モア・ザン・ヒューマンの物語
結城 正美編著
本橋 哲也
ここ十年ほど、日本語圏でも「環境と文学」、「環境人文学」、「エコクリティシズム」、「ネイチャーライティング」といったキーワードをタイトルとする文学研究論集がさかんに編まれるようになり、学会としても今年三〇周年を迎えた「ASLE-Japan/文学・環境学会」をはじめとして活発で意義深い研究活動が行われている。その背景には一九七〇年代から英語圏を中心に広がってきた「ポストヒューマニズム」と呼ばれる、ヨーロッパにおけるルネサンス以来の人間中心主義を疑問視して、西洋的近代の啓蒙主義的ヒューマニズムを支えていた生物種としての「人間」の至高の地位を解体しようとする動きがある。このような動向は、一方で二〇世紀後半の脱植民地化の進捗に伴い、西洋的近代の植民地主義・帝国主義を批判するポストコロニアリズムに掉さしながら、他方で産業革命以降の資本主義的生産様式のグローバルな拡大によって地球環境の危機が進行する状況に直面することで、人間の活動が完新世(Holocene)に代わる新たな地質年代として「人新世(Anthropocene)」を招き入れてきたという最近の社会的・科学的・歴史的認識によっても推し進められてきた。こうして学問領域横断的な「環境人文学」の必要性が高まってきたなかで、あらためてそのような環境と人間との関係を問い直すうえで、私たち人間とはいったいどういう存在かを言葉によって探求する「文学」の意義が問われているのである。
本書は、青山学院大学総合研究所研究ユニット「〈人間以上〉の想像力と語り――環境人文学の研究教育基盤形成に向けて」の研究活動を報告する成果刊行物であるが、ともすれば玉石混交となりがちな寄せ集めの論文集とは一線を画して、日本語圏でもこうした世界的水準の「ポストヒューマン文学研究」が生まれていることを証明する画期的な著書となっている。内容を概括すれば、まず、日本における環境人文学のリーダーの一人である結城正美氏による「モア・ザン・ヒューマン」という、人間とその土地の地形や気象や人間以外の生きものとの絡まり合いを示す用語を文学との関係において丁寧に解説した「序論」に続いて、結城氏、奥野克巳氏管啓次郎氏というエコクリティシズムやマルチスピーシーズ人類学や環境詩学を牽引してきた三人(この三人が代表となって青山学院、立教、明治という三大学院連携の「環境人文学プログラム」が発動していることも特記すべきだろう)による「鼎談」が掲載されている。そこには、「文学の言葉」が、いかに自然の落ち葉や苔やクモの網のように育つのかを私たちそれぞれに考えさせる、きわめて味わい深い対話が展開されており、これら指導的立場にある人たちの「本気度」が伺える。そのあとに九本の論考が続くが、どれもが理論と読解の緊張関係という点で、非常に読み応えがあって斜め読みを許してくれない。字数の関係で簡単な概略を記させていただければ、記憶と物語の関係を問う第Ⅰ部は、ウォルター・スコットの『アイヴァンホー』から森と人間との関係を再考し(松井優子)、善福寺池のサウンドスケープから精霊たちとの出会いを語り(鳥越けい子)、資本主義と奴隷制に起因する人種主義による喪失の痛みを超える文学の可能性を探り(西本あづさ)、日野啓三の文学を沖縄の自然思想に開く(佐藤泉)。ガヤトリ・スピヴァクの提唱した「惑星思考」をめぐる第Ⅱ部では、ゲーリー・スナイダーの環境思想が再評価され(山里勝己)、グローバルとプラネタリーとの相克からリチャード・パワーズが再読され(清水美貴)、ロビン・ウォール・キマラーの『植物と叡智の守り人』における人間とノンヒューマンの互恵性である「レシプロシティ」が注視され(結城正美)、「呪文」が人新世における倫理的表現として捉えられ(エリン・マクレディ/松本ほのか訳)、ライナー・マリア・リルケの詩がノンヒューマンとの不吉な繫がりを示す「ダークエコロジー」の観点から読み直される(大澤善信)。このような深さと広がりからもわかるように、今後、日本語圏において環境人文学を語ろうとする者たちは、この論集を一つの里程標として、そこからの進展を目指すべきであろう。また、先述した三大学院協働の環境人文学プログラムからは今後、多くの人材が育っていくことだろう。
人間の未来は、環境を自分とは別の何かと考えて保護を唱えたり荒廃を嘆いたりすることにはない。人間は環境の一部であり、無数の人間以外の存在――動植物、有機物、無機物、微生物、ゴミ、ウィルス、道具、電波、放射線、大気、風、水、土、森、島、妖精、死者、霊――と共生しており、それらは互いに影響し合う「アクタント」(ブルーノ・ラトゥール)として、ときには互恵的にときには搾取的に利用と依存と交歓と遭遇をくりかえしながら、複雑に絡み合った関係性のうちにある。私たち人間の未来は、自分たちの中に存在している〈環境〉とともにある。環境は他者ではない。私たちは外側から環境が何かを定義したり保護したりしようとするのではなく、環境の内側から見て自分が何者なのかを考えるべきなのである。(もとはし・てつや=東京経済大学名誉教授・ポストコロニアリズム)
★ゆうき・まさみ=青山学院大学教授・環境文学・エコクリティシズム。著書に『文学は地球を想像する』など。
書籍
| 書籍名 | モア・ザン・ヒューマンの物語 |
| ISBN13 | 9784623099528 |
| ISBN10 | 4623099520 |
