は存在しないし、批判精神も育たないからです。最近の日本では、海外に行かない若者が増えていますよね。ネットでいつでも動画や写真を見れるし、金銭的余裕もない。でも、それは健全なのか。海外事情を知るためにも、女性視点から声を上げるという点でも、こうした本を読むのはますます大切になります。
●鴻巣友季子『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』(ハヤカワ新書1254円)
鴻巣さんは、翻訳家としてこれまで英米文学の古典とされる小説の多くを手がけてこられました。オーウェルからインスピレーションを得たアトウッドの『誓願』やミッチェルの大著『風と共に去りぬ』など、そのいずれも私は読んできています。翻訳家として緻密な言葉の読解を日々実践されてきた鴻巣さんの評論は、権威主義や大きな物語に対する抵抗を実践されているという点でも信頼できます。
そういう書き手が、今度は英米における日本文学受容に切り込む。これは、読まないではいられませんね。目次を見ると、村上春樹、村田沙耶香、柚木麻子などが取り上げられていて、楽しみです。
●森まゆみ『しごと放浪記 自分の仕事を見つけたい人のために』(インターナショナル新書968円)
宗教や戦争、資本主義など、〈男〉的なものが牛耳っている社会がさも安定した幸福を与えてくれるのだという幻想に、私たちは酔っていないか。その幻想を打ち破るためにも、女性や弱い立場から見える世界を語り直すことが、世界中で求められています。ということで、ここからは女性の視点で語る3冊を。
最初は森まゆみさんの自伝的新書。森さんは本当に素晴らしい書き手で、社会や権力、国家がどうあれ、人間にとって必要なものを追求した人たちを追いかけている。彼女の書きっぷりから伝わってくるのは、批判精神です。
森さんのお仕事は、男性たちが語って来た歴史の中で隠されたり存在を消された、稀有な人々の活躍を辿っています。女性たちが果たしてきた重要な仕事が語られてこなかったがために、「女は仕事ができない」という社会が日本では出来上がり、今に至るまで女性の政治家やCEOが少ない。森さんの著作を私たちはもっと読まなければならないし、それによって認識を変えていくべきです。
●中野京子『希望の名画』(文春新書1430円)
この本は帯の紹介文に惹かれました。ダメ夫と娘に悩まされ続けたヴィジェ=ルブラン、クリスマスも働いて幸運をつかんだミュシャ、フェリペ2世との結婚でメアリ一世が願ったもの、ゴッホは、弟嫁の献身のおかげで世に出た――有名人を扱いながらも、その人物は誰に支えられていたのかに焦点が当てられている。少し前に話題になった、『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』に似た雰囲気を感じます。
絵画は画家と描かれた対象、その経緯は重視されがちだけど、それ以外の周囲のことが注目される機会は少ない。帯に挙げられた人々の物語を知るだけでも、価値がありそうです。やはり私たちは、縁の下の力持ちとして貢献してきた人のことをあまりに語っていなさすぎるのではないでしょうか。
●斎藤哲也編『哲学史入門Ⅳ 正義論、功利主義からケアの倫理まで』(NHK出版新書1265円)
3冊目は、聞き書き形式で西洋哲学を解説するこちら。斎藤さん、大変なご活躍ですよね。Ⅲ巻までは男性ばかりだったけれど、Ⅳ巻ではギリガン、ヌスバウムなどを取り上げ、神島裕子さんや岡野八代さん、ブレイディみかこさんといった女性の声も掬っています。
近代以降の社会では、「正しさ」を主張しなければならないという意識が強くなっている。この正義の倫理が行き着く先は、今のイスラエルの戦争暴力です。自分たちの正義のためなら、ガザの人々を何万人殺しても許される。その感覚の鈍さや暴力に対する穿った見方、自分たちが絶対的に正義なのだと疑わない姿勢を見る度に、私は正義論に危うい部分があることを痛感します。
人類が人文学として積み上げてきたものの一番重要な部分は、「疑うこと」のはずです。事実や根拠、理由といった、分かりやすく、正しく見えるものを疑うことで、人文知は発展してきました。正しさを議論するよりも、両者の思考を尊重し、相手を傷つけない言葉を用いながら歩み寄る。そういう外交技術を私たちはそろそろ身に付けるべきではないでしょうか。
●小川哲『言語化するための小説思考』(講談社1210円)
そのうえで大きなヒントになりそうなのが、最近話題のこの新書です。小川さんのように力のある作家が小説を書く時、無意識にやっていることって、私たち一般人も応用できるのではないかと常々思っていて。作家の一番の力は、想像力です。普通の人は自分の目を通してしか世界を見ないけど、仮に移民のAさんの目線から日本社会を見ることができたら……。作家はそうした想像力が並外れていて、経験せずともその文脈に沿った言葉を生み出すことができる。
