中華と綺想
平井 敏晴著
塚本 麿充
東アジアという文化空間には、つねに巨大な「中華」が君臨しており、その圧倒的な存在と自分たちのコミュニティーの関係を考えていくことから、現在見るような多様な文化が生まれた。本書はその緊張の歴史を、著者自身の様々な実体験、旅行・調査の経験を土台に、「中華」と〝マニエリスム〟という二つの力学から説くものである。
本書のいう「中華」とは、儒教を中心とする秩序体系であり、理性や普遍性、男性知識人、漢字、イデオロギーなどと結び付けられてきた世界である。一方で「綺想」(〝マニエリスム〟)とは、そこから逸脱しようとする、感情やプライベート空間、女性や家族、日常の言葉、シャーマニズム、空想などの世界であり、一方の極からの抑圧をはねのけること、もしくはこの両極を自由自在に往来することで、アジアの文化空間は形成されてきたとする。その例としてあげられるのは朝鮮王朝、遼金、台湾、ベトナムなどで、著者の足跡は東アジアの広域におよぶ。
本書のプロローグ、そして第一章では高らかに、中華とマニエリスムのテーゼが宣言される。本来は西洋美術の様式概念であった「マニエリスム」をアジアにあてはめてみると、そこには「アルス・コンビナトリア」(結合術、組み合わせ)によって「中華もどき」が出現し、また「本当の自分たちの姿」との葛藤の中で綺想空間が生まれるとする。
つづく第二章「朝鮮半島に充溢するマニエリスムの系譜」では、朝鮮王朝時代の絵画や建築、音楽、ハングルと漢字、高麗からつづく仏教などが取り上げられ、それらのうちにふくまれる、シャーマニズム的な本性と中華との関係が暴かれていく。読者は日本の近代社会のなかで培われてきた独特の韓国美術への観念が、その内側から回転していくような快感を味わうことができるだろう。
第三章「自称中華の綺想体」では、西洋文化を大胆に取り入れ変容させていった清朝と、台湾が取り上げられる。中国東北部の女真族が建国した清朝は、周辺から中央へと進出して変容した「中華」、台湾は福建を中心とする周辺から、さらに周辺へと押し出されていった「中華」といえ、その屈折した中華への思いが、過剰に装飾を施した寺観建築や歌仔劇の事例から紹介される。
そしていよいよ第四章「越南という小中華帝国」では、ベトナムへと視点をうつし、グエン朝の中華三昧、カイディン帝のベトナム・バロックから、北部ベトナムと南部の違い、そして中華のみならず、チャンパーやクメール文化、華僑文化との結合、融合におよび、ここに綺想と混合主義は極まったかにみえる。最後に引用される、ファム・コン・ティエンの〈空路〉と〈深淵〉の傍らでただ〈待つのみ〉という思索は、ベトナム戦争の惨禍を思い起こすとき、西洋とアジアの緊張関係のなかで、これからも深い意味を持っていくにちがいない。
第五章では、ナム・ジュン・パイクのヴィデオアートと、その卒論であった「シェーンベルグ」の評価が、その神秘性やシャーマニズムといった深層において深く結びついていることが指摘され、それは前の四章とも共鳴していく。第六章では両性具有の熊と王権の関係が、実は中華と自分たちのアイデンティティー、つまり非中華である非正統性を守っていくこととの深いかかわりが示され、ここに本書全体をむすびつける「マニエリスム」の大きな骨格が示されている。また第二、四章のあとに「間奏曲」として、日本統治時代朝鮮の詩人であった李箱、戦後の韓国で活躍したデザイナー、アンドレ・キムの、それぞれの「マニエリスム」がとりあげられる。
韓国からメコンデルタという大きな地域を軸に、「中華」との関係をあざやかに描き出した本書は、これからのアジア全域を旅するための最良のガイドといえるだろう。それでは「中華」とはいったい何だったのか? 周辺からの中華への幻想は、結局は幻想でしかなく、「中華」にはもともと主も民も社会も存在せず、存在していたのは大きな綺想と結合の幻想体であったのかもしれない。ともかくも、今までの「名品」という中華的、理性的、普遍的なイデオロギーを超え、混合し幻惑する多種多様な魔力が広域アジアにはあふれている。早く次の旅に出たくなる、本書にはそんな読者の背中を強く推してくれる魅力がつまっている。(つかもと・まろみつ=東京大学東洋文化研究所教授・東アジア美術史)
★ひらい・としはる=思想史家・漢陽女子大学校助教授(韓国)・東アジア・ヨーロッパのマニエリスム研究。金沢大学理学部で量子化学を、東京都立大学大学院人文科学研究科でドイツ文学を専攻。二〇〇五年に韓国へ拠点を移し、中華文化圏各地でフィールドワークを重ねる。著書に『岡本太郎が愛した韓国』『週末ぶらっと黄海旅行記』など。一九六九年生。
書籍
| 書籍名 | 中華と綺想 |
| ISBN13 | 9784875025665 |
| ISBN10 | 4875025661 |
