対談=大森 望 ╳ 牧 眞司
<SFの中心であり続けた六〇年>
伊藤典夫著『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)刊行をめぐって
海外SF翻訳・評論の第一人者である伊藤典夫さん初の著書『伊藤典夫評論集成』が国書刊行会から上梓された。A5判箱入り一四〇〇頁超の大著である。SFにこだわり続けた伊藤さんの六〇年間の軌跡を納めた本書の刊行を機に、書評家・翻訳家の大森望さんと、SF研究家・文芸評論家の牧眞司さんに対談をお願いした。(編集部)
牧 評論からエッセイ、書評、紀行文まで、この本にはSF評論家・翻訳家の伊藤典夫が六〇年間で記したあらゆる文章が収録されています。言わずもがなの大著で、頁数は一四〇〇を超す。まずは、本書をどう読めばいいかという話から始めたいと思います。
私のおすすめの読み方は二つあって、ひとつは頭から順番に読んでいく方法です。冒頭に置かれているのは、当時一五歳だった伊藤さんが初めてSF同人誌『宇宙塵』に送ったお便りです。『宇宙塵』は一九五七年創刊で、翌五八年二月号に伊藤さんの短い意見が掲載されている。本書はその初投稿から始まって、大体は発表された年代順に原稿が収められています。伊藤さんの歩みを最初から辿っていくと、SFの発展も見えてくる。頭から読むとSFの大きな流れが分かるので、あまりSFに明るくない読者でも入っていきやすいのではないでしょうか。
大森 伊藤典夫の六〇年は、イコールSFの六〇年と言っていい。この本には六〇年間のSFの歴史が全部詰まっていて、それが伊藤さんの人生にも重なります。静岡県浜松市在住の中学生がSFの同人誌に投稿するようになり、東京に出てきたと思ったら、あっという間に専門誌『SFマガジン』で海外SF紹介コラムの連載を始め、冗談半分に〝ボス猿〟と呼ばれるような、SFファンの中心人物になっていく。
日本SF作家クラブでも、伊藤さんは筒井康隆や平井和正といった第一世代の作家たちと親しく、一緒に仕事をしたりしていました。作家は作家、翻訳家は翻訳家と、業界が分かれているように見えるかもしれないけれど、SFはファンとプロ、作家と翻訳家の距離が近いジャンルです。しかも伊藤さんは、翻訳家でありながら書評もすればアンソロジーも編む。まさにSFの中核でありつづけた人です。
彗星のように現れた若きスターだった時代から、SFの変革とともに壁にぶつかったり悩んだりする時期を経て、押しも押されもしないSFの大家という地位を確立していく。本書に収められた文章にはその過程がつぶさに表れています。頭から読むと、伊藤典夫の個人史とSFというジャンルの歴史が重なることがよく分かる。それが本書の特性でもあります。
牧 その大家の仕事を辿るうえで、もうひとつおすすめの読み方は、索引を使うことです。索引から自分の好きな作家や興味のある作品を探して、その箇所から読んでいく。たとえば、J・G・バラードの作品を伊藤さんはどう読んでいるのか。レイ・ブラッドベリをどう評価しているのか。そういう入り方もあります。
大森 本書の索引は、人名の後に作品名やシリーズ名が続く形で作られています。情報が作家名に集約されているので使いやすい。
この評論集の編集方針は、最初から通読することを前提にしています。文章の配列や脚注の入れ方も、通して読むことで最大の効果を発揮するようになっている。とはいえ、それは相当に無茶な要求です。よっぽどのマニアでも、ぱらぱら拾い読みをする人がほとんどでしょう。逆に言えば、SFに明るくない人も、一カ月か二カ月かけてこの本を最初から最後まで通して読めば、その辺にいるSF通気取りを一撃で粉砕できるだけの体系的な知識とSF観が得られる。
