- ジャンル:歴史
- 著者/編者: エルサ・リチャードソン
- 評者: 久野 愛
腸の文化史
エルサ・リチャードソン著
久野 愛
近年、「腸活」という言葉がメディアで盛んに取り上げられ、発酵食品や食物繊維の摂取、ストレスの軽減によって腸内環境を整えることが健康や幸福に繫がると語られている。だが、こうした考え方は特定の時代に生まれた歴史的な産物でもある。腸をめぐる現在の関心を長い歴史の中に位置づけることで、私たちは身体や健康に対する現代社会の価値観をより深く理解できるだろう。
その手助けにもなるのが本書である。本書は、主に欧米地域に焦点を当て、古代から現代に至るまで腸に関する考え方がどのように変化し、それが人々の生活や社会といかに関わってきたのかをたどる文化史である。著者のエルサ・リチャードソンは、身体や健康の歴史を専門とする歴史学者で、本書でも独創的な視点から腸をめぐる言説を読み解いている。原題『Rumbles: A Curious History of the Gut』のrumblesとは、空腹時などに鳴る腹の音を意味する。だが、腸は私たちが意識しないところで社会や文化、政治と密接に関わってきたという本書の主張を踏まえると、この語からは物理的な音のみならず、体内で蠢く臓器としてのイメージも窺える。
ここで重要なのは、身体を生物学的存在としてだけではなく、文化や社会によって意味づけられる歴史的存在として捉えることで、著者は、とりわけ文化史と感情史の成果を踏まえ、腸をめぐる知識や感情が時代ごとにどのように形成されてきたのかを検討する。特に、近年の腸と脳の関係性を探る研究が、感情を生物学的反応として理解しがちなのに対し、本書は感情もまた歴史的・文化的に構築されることを強調している。
本書は大きく二つの視点から腸の歴史を描く。一つは、腸という器官そのものの歴史で、医学的知識や解剖学の発展、文学作品などを通して、腸がどのように理解されてきたのかを検討する。もう一つは、腸の機能である消化や排せつを含めた、食に関する歴史である。これら二つのテーマを軸に、医学書、テーブルマナーなどのアドバイス本、風刺画などを用いながら、腸が知性や感情、さらには社会秩序とも深く結びついてきたことを明らかにしている。
例えば、腸と知性との関係を扱った章では、人間や動物の知性がどのように理解されてきたのかをたどりながら、思考や判断の源泉を身体のどこに求めるのかという問いが、腸をめぐる理解とも深く結びついてきたことが示される。さらに著者は、精神的不調が腸に棲みつく悪魔によるものだと考えられていた時代から近代医学の発展までをたどり、新たな知識が身体観そのものを書き換えていく過程を示している。ここで興味深いのは、新たな医学知識が広まった後も、従来の腸をめぐる想像や言説が形を変えながら存続してきた点である。
身体内部にある腸は、外部の――社会的な――変化と密接に関わってきた。例えば19世紀末以降の欧米では、産業化の進展で工場労働が拡大していく中、職場で昼食の時間が設定されるようになった。これは、休息時間の確保だけでなく、消化を含む身体そのものを労働時間に合わせて組織化することでもあった。また、腸の「政治性」の議論では、消化や排せつ、身体的外見をめぐる言説が、植民地主義、人種、ジェンダーといった権力関係と密接に結びついてきたことを示す。中でもフランツ・ファノンの「植民地化された民衆は、無理やり飲み込まされた価値を嘲笑し、侮辱し、吐き出す」という言葉は印象的である(p.217)。これは、摂取や排せつという身体機能を比喩的に用いた表現だが、まさに腸が文化的・政治的意味を帯びた存在であることを象徴している。
本書を読みながら想起したのは、身体感覚をめぐる歴史研究である。アリストテレス以降、視覚は知性と結びついた「高次」の感覚とされる一方で、味覚や嗅覚はしばしば「下等」なものとされてきた。腸もまた長らく精神や知性とは切り離された「下位」の器官とみなされてきた。しかし近代以降の医学は、腸と脳との密接な関係を明らかにし、その位置づけを大きく変化させた。本書は、こうした変化を単なる医学史としてではなく、身体や主体性に対する見方の変容、さらには権力や社会秩序に至るまで、私たちの生を形づくる広範な問題を照らし出している。(実川元子訳)(ひさの・あい=東京大学准教授・文化史)
★エルサ・リチャードソン=英の歴史家。専門は都市文化史・身体の歴史。
書籍
| 書籍名 | 腸の文化史 |
| ISBN13 | 9784778341305 |
| ISBN10 | 4778341309 |
