- ジャンル:翻訳小説
- 著者/編者: ドゥルセ・マリア・カルドーゾ
- 評者: 上原尚子
帰還
ドゥルセ・マリア・カルドーゾ著
上原 尚子
「僕」は家族と夕食をとっているが、家族の間で交わされる会話はぎこちない。外では銃声が響き、居間には閉じていない旅行鞄が四つ並んでいる。今日は「ここ」で暮らす最後の日だ。夕食が終われば、僕と姉さんと母さんは家を出て空港に向かう。父さんは家を焼き、飼犬を始末してから家を出て、空港で僕らと落ちあう。そして今夜十二時、家族四人で「本国」行きの飛行機に乗る。
「ここ」は一九七五年のアンゴラ、「本国」とはポルトガルだ。アフリカ大陸の南西部に位置するアンゴラは十六世紀からポルトガルの植民地であり、その豊かで肥沃な土地に何十万もの白人が移り住み、黒人を支配下においていた。だが一九六一年、綿花栽培の押し付けをきっかけにアンゴラで独立運動が発生すると、この運動が本国の政権を揺るがす。一九七四年には本国でカーネーション革命と呼ばれる軍事クーデターが起き、長年続いた独裁政権が崩壊。新政権は直ちにアンゴラでの軍事行動を止め、アンゴラの独立を認めた。この時から、白人移住者の本国への帰還が始まった。本書『帰還』は、独立日の直前にアンゴラから本国ポルトガルに帰還しようとする「僕」と家族の物語だ。
母さんの弟であるゼー叔父さんが車で迎えにくるのを待っていると、家の呼び鈴が鳴る。でも、どうやら叔父さんではない。母さんと姉さんが隠れてから僕と父さんがドアを開けると、外には大勢の黒人兵がいる。父さんを別人と間違え、捕まえに来たのだ。父さんはなんとか誤解を解こうとするが、結局連行されてしまう。僕、母さん、姉さんは、その後来たゼー叔父さんと空港に行き、そこで父さんを待つが、搭乗の順番がきて三人だけで飛行機に乗り込む。そうやってたどり着いた本国は、想像とはまるで違う場所だった。
ポルトガルではこれまで、「植民地からの帰還者」について大きく取り上げられることがなかった。それは、この問題が国の歴史における暗部であることを意味する。その暗部を、十五歳の少年ルイの語りによってありありと描いた本書はポルトガルでたいへんな話題を呼び、二〇一一年の刊行以来ロングセラーとなっている。
本国に到着した僕たちは五つ星ホテルに滞在することになるが、支配人より、宿泊客の邪魔にならぬようにし、自分たちのことは自分たちでなんとかするようにと慇懃に告げられる。この時から、サバイバルの日々が始まる。収容能力以上に帰還者が送り込まれたホテルは機能不全に陥り、二時間待たなければ粗末な食事にもありつけない。慣れない冬の寒さに震えていても、配られる古着には身体を温めるものがない。出国時に持ってきた現金はみるみる減っていく。そうした中、僕は帰還者が本国の人々からどう見られているかを体感していくことになる。父さんの帰還に希望をつなぎつつも、母親と姉と共に生き延びる術を模索する僕の前に、果たして父さんは現れるのか……。
著者であるポルトガル人のドゥルセ・マリア・カルドーゾは、自身も十一歳でアンゴラから帰還した。だからこそ、帰還者たちの心情や行動をまざまざと描きながらも、歴史に翻弄された被害者として一面的に表現はしない。語り手である十五歳の少年は時に混乱し、幼さを露呈し、狡猾に立ち回りながら、大人たちの矛盾を鋭く抉る。
コーヒー豆の貿易を行っていた父親はアンゴラの独立が認められたことを歓喜し、〈黒人も混血も白人もみんな一緒の世界一豊かな国家を創るんだ〉と息巻くが、同時に黒人は怠け者だ、傲慢だ、馬鹿だ、強欲だ、恩知らずだと毒づく。ゼー叔父さんはポルトガル兵としてアンゴラにやってきたが軍隊内で問題を起こし、兵役が終わっても帰国せず、独立軍に加担するようになる。精神が安定せず、家族や周囲の人々から守るべき存在として扱われている母親は、いざという時にはきっぱりと、誰より正しい判断をしてみせる。近所のマヌエルさんは、自分たちは本国によってアンゴラから追い出されるのだと嘆きながら、出国の際に高級車のローンを踏み倒し、盗んだダイヤモンドを隠して持ち出す。
これは遠い外国の物語ではない。災害や戦争などで慣れた地を離れなければならなくなる可能性は、常に誰にでもある。もし自分だったら、もし見知らぬ土地に逃げなければならなくなったら一体どうするのか。どう接して欲しいか。今の自分にできることが何かを、考えずにはいられない。(上田寿美訳)(うえはら・なおこ=翻訳者・ライター)
★ドゥルセ・マリア・カルドーゾ=現代ポルトガルを代表する作家。幼少期をアンゴラで過ごし、一九七五年アンゴラ独立にともない、家族と共にポルトガルへ帰国。著書に『血の荒野』(アコンテセ賞)『私の思い』(EU文芸賞)など。本書は批評特別賞、英語版が英国PEN翻訳賞を受賞。一九六四年生。
書籍
| 書籍名 | 帰還 |
| ISBN13 | 9784773825107 |
| ISBN10 | 4773825103 |