拾い読みする場合は、第二ブロックにまとめられている『SFマガジン』で連載されていた「マガジン捜査線」「SFスキャナー」からがいいかもしれません。未邦訳の海外SFを紹介するコラムで、一九六〇年代、英米SFがまだまだ憧れの未知の大陸だった頃に書かれたものです。今ほど英語が読める人が多くなく、そもそも洋書を手に入れるのが大変だった時期に、伊藤さんはいち早く現物を仕入れ、真っ先に読み、あらすじを紹介する仕事をしていた。しかも、今では考えられないけれど、二〇枚とか三〇枚くらいの枚数で、細かくあらすじを述べています。これを読むだけで、作品のことがだいたい分かるくらい詳細です。
伊藤さんによって紹介され、訳書が刊行されてきた英米SFですが、時代が一回りした今、今度は絶版になって手に入らなくなっているものも多い。そうした入手できない名作や、忘れられてしまった作品のストーリーを知るだけでも楽しいと思います。紹介する文体もヴィヴィッドで読みやすい。
牧 かたい評論というより、センスのいい読み手がSFの面白さをどうやってピックアップしてきたのか分かる内容になっている。しかも作品単体の紹介ではなくて、それが当時のSFの中でどういう位置付けだったのか、その作家がこれまでどんな評価を得てきたのか。そういった背景や歴史が伊藤さんのSF観とともに語られるので、非常に役に立ちます。
私もそうだし大森さんも多分同じだけど、自分の中のSFの地図は伊藤さんの文章からつくっていった。中学から高校にかけて伊藤さんの文章を読んだので、それが自分のSF観に色濃く反映されているんですよね。
大森 そう、僕らの世代は、「SFを読むために必要なことはすべて伊藤典夫に学んだ」と言ってもいいくらい。言い換えると、伊藤さんのSF観が刷り込まれ、常識になっている。そのため、どこまでが自分の考えなのか分からなくなることがある(笑)。自分の考えだと思っていたことが、実は伊藤さんが六〇年前に語っていたことだった、とか。
と言っても、僕は世代的に「SFスキャナー」などの連載をリアルタイムで読んではいない。伊藤さんが「SFスキャナー」の後継にあたる連載「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」に幕を引いたのは一九七二年三月号。当時、高知の小学生だった僕が初めて『SFマガジン』を買ったのは、伊藤さんの連載が終わった直後でした。だからこの本の前半にあたる内容は、図書館や古本屋で『SFマガジン』のバックナンバーを漁り、後追いで勉強した。僕らの世代でさえリアルタイムで読んでいたわけじゃないので、当時のことを知らなくても、本書を読むのに支障はない。
大森 実は「SFスキャナー」に関しては、四〇年前に一度、東京創元社で出版が企画されていました。結局途中で頓挫してしまい、実際に出たのは二〇二五年。もし四〇年前に刊行されていたら、SFファンやSF編集者、SF翻訳者みんなが教科書にしたでしょう。僕もいちいち本棚から『SFマガジン』のバックナンバーをひっぱりだす手間が省けて、ずいぶん助かっただろうなあと思います。
牧 私は中学一年の冬に『SFマガジン』を読み始め――号数でいうと七三年一月号――、すぐに古本屋でバックナンバーを集めるようになり、卒業する頃には六〇年代からの伊藤さんの連載にほぼすべて追いついていました。頭の中に、伊藤典夫のSF観や情報が一気に降ってきた感じだったことを覚えています。
SF作品の紹介や評論はもちろん読み応えがありますが、コラムやエッセイ的な部分もぜひ注目してほしい。洋書屋や古本屋に行く話から、ファン同士の情報交換まで、伊藤さんの読書ライフを知ることができます。たとえば五三一頁。伊藤さんは、神田神保町の東京堂でバランタイン・ブックスという版元のアダルト・ファンタジイ・シリーズの新刊を見つけたと、SF仲間で翻訳家の鏡明さんに電話で話しています。すると鏡さんは、東京堂にはもう一冊別の本があって先に自分が買ったんだ、ざまあみろと煽るんですね。そして、伊藤さんは悔しまぎれに暴言を吐くという(笑)。気の合うSFファン同士のどつきあいが記されています。これは「SFスキャナー」のあるエピソードですが、植草甚一さんのエッセイが好きな人などは、同じように楽しめるでしょう。
