2026/08/21号 5面

中国農漁村の歴史を歩く

〈書評キャンパス〉太田出『中国農漁村の歴史を歩く』(運政皓)
書評キャンパス 太田出『中国農漁村の歴史を歩く』 運 政皓  「九姓漁戸を知っていますか」。中国浙江省の山あいの村で、ある日本の歴史学者が同じ問いを繰り返している。九姓漁戸とは、明清時代に一般の民と区別され、舟の上で一生を終えた人びとのことだ。日本でいえば瀬戸内海の「家船」に近い。清の時代に身分の区別が解かれると、彼らは文献からぷつりと姿を消してしまう。その行方を確かめに来たのだが、返事はいつも「知らない」。日が暮れかかり、運転手まで苦笑いを浮かべはじめる。そのとき、彼はふと聞き方を変えた。「ご先祖さまの言い伝えはありませんか」。村人は即座に答えたという。先祖は明の建国者に敵対した側の人間で、その罰として陸に住むことを禁じられ、水の上へ追いやられたのだ、と。それは古い文献に残る九姓漁戸の由来と、そっくり同じ筋書きだった。  本書の冒頭に置かれたこの場面を読んで、筆者は思わず本を置いた。歴史学者といえば、図書館にこもって文献を読む人。少し前までそう思っていた。ところが著者は、明清期から現代までを射程に収める中国史の研究者でありながら、二十五年にわたって中国の農漁村を歩き続けてきた。本書はその記録である。  歩けば、思いがけないものに出会う。福建省では、バスの車窓に神像を載せたトラックの列を見つけ、その場で下車して追いかけた。着いた先は村祭りで、著者はそのまま一週間居ついてしまう。太湖のほとりでは、船の上で生まれ船の上で死んでいった漁民たちの話を聞く。陸に土地も家も持たず、小舟と網だけで暮らした人びとである。  最も驚いたのは、村のなかにさらに小さな「村」が隠れていた、という話だ。「角落」と呼ばれるその単位は、外から来た者の目にはまったく見えない。だが村の古老は境界を迷いなく指し示す。ここまではこの角落、この先は別だ、と。しかも角落ごとに小さな土地廟があり、誰がどの廟に属するかを全員が知っている。地図にも役所の台帳にも載っていない秩序が、そこにある。  本書の後半は、日本住血吸虫病という感染症の話になる。毛沢東がその撲滅を「瘟神を送る」と詩に詠み、二十年後には後継者が政敵をこの疫病神になぞらえ、六十年余りを経た二〇二〇年、新型コロナと闘う中国でその詩がまた持ち出され、習近平が毛沢東以来の指導者として重ねられていく。病と政治がこれほど密着するのかと、コロナ禍を経た身には生々しく響いた。大国となった隣国について、私たちは統計や首脳の言葉なら知っている。だが人が何を頼りに物事を決め、何を拝み、災いをどうやり過ごしてきたのかは、そう簡単には見えてこない。本書が見せるのは、その部分だ。  何度も読み返した一節がある。同じ村を再訪するたびに「あの人はもう亡くなったよ」と告げられ、著者が自分を「遺言作成人」のようだと感じた、という箇所だ。聞き取りとは、消えていくものに間に合うかどうかの仕事なのだと思い知らされる。  じつは筆者も、廟で人に話を聞いたことがある。そこで語られる由緒と、文献に残る記録とが食い違っていて、しばらく途方に暮れた。本書を読んでから、どちらが正しいかを決めるより、なぜそのように語られるのかを考えるほうがずっと面白いと思うようになった。  歴史は本のなかだけにあるのではない。当たり前のことをこの本は、足を使い、靴の裏側から教えてくれる。中国に関心のある人にも、そうでない人にも薦めたい。誰かの話を聞くという行為が、これほど誠実で、これほどスリリングでありうるのかと驚くはずだから。

書籍

書籍名 中国農漁村の歴史を歩く
ISBN13 9784814003204
ISBN10 481400320X