戦争を食い止めるのに最も必要なのは、他者の気持ちを想像することだと私は考えています。痛みや苦しみ、悲しみだけでなく、たとえば偏見を抱いている他者の内面を想像する。読者にとって他者の偏見を知り、その視点から追体験することで、そこから解放されることもある気がします。これこそがコミュニケーションを成り立たせるものだと思うので、私にとっては必読書なのかな、と。小川さんが小説思考と呼ぶものの中に、その技術を身に付ける手がかりがあるような気がします。あと単純に、作家の脳内も気になって選びました(笑)。
●平野啓一郎『あなたが政治について語る時』(岩波新書1100円)
女性の声をもっと聞きましょうという話をしてきましたが、女性だけが頑張れば社会が変わるとはまったく思いません。男性であっても、家父長制の価値観に抗っている人はいて、その代表格は平野さんです。本書には文学に限らず、教育から政治、環境問題に科学技術、国際事情まで、平野さんが雑誌や新聞に書いた短めの記事が集められています。
AIに関する文章もありますが、そもそも平野さんはChatGPTの登場よりだいぶ前に、『本心』というAI技術が鍵を握る小説を書いている。『ある男』も戸籍を売る男の話なので、移民の問題に繫がりますね。政治的なものも含め、みんなが一緒になって考えなければならない問題を、平野さんは物語にしてくれます。
この本のタイトルもいいですよね。作家が政治的であるべきかどうかは、昔から議論されてきた。今の社会で執筆活動するには、もしかしたら政治的なことからは距離を取った方が売れるのかもしれません。でも、やっぱり文学には、批評性があるべきだと私は思います。文学はずっと昔から、抵抗の学問だった。『源氏物語』だってそう。あんなに豊かでポリフォニックな小説は、全世界を見ても他にない。ポリフォニーは、シングルストーリーへの抵抗です。ビッグ・ブラザーだけの声を届けるなら、文学ではなくプロパガンダで事足りる。何千年も前から、多様な声を社会に届ける役割を担ってきた文学が政治的でないというのは、違和感があります。
●勅使川原真衣『学歴社会は誰のため』(PHP新書1155円)
日本社会ではシングルストーリーが語られやすいと感じています。とりわけ「学歴が大事」という物語は、日本人の肩に重くのしかかっている。勅使川原さんの著作は私もとても影響を受けていて、特に「能力」があるかどうか、「優秀」かどうかという言説に対して、つねに疑義を投げかけてこられました。彼女が、社会的に正しいとされる指標の一つが 〝能力〟であり、たとえば、「〇〇さんは〜大卒だから優秀である」という考え方は、日本の「学歴」を気にする世相を表しているとおっしゃっていました。私自身もこういう日本の風潮を忌避して、イギリスの大学に進学した経緯があります。勅使川原さんもそうした能力主義を疑うために、「学歴」というものに注目されているのかなと思うので、この新書はぜひ読んでみたいなと思いました。
●川原繁人『言語学者、生成AIを危ぶむ 子どもにとって毒か薬か』(朝日新書1045円)
この本から知りたいのは、生成AIと人間の違いです。60頁に「感情のない「おかえり」」という見出しがあって、次のようなことが述べられています。生成AIに「ただいま」と言えば、高確率で「おかえり」と返ってくる。でもそれは統計的な情報に従っているだけで、AIは「ただいま」の意味も理解していないし、帰ってきてよかったという安堵の感情も含んでいない、と。
今後、核家族化が進み、子どものいない家族が増えていく日本社会において、AIの役割は確かに増えるでしょう。私たちは人間とAIの違いを、嫌でも意識して生きていくようになる。人間は言葉から感情を読み込む仕組みを持つ生物なので、たとえ相手が統計データに沿って発した言葉であっても、そこに文脈を読み取ろうとします。そんな複雑な人間が、感情も身体も持たないAIと長く楽しく付き合っていけるのか。技術が発展途中の今だからこそ、AIは毒になるのか薬になるのか、言語学の視点からの解説を読みたいと思いました。(おわり)
★おがわ・きみよ=上智大学外国語学部教授・ロマン主義文学および医学史。著書に『翔ぶ女たち』『ケアする惑星』『ケアの倫理とエンパワメント』『ゴシックと身体 想像力と解放の英文学』『世界文学をケアで読み解く』『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』『ゆっくり歩く』など。一九七二年生。