大森 本を探したり買う話はたくさん出てくるし、伊藤さんと同時代の浅倉久志さんや野田昌宏さんをはじめ、SFマニアの住み分けに関する話題もある。洋書が入手困難だった頃の争奪戦の様子も見えて、面白いです。
『伊藤典夫評論集成』というタイトルを見ると、かたいものを想像するかもしれません。でもこの中には、お遊びやパロディ、ファン同士の内輪ネタやゴシップもたくさん入っています。伊藤さん自身そういうネタが好きだったし、日本のSFファンの中心にいた人なので怖いものがなく、何でも書けた。九州で行われた日本SF大会に向かう珍道中を記した「キューコン・ハチャハチャ・レポート」は、今だったら絶対に書けないようなSFファンたちの個人的なゴシップも含めて、自由気ままに書いたユーモラスな紀行文であり、青春文学であり、昔のSF界の雰囲気を味わうことができる。
そういったSFファン気質まるだしの文章と、ものすごくしっかりしたSF評論が一緒になっているのを不思議に思う人もいるかと思いますが、それが当たり前の時代もあったんですね。そうした文章を読んで育った僕らには、これがSF評論だという感覚もある。
そもそも同人誌文化、ファン文化も、今でこそコミケや文学フリマなどの即売会がたくさんありますが、昔はすべてが日本SF大会に集約されていた。初期――特に『宇宙戦艦ヤマト』以前のSF大会は、オタク文化の集積地みたいな役割を果たしていたんです。「ファンの世界」を意味するファンダムという言葉自体、もともとはSF用語ですしね。
牧 愛好者が集まって広範囲なファンダムを形成したのは、日本ではおそらくSFが最初です。マンガやアニメのファンダムもSF大会のフォーマットを使っていたし、中にいる人たちも繫がっていた。現在はいろんなところにさまざまなファンダムが形成されているけれど、六〇年代はファン同士の交流そのものが珍しかったんですよね。
牧 伊藤さんがSFファンダムと深く関わっていたのは、SFが大きく変わっていく時期でした。SFがどんどん洗練されていく五〇年代のアメリカ作品から読み始め、SFの表現や内容に変革が始まる六〇年代のニューウェーブをど真ん中で経験した。SFの歩みを伊藤さんはどういう風に受け止め、咀嚼していったのか。この本全体から摑むことができます。
大森 伊藤さんは一貫して、現代SFの人です。現代というか、同時代ですね。伊藤さんが書き始めた六〇年代の頃は、五〇年代のアメリカSFが最新のモードで、新しい優れた作品を見つけては称揚した。当然、古典やスペースオペラ、戦前のSFも読みまくってはいましたが、そういった作品は上の世代が主に紹介していたので、そこと対峙するような形でSFを論じていったんですね。野田昌宏とのプロレスのような論争を含め、ずっと新しい側のSFの代表をやってきた印象があります。
牧 伊藤さんは、常に新しく変革していくのがSFだという感覚を持っていた。ニューウェーブを経て、八〇年代にはサイバーパンクが出てきますが、伊藤さんはサイバーパンクはよく分からないと言っています。でも、もしかすると自分の方がSFについていけなくなったんじゃないかとも感じている。そうした部分は、謙虚に認めてもいるんですよね。
大森 それはやっぱり、ニューウェーブの時の経験が大きく影響していたのではないでしょうか。J・G・バラードやブライアン・オールディスなどによって、六〇年代にSF界では、表現やテーマを大きく変革するニューウェーブ運動が起きる。五〇年代からずっと同時代的にSFを読み、新しい側の立場に立っていた伊藤さんは、当然ニューウェーブに惹かれた。でも同時に、ニューウェーブの作品にはSFとは思えない部分もあった。SFがこういうものばかりになっていいのかというためらいも感じていたと思います。
牧 伊藤さんはニューウェーブの旗振り役であったバラードの作品を追いかけていて、彼の唱えるSFの変革の方向は間違ってないと考えていた。でも、バラードに刺激されて出てきた同時代の実験的なSFには、成功しているものが少ないと思っていたんですね。 伊藤さんの次に、山野浩一というもっとラディカルなニューウェーブ推進派の人が登場します。『SFマガジン』のニューウェーブ特集には伊藤さん、山野さんがそれぞれ監修しているものがあるのですが、かなり感触の違う内容になっている。比べてみると、視点の違いがあって面白いです。
大森 バラードによるニューウェーブ宣言的な文章も翻訳しているし、伊藤さんがニューウェーブ側に立っていたことは間違いない。けれど、山野さんほど絶対的に推進する立場にはなりきれず、かといって今まで読んできたオールドタイプのSFを面白いと思えない自分もいた。そこに、サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』という、革新的だと言われているけれど自分にはその面白さが理解しきれない作品が出てきて、ネビュラ賞を受賞したことに、最初は困惑する。この作品をどう理解すればいいのか、面白さがどこにあるのか。それを見つけようと、葛藤しながら考えています。
牧 伊藤さんは第一に翻訳家でもあって、その本に何が書かれているか詳しく分からないと翻訳できないと思っていた。ディレイニー『アインシュタイン交点』の表現そのものは新しいと、伊藤さんは評価していました。表層は西部劇で、深掘りするとディレイニーの文学論や芸術論が重ね合わせられている。その多重構造を成立させた技巧面は素晴らしいと、見抜いてもいた。でも、設定の必然性や登場人物の行動理由の妥当性など、SFの飛躍を支える土台がしっかりできているかというと、そこは素直に認められない。初読時にはそんな印象を持っていたようです。
また、再読を重ねて『アインシュタイン交点』をどんどん深く読み込むと、ディレイニーの個人的な問題――たとえばゲイであるとか黒人であることも見えてきます。それを解き明かしていく過程は面白い一方で、明らかになったものが伊藤さんが本当に求めていたSFだったかというと、どこか戸惑いがあった。このあたりは、本書の別刷り付録に収録された加藤弘一さんとの対談「ディレイニーとの交点」でも、詳しく語られています。
牧 個人的な事情が作品の中に抜き差しならぬ形で、突出してくるような小説のあり方に、伊藤さんが注目していたのは確かです。『愛はさだめ、さだめは死』のジェイムズ・ティプトリー・ジュニアに対しても、同じことを感じている。ティプトリーは技巧に優れ、文章も卓越している作家です。でも、途中で女性であることが分かり、彼女があえて正体を隠して、男性的な文章で作品を書いていたことが明らかになる。そこで伊藤さんだけでなく、SF界全体がティプトリーの評価を再検討することになります。何も知らず作品を読んだときの衝撃を記すことと、彼女が女性であることを隠して書いていたという個人的事情も含め作品を読み解くのは、伊藤さんの中では別のフェーズだったんですね。
大森 ティプトリーを男性だと思って作品を読み、そのイメージで翻訳もしていた。しかし実はアリス・シェルドンという女性だったと一九七七年に判明して、伊藤さんは大きな衝撃を受けます。自分はなぜ「男のロマンティシズム」をティプトリーに感じていたのか。作者が男か女かでなぜ評価が変わるのか。
途方もない読書量と知識があったからこそ、伊藤さんはSFのことは全部分かると思っていた。その前提があったので、分からないものが出てくると、理解するために大変な時間と労力を投入する。それが揺らいだのが『アインシュタイン交点』であり、ティプトリー・ショックだった。
本書の後半には、オースン・スコット・カード『消えた少年たち』を論じた評論「スコッティはだれと遊んだ?」が入っています。SFが分からないとはまた違う角度ですが、ここではこの小説がなぜアメリカで論争を引き起こしているのか、伊藤さんは突き詰めて考えていく。その思索の過程が、一本の長い評論になっている。SFとぶつかりながら思索を深め、理解できるまでずっと考え続けるのが伊藤さんのスタイルです。その結果、翻訳が遅くなり、なかなか訳書が出ないという弊害もあったわけですが。
牧 個人的な背景が作品の中でどう際立っているのか。伊藤さんはある時からこの点を重視するようになり、『消えた少年たち』論でも、作者であるカードの息子が脳性麻痺で生まれてきたという個人的な事情と、それをホラー小説仕立てのフィクションとして書いたことをどう受け止めるか、かなり突っ込んで考えています。作家の個人的な事情まで視野に入れて、作品を理解しようとする。そこが伊藤さんの立脚点です。
伊藤さんがすごいのは、たんに作者のバイオグラフィを作品に重ねて解読するというレベルを超えて、小説という形でしか表現できないところを、その作者の別な作品や他の作家の作品、フィクション以外の文献を引きながら、独自の踏み込みを行っていくことです。これはSFに対するこだわりとは、また別ベクトルな気もしますね。
大森 伊藤さんは一時期、英米のSF雑誌はもちろん、各地のファンジンまで手に入れて読み込んでいた。雑誌に載っている情報であれば、作家だけでなくSFファンの名前からプライベートまで、非常に詳しかった。SFに対する興味が、SF作家や編集者やファンに対する興味と一体化していたのでしょう。
そう考えると、作品紹介と同じくらいの熱量で、SFファンの内輪ネタやゴシップも商業誌の連載コラムで書いていた理由も分かります。英米のファンダムでも片隅で行われていたような、SFファン同士の罵倒合戦を相当なページ数を使って紹介したり、論争にしても、あえて過激な部分だけを訳したりしている。そういうのを読むと、伊藤さんの興味がどこにあったのかも見えてくる。それがまた、面白いんですよね。さすがとしか言いようのないセンスです。
牧 J・J・ピアースというオールドウェーブ派のガチガチの論客がいて、彼はニューウェーブの作家や作品を徹底的に批判していました。ピアースの論争はだんだんSF関係者を巻き込んでいくのですが、その様子を伊藤さんは喜々として追いかけている。これも当時のSF界の勢いを感じられるエピソードです。
あとは、経営不振の『ニュー・ワールズ』というイギリスの雑誌の編集長に就任したチャールズ・プラットについて。新編集長がどんな風に雑誌を作っていったのか、彼の一日の過ごし方を朝起きるところから始め、相当な文字数を使って紹介しています。
大森 新編集長の地獄の一日がタイムループもののように繰り返されていく(笑)。
牧 そうそう。今述べたJ・J・ピアースの論争やプラットの一日について書かれた「インサイド・SFワールド」は、七一年二月号と三月号の『SFマガジン』の特別寄稿として、上下に分けて掲載されました。続く四月号からは「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」という、コラムの連載が始まります。最初は軽いゴシップネタや伊藤さんが面白いと思った内輪話なのですが、だんだん作品を深掘りするようになっていき、七二年の『アインシュタイン交点』の分析で終わってしまう。
私はリアルタイムではなくバックナンバーでこの連載を読んだけれど、不思議な感じがしました。作品論に入り込んでいって出口が分からなくなるというか、伊藤さんにとってやっぱり『アインシュタイン交点』が大きな転機だったのかなという気がします。
牧 最初にも少し話しましたが、当時の海外SFファンにとって伊藤典夫は大きな影響力を持っていました。私も、特に読書の軸がつくられる思春期にその文章を読んでいた。スペースオペラは面白いものもあるけれど、SF本来の面白さではないよなと感じていた時に伊藤さんの文章を読んで、自分の好きなSFがどういうものか確認することができました。自分のSF観と伊藤さんの意見が、常にパラレルに存在していた感じがあります。
大森 だから自分の意見なのか、伊藤さんの意見の刷り込みなのか分からない問題が生じる。中学~高校くらいの頃に『SFマガジン』のバックナンバーを読んで伊藤さんに影響を受けた僕は、すっかりニューウェーブに転び、スペースオペラなんて読まなくていいという、ひねこびたSFマニアになっていました。なので、伊藤さんが突然、まだ日本公開される前の映画『スター・ウォーズ』を大絶賛し始めた時は困惑した。この本には、伊藤さんが『スター・ウォーズ』を熱く語る座談会も収録されています。でも、バラードのニューウェーブ宣言を暗記していたような高校時代の僕は、当時それを読んでもこの宇宙冒険活劇のどこがどう傑作なのか分からず、途方に暮れた記憶があります。
なぜ伊藤さんが褒めるのか正直分からない作家は、それまでも数人いました。キース・ローマーやジェイムズ・ホワイトなどのオールドファッションドなSFを、洗練されていると言って評価していた。実際に訳されたものを読んでも大して面白くなくて、伊藤典夫という貴重な資源のムダ遣いでは?と思う作品もあったり(笑)。
牧 私も『スター・ウォーズ』はピンとこなかった人間です。何度観ても、途中で飽きてくる。ただ、伊藤さんが『スター・ウォーズ』を好きな理由は何となくわかる。洗練されたスペースオペラだったからです。伊藤さんはキース・ローマー『銀河のさすらいびと』の訳者あとがきや「SFスキャナー」の中で、三〇~四〇年代のスペースオペラはあか抜けないけれど、キース・ローマーはクールできびきびした文体で書いていて面白いと述べています。伊藤さんが最初に夢中になったSF作家がアルフレッド・ベスターだったことから考えても、技巧に優れ、SFの本質ともいえる新鮮な驚きや認識の変革を体現する洗練された作品が好みなのは確かです。
大森 まあ、もっさりしたものは嫌いですよね。この本の真ん中あたりがちょうど、「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」の最終回で、次のように締められています。
「ぼくの中にいすわり続けていた過去のSFの壁を取り除いた今、ぼくは自分のSFを捜さねばならないことになってしまった。それがどうなるか、今のところは皆目見当がつかない」(六五六頁)
この文章を書いたのが七二年なので、伊藤さんが活躍し始めてから十年。この時点で、伊藤典夫とSFの幸福な時代は一区切りを迎えたような気がします。そもそも「SFスキャナー」にしろ「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」にしろ、七二年までは、こんなにたくさんよく書けるなっていうくらいの文字数を毎月書き、そのうえで翻訳もこなしていた。多い時は月に三〇~四〇枚は書いていたのでは。毎年のように単行本にまとめられていてもおかしくない分量です。
大森 今から考えると、僕が本格的にSFを読み始めたのは、伊藤典夫とSFの幸福な時代が終わった後からなんですね。しかしそれからも、伊藤さんは英米のSFの最新状況をつねにフォローしていたし、日本で出版されるSFも細かくチェックしていた。『SF宝石』『SFアドベンチャー』で連載していた書評欄「新刊チェック・リスト」を監修し、七人のメンバーのひとりとして自分でも書評を書いていたのは、日本で出るSFはすべて把握しておきたいという願望もしくは義務感の表れだったかもしれません。八四年にその連載が終わって以降は、日本で出るSFを読む量は減り、原稿を書く量も減っていった。
でも、伊藤さんはそのあとも、自分がSFの中心であり、SFのことは隅々まで知っておきたいという気持ちは持っていた。九〇年代初めごろだったか、「早川書房から、ついに俺の知らないSFが出たんだよ」と伊藤さんが冗談交じりにぼやいていたのをよく覚えています。作家名もタイトルも見たことがないし、その本が翻訳されることも知らなかった、と。逆に言うと、それ以前は全部分かっていたんですね。実際に読んではいなくても、いつ何が出てどれが訳されるかといった情報は全部把握していた。
牧 自分の知らない海外作家がいたことも、出版事情が耳に入ってこなかったことにもびっくりしたでしょうね。それまでは編集者とも密な情報交換があって、SF出版に関するだいたいのことは把握していた。それがある日、ハヤカワ文庫から自分の知らない若いSF作家の本が出たので驚いた。でも、新刊を全部読んで紹介するのは本来、若い人が行うことです。伊藤さんのその側面は、今は大森望が継いでいる。ああ、大森望ももう若くはないか。
大森 全然若くない(笑)。そもそも僕は英米のSF出版状況はまったくフォローしてなくて、早川や創元から出る翻訳SFの新刊なんて知らない本ばっかりですよ。
伊藤さんには「SFは俺の家」……とまでは言わなくても、「早川書房の出すSFは俺の家」みたいな気分があったのだと思います。少なくとも八〇年代までは、『SFマガジン』の特集企画はもちろん、何を翻訳出版するかに関しても、強い影響力を持っていた。それくらいSFの中心にいた人の本がなぜ、六〇年も出なかったのか。これが一番の謎かもしれません。まあ、ご当人が本にまとめることに興味がなかったというのが一番でしょうけど、もし四〇年前、最初に企画された時に東京創元社から「SFスキャナー」をまとめた本が出ていたら、その後のSF評論の展開もだいぶ変わったような気がします。それこそ、安田均や小川隆や山岸真や中村融のSF評論集が出ていた可能性もあるわけです。
牧 伊藤さんは、なんだかんだいってジャンルSFにこだわり続けてきた人です。新しいSF読者を増やすきっかけとなる作品紹介、SFファンに興味を持ってもらうための評論を書いてきた。でも、普通はSFだけにここまでこだわれない。面白いジャンルは他にたくさんあるし、想像力の文芸でいうと、それこそボルヘスやカルヴィーノ、まあ、ブローティガンやロブ=グリエでもいいですけど、そのあたりを読み始めたら、かなりの部分のSFは色あせていく。私がそうでしたからね。実際、伊藤さんはかなり早い時期にボルヘスを読んで、高く評価している。SFのオールタイムベストにも挙げています。本書は、そんな中でもなお、ずっとSFの中心に身を置いていた伊藤典夫という人物の歩みを追体験できます。
大森 伊藤さんの評論集ではあるんだけど、SFというジャンルの誕生から老衰までが詰まった本だともいえる。「新刊チェック・リスト」以降の収録作には、追悼文が一気に増えています。
牧 黒丸尚、ジュディス・メリル、星新一、矢野徹、野田昌宏、J・G・バラード、浅倉久志、レイ・ブラッドベリ……海外の作家はともかく、国内でSFを牽引してきた人たちが亡くなった時、必ず伊藤さんに声がかかっていたことが伺えます。
そんなSFの第一人者の評論を集めた結果、この分厚さになった。持ち歩くのは厳しい厚みですが、家で読む分にはそんなに負担がない気がします。あお向けに寝転びながら読むのは危険だけど、腹ばいになって床に開くにはむしろ良くて、厚みがある分開きやすい。
大森 持ち歩くのも意外と大丈夫ですよ。この本一冊だけトートバッグに入れて近所のカフェに持って行って読む分には問題ないと、ここ数日で分かった。白の布クロス装の本なので、確実に本体は黒ずんでいくでしょう。でもそれが愛読書の証というか、汚れれば汚れるほどマニア度が分かる。何度も読み返したり、合計八五頁もある索引と翻訳リストを使い倒したりと、いろんな読み方で伊藤典夫とSFの歩みを楽しんでもらえればと思います。(おわり)
★おおもり・のぞみ=書評家・翻訳家。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF翻訳講座』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。一九六一年生。
★まき・しんじ=SF研究家・文芸評論家。著書に『JUST IN SF』『世界文学ワンダーランド』『ブックハンターの冒険』など。訳書にマイク・アシュリー『SF雑誌の歴史』など。一九五九年生。
書籍
書籍名 | 伊藤典夫評論集成 |
ISBN13 | 9784336074843 |
ISBN10 | 4336074844 